第二章 重なる足音
——カツ、カツ、カツ。
まただ。さっきよりも、明確に、近い。
一定のリズムで、コンクリートの床を踏みしめる足音が交差点のどこかから響いてきていた。
「……やっぱり……いる」
シズハの喉がひくりと動いた。けれど声は出ない。
口を開いたら、何かを引き寄せてしまいそうで、ただ呼吸を止めて身を伏せる。
足音は止まったり、再開したりする。そのたび、心臓が跳ねる。
こちらに近づいているのか、それとも遠ざかっているのか——わからない。
いや、そんなことよりも、“誰か”がここにいるという事実が恐ろしかった。
(この世界に……他の人間がいる?)
考えたことはあった。だが、それはいつも「いない」と思い込むことで、自分を守ってきた空白の場所だった。
(でも……それなら、あの足音は……何?)
幻聴? 違う。今のは確かに、質量のある“存在”の音だった。
空気が震えた。足元がわずかに揺れた。感覚が、記憶に刻み込まれている。
(“他の誰か”が、このミッションを進めてる……?)
その考えに辿り着いた瞬間、無意識に手が震えた。
不安と緊張が交錯する。だが、その中心に、確かな好奇心が芽吹いていた。
(会える? 本当に、誰かに……)
交差点を抜けて、シズハは静かに通路のひとつに足を踏み入れた。
暗がりの先、広がるのは迷路のように入り組んだ通路群。
その先で、ふと——
「……おい」
——声がした。
低く、くぐもっていて、少し乱暴な響き。だが、どこか真っ直ぐだった。
「……っ!」
シズハは立ち止まった。
壁の向こう、すぐ隣に誰かがいる。距離にすれば、ほんの数メートルか。けれど姿は見えない。
「お前……そこにいるのか?」
再び、同じ声。
壁の奥から、わずかに反響して届いてくる。
声が、誰かの“存在”を確かに証明していた。
(本当に……いた……)
心臓が暴れるように脈打った。緊張ではない。これは、興奮だった。
だが同時に、別の感情が膨らむ。
(この声の主は……敵かもしれない。騙そうとしてるかもしれない。
でも——)
なぜだろう、そうは思えなかった。
声の調子。空気の重み。無意識のどこかが、“それ”を懐かしいとすら感じていた。
「……いるよ、ここに……」
震える声が漏れた。答えを返してしまったことに、次の瞬間、強い後悔が襲う。
けれど、それはもう遅かった。
世界が、微かに揺れた気がした。