表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰のために鐘はなる?  作者: たゆたうよ
第二部 影の迷宮
15/51

第五章 見えない扉

壁の向こうの声が導く。


「次の角を左。その先に三つ目の分岐がある。そこの右、奥の角の……床の模様が歪んでる場所。そこが“扉”だ」


「……了解、した」


声に出した途端、自分の呼吸がまた浅くなったことに気づく。


(本当に、そこに扉なんてあるの?)


目の前に広がるのは、ぽっかりと空いた黒い穴。

底は見えない。縁には手すりもなければ、橋もない。

どこからどう見ても“落ちたら終わり”の、奈落だった。


「……嘘。これが……“出口”だっていうの……?」


口元が震える。足も、勝手に後ずさろうとする。

この一歩を踏み出すには、“自分の目”を否定しなければならない。


——否。それだけじゃない。

 “他人の言葉”を、自分の命よりも信じるという行為そのもの。


「……無理、だよ……こんなの……」

喉の奥で絞り出すような声が漏れる。


壁の向こうから、カエデの声が返ってきた。

「お前には“穴”に見えてるんだな。だが、俺の目には“扉”がある。

 開いてるし、光も差してる。揺れてもいない。手を伸ばせば、ちゃんと触れる」


「でも、私の目には——」


「わかってる。でも、言ったろ? 俺の目を信じるって、決めたのはお前だ」


(……そう。私が言った。信じるって。けれど——)


足元の黒い空間が、こちらを嘲笑っているように見える。

飛び込め。落ちろ。それは罠だ、と。

全身が、拒絶していた。

でも、その声よりも強く、

壁越しの“誰か”の言葉が、心の奥に響いていた。


(この人は、騙そうとしてるわけじゃない。そんな声じゃない。

 怖いけど……でも、きっと——)

シズハは、深く息を吸った。


一歩、踏み出した。重力がふっと宙を掴む。


その瞬間——


“穴”だったはずの空間が、光に包まれて反転した。

重力は消え、足元に硬質な床が現れる。

黒かった闇は透き通り、そこには確かに——一枚の白い扉があった。


「……見えた……!」

声が、息のように漏れた。


視界が、一瞬にして切り替わったような感覚。

幻が剥がれ、真実が現れる。


「おい、お前……今、足を踏み出したのか?」

カエデの声が、やや慌てたように響く。


「うん……踏み出した。あなたの言葉を……信じて」

壁越しの向こうで、少しだけ間が空いた。


「……バカだな、お前。普通、そんなの怖くてできねぇよ」


「……怖かったよ。でも……」

言葉を止めた。止まった心臓が、また静かに鼓動を打ち始める。


「でも、あなただけは——“嘘をつかない声”だと思ったから」

再び、沈黙。

その静けさが、なぜだか少しだけ心地よかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ