第四章 記憶を捨てる決断
再び、視界が戻る。
三度目の空間。
見慣れたはずの迷路。だが、もはや安心感はなかった。
「……もう、同じじゃない」
シズハは思わず呟いた。
床のパターンが、回廊の曲がり方が、微妙に違う。
今までの“経験”が、逆に混乱を招いている。
横に立つカエデも、前より口数が少ない。
「どうする?」
その問いに、シズハは答えなかった。
答えたくなかった。怖かった。
(もう、何を信じればいいの……)
罠の位置も、標的の動きも、“以前と同じ”とは限らない。
記憶を頼りにすると外される。かといって、何も見ずに動くには時間が足りない。
「……全部、見なかったことにする」
「は?」
「前のルート、パターン、タイミング……全部捨てる。今だけを見る」
カエデは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに頷いた。
「……いいじゃねぇか。そっちの方が、お前っぽい」
そして笑った。
「俺は俺で動く。お前は、お前の感覚で読め」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
シズハは〈音誘導機〉を拾い、深く息を吸った。
耳を澄ませる。足音、空調の風、回廊の反響。すべてを“今この瞬間”だけで判断する。
——跳ね音。
白い影が現れる。
今度は、動きが見える。いや、読める。目じゃない。“感覚”で、動線がわかる。
「左一回、すぐ右旋回。……ここ!」
シズハが地面に装置を叩きつけるように設置した。
一方、カエデは壁際に回り込み、網を広げている。
「来い……来い……!」
標的が跳ぶ。
こちらへ、確実に。今度は——
網に、触れた。
カエデが引いた。
「決まったか——!」
しかしその瞬間、標的の体が不自然に光を纏い、網の中で“すり抜け”た。
「なっ……!?」
シズハの鼓動が止まる。
光とともに、標的が走り去っていく。すり抜けた、のではない。**“軌道そのものが書き換わった”**ような錯覚。
「……違う。これは、ルールが……っ!」
気づいた時には、遅かった。
またしても、鐘の音が鳴る。
ゴォォォン………
床が崩れ始める。
「次……次は、見破る。絶対に……」
白に飲まれながら、シズハは拳を握った。




