第七章 二つの鍵
「……止まった」
シズハは足を止め、壁際のプレートのような構造物を見下ろした。
黒い金属板。その中央には、赤く点滅する“〇”の表示。
「そっちにも、似たようなもの、ある?」
壁越しに声をかける。すぐに返事がきた。
「ああ、ある。床に埋まってて、同じように点滅してる。真ん中に“X”のマーク。
こっちのは赤く点滅してる」
「……やっぱり、これ……同時に何かしないといけないんだ」
扉は動かない。壁も開かない。進行も止まったまま。
だが唯一、このスイッチだけが意味ありげに点滅している。
「タイミング、合わせてみる?」
「言うと思った。じゃあ、カウントいくぞ。
“3、2、1——今!”」
——カチ。
音が響いた。けれど、何も起こらない。
「くそっ……少しズレたか。もう一度いく。今度は、呼吸合わせよう」
「……うん」
再び数える声。
そして、ふたりの指がそれぞれのスイッチを押す——
——ガンッ。
低い機械音が空間全体に響き渡る。
同時に、どこかで歯車が噛み合うような振動。
視界の端で、石の壁が滑るように開いた。
「……やった……!」
シズハが息を吐いた瞬間、声が重なる。
「こっちも開いた。……どうやら、これから先は“単独じゃ無理”ってことみたいだな」
シズハはゆっくりと手を握る。見えない誰かと、確かに“行動が重なった”その感覚が、掌に残っていた。
「あなたがいなかったら……私は、たぶん進めなかった」
「逆も同じだ。……ま、信用されたの、悪くない気分だったしな」
言葉の裏に、わずかな照れのようなものが混ざっているのがわかる。
——でも、油断はできない。
空間の構造は、あきらかに意図的に変化している。
ふたりが“協力しようとするたびに”、迷宮が反応している。
まるで、誰かが見ていて——
その行動を試し、記録しているように。
(誰が、こんな空間を作ってるの? 何のために?)
だが今は、考えても答えは出ない。
「次、いこう。……まだ終わっちゃいない」
「うん。隣に“誰か”がいるだけで、こんなに心強いなんて……」
言葉には出さなかったけれど、シズハの胸の奥に確かに灯るものがあった。