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誰のために鐘はなる?  作者: たゆたうよ
第三部 ともにいた、はずだった
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第一章 標的、跳ぶ

耳の奥で「カチリ」と何かが噛み合ったような音がした瞬間、視界が開けた。


今度の空間は、細く入り組んだ通路が迷路のように広がっている。金属の床には規則的な線が走り、天井からは淡い光が射していた。


だが、その中央——


そこに、ひとりの少年がいた。


短く乱れた黒髪。鋭い目つき。

褐色の肌に、制服の袖を乱雑にまくり上げた腕。

どこか野性味を帯びた気配をまとい、肩で息をするその姿は、この場所に生きている存在のように見えた。


「……カエデ……?」

思わず声が漏れた。


少年がこちらを振り返った。その瞳が、シズハの視線を射抜く。


「おお、ついに顔合わせか。声だけだったもんな」

軽く、口の端を上げる。

どこか懐かしさすら感じさせるその声音に、シズハの鼓動が跳ねた。


(これが……カエデ?)


以前、壁越しに交わした声。

硬さのなかにあった優しさ。真っ直ぐすぎて、どこか不器用な口調。

だが今、目の前にいる彼は——想像していたよりもずっと「現実」だった。

もっと、荒っぽくて。

もっと、強くて。

だけど、どこか——危ういほどに、まっすぐだった。


「顔、ひきつってんぞ。……俺、そんなに怖いか?」

不意にカエデが笑った。

その無防備な笑みに、シズハは言葉を返せなかった。


——やっぱり、違う。

声だけじゃ伝わらなかった。

この人は……ちゃんと、ここにいる。


その時、電子音が鳴り響いた。


《制限時間:5分。標的捕獲ミッション開始》


表示が消えるのとほぼ同時、通路の奥で何かが走り抜けた。

空気を裂くような跳ね音。白く、素早く、低く構えた影。


「……今の、なにか……」

シズハが息を呑んだ。


「たぶん、あれが“標的”だ」

カエデの声は低く、目を細めて影の動きを追っている。


「動き速いな……でも、パターンがあるかも。追うぞ」

そう言って、カエデは風のように駆け出した。


シズハの足が、一瞬遅れる。

その背中を見送りながら、心の奥で小さく囁く。


(……一緒にいるって、こういうことだったんだ)



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