第二章 初動の失敗
金属の床を蹴る音が、通路に反響していた。
カエデの背中が左右に揺れるたび、壁に貼りついた誘導装置のランプが赤く点滅する。
その向こうを、白い影が滑るように走り抜けていく。
「……速すぎる……!」
シズハが息を呑んだ。
対象は獣のように四肢を使って移動しているが、跳躍と方向転換の間に、わずかな“癖”があった。
曲がる直前、一瞬だけ——振り返る。まるでこちらを見ているかのように。
「見てる……わたしたちを試してる……」
シズハの手には、先ほど拾った〈音誘導機〉が握られていた。
トリガーはある。設置方法も分かる。だが、どこに置けばいいのかが、わからない。
「シズハ、次の分岐、右手に張ってくれ! 奴、あそこをぐるっと回って戻ってくる!」
「わ、わかった!」
彼の声に反応し、シズハは走り出す。
手のひらに汗が滲んでいた。鼓動が速くなる。出口はない。
捕らえるしかない。
そのためには、信じるしかない。
だが、その時だった。
カエデの真横を、白い影が高速ですり抜けた。
「っち、反転か!」
咄嗟に腕を伸ばしたカエデが、網を展開する。
けれど一歩遅い。白い影は横滑りし、カエデの足元をすり抜け、通路の角へと消えていった。
「クソ……読みが甘かった!」
「こっちも間に合わなかった……!」
罠は虚しく、通路の奥で点滅を続けていた。
その瞬間だった。
頭上に響く鐘の音。
鈍く、重い。
ゴォォォン………
天井が白く光る。視界が、にじむ。
「時間切れだ……!」
「え……?」
足元が崩れるような感覚とともに、世界が“ほどけて”いく。
床が液体のように沈み、視界に再び文字が浮かぶ。
《MISSION FAILED》
《リスタートします》
《記憶保持:部分的》
《残り試行回数:4》
消えゆく空間のなかで、カエデの声が聞こえた。
「……次は、張る位置、こっちで指示する……わかったか?」
(……うん)
応える暇もなく、視界が白に染まった。