第十章 扉の先へ
ポルルの姿が消えてからも、空間には微かな震えが残っていた。
あの奇妙な笑顔と、ぬいぐるみのような外見。
そして、あまりに自然に発せられた「魂バッファ」「選別ユニット」「ログ送信」などの不穏な単語。
——あれは、ただの案内役なんかじゃない。
「……シズハ」
壁越しの声が、名を呼ぶ。
それだけで、少しだけ胸のざわつきが落ち着いた。
「うん……私は、ここにいる」
返した声も、どこかいつもより安定していた。
誰かの声が、ここまで心強く感じたのはいつ以来だろう。
他人を信じるなんて、馬鹿げたことだと、ずっと思っていたのに。
——でも。
「ありがとう、カエデ」
壁の向こうから、少しの沈黙。そして、ほんの少し照れたような返事。
「……別に。俺は俺の判断で動いただけだ。
だけどまあ……お前が“信じてくれた”ってのは、悪くなかった」
そのとき、空間の中央に音もなく光が差した。
ふたたび現れたのは、“新たな扉”。
今度は両開きで、紋章のような模様が彫り込まれている。
中央には、再びあの文字。
【次ミッション選定中……】
【転送準備完了】
【感情値・協調値・反応速度:前回記録に追加】
【次ステージ・コード:R3-LAY】
「……始まるんだね。また」
「終わらねぇらしいな、これも」
扉は、静かに開き始めた。
どこまでも続く、光の中へと誘うように。
まだ、この世界が何なのかはわからない。
でも、はっきりとわかることがある。
——私は、もうひとりじゃない。
(誰のために、この鐘は鳴るのか)
(それを知るまで、進むしかない)
そう思いながら、シズハは光の中へと、静かに歩を踏み出した。