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誰のために鐘はなる?  作者: たゆたうよ
第二部 影の迷宮
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第三章 交錯

その声は、確かにすぐ近くから聞こえた。


けれど、振り返っても、左右を見ても——誰の姿もなかった。


「……どこ?」

シズハは立ち止まり、周囲を見回す。


声が届いた方向を見据えるが、そこにはただ無機質な壁があるだけ。


「おい、そっちに誰かいるんだろ?」


再び、男の声。はっきりと聞こえる。


声の質感、反響——間違いない。すぐ、隣の空間からだ。


「いるよ……でも、どこにも……見えないの」


シズハは壁にそっと手を当てた。ひんやりと冷たい感触。


この壁の向こうに、声の主がいる。だが、その姿は見えない。


(こんなに近くにいるのに……どうして?)


それは空間の構造の異常か、視覚の干渉か。どちらにしても、“見えていない”のはどちらかが間違っているということ。


「こっちには……黒髪で、小さい女の子が見える。けど、動かない。お前……まさか、幽霊とかじゃないよな?」


「は?」


言葉の意味を一瞬理解できなかった。次の瞬間、ぞっとした。


(彼には、私が“見えてる”……? でも……動いてない、って……)


彼の声は冗談めいていたが、それが逆に怖かった。

自分には見えない相手が、自分の姿を見ている。

しかも、それが“動いていないように見える”という、不可解な証言。


「……ねぇ、あなたの目には、私がどう見えてるの?」


「……しゃがんでて、壁に手をついてて、動かない。今の声は……お前が言ったのか?」


「そう……私が言った」


「じゃあ、なんで動かねぇんだ、お前の体……?」


シズハは息を呑んだ。


(なにそれ……私は、ちゃんと動いてる。でも彼には、止まって見えてる?)


この世界は、完全に“共有されている”わけじゃない。

同じ空間のはずなのに——見えている世界が、違う。


(この人が嘘をついてる? それとも、私の目が……)


恐怖とは別に、強烈な違和感が胸に渦巻いた。


世界そのものが、認識の上に成り立っているなら——その認識が食い違えば、世界も歪む。


「……信用、できる?」


「どっちがだ?」


「私が。あなたの言葉を、信じていいのかって……」


一拍置いて、男の声が返ってきた。


「さぁな。でも、ここでお互い黙ってたら、たぶんどっちも死ぬぞ」

言葉は雑だったが、妙に説得力があった。


(……この人は、嘘をついてる声じゃない)

理由はない。でも、そう思えた。


シズハは壁に向かって、少しだけ体を預けた。

「……ありがとう。助けてくれたの、たぶん……あなた、だよね」


「お前、動いたな。今度は、ちゃんと動いて見えた」


「……よかった」

壁一枚の距離にいる“誰か”と、わずかに呼吸が重なった気がした。



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