第一章 無人の交差点
目を開けた瞬間、息が止まりそうになった。
視界を覆うのは、灰色の空と、崩れた都市の残骸。
ひび割れたアスファルト、骨組みだけの信号機、立ち並ぶ廃ビル群。
——静かだ。
静かすぎる。
風の音も、鳥の声も、人の気配すらも、何もない。
「……また、“こっち側”に来たんだね」
自分の声が、無機質な空気を震わせて返ってくる。
その反響がやけに重く、怖かった。
前回のミッションを思い出す。
音を立てた瞬間、鐘が鳴り、空間が崩壊した。
ここもまた、何かしらの“ルール”があるはずだ。だが今回は、それを教えてくれる存在すら見当たらない。
「……誰もいないの?」
いや、違う。
ただ誰も“見えないだけ”かもしれない。
この異様なまでの沈黙は、何かが潜んでいる予感をはっきりと伝えてくる。
シズハは息を浅く整え、足音を殺すように歩き出した。
まるで空気そのものが「音を立てるな」と告げてくるようだ。足を運ぶたび、鼓動の音さえ耳についた。
ビルの谷間を抜けると、突然、視界が開けた。
それは交差点のような場所だった。中央には、歯車のような石盤。放射状に道が伸びていて、それぞれの先に無数の扉が立ち並んでいた。
「これは……出口?」
扉は無骨で重そうな鉄のものだが、どこか不自然な印象を受けた。
目を凝らすと——そのうちいくつかは、微かに揺れていた。
「……風は、吹いてない。なのに……なんで?」
揺れている扉の輪郭はぼやけ、現実感に欠けている。
光の反射もどこかおかしい。まるでそこにあるようで、存在していないような——幻の扉。
「本物と偽物がある……選ばせようとしてる?」
この無言の“選択肢”の数々。それがこの空間の試練だと、直感が告げていた。
だが次の瞬間——
——カツン。
背後から、金属を叩くような音が一発、空間に響いた。
全身に緊張が走る。
「っ……なに?」
自分の足音じゃない。しかも、単なる構造音じゃない。“誰かの足音”——そう確信できる音だった。
瞬時に壁際に身を寄せ、呼吸を止める。
耳を澄ます。だが音は、それ以上続かない。
「聞き間違い……じゃない。絶対、いた……今のは、“誰か”の……」
足元に目を落とす。自分の靴と、地面の埃。その中に、もう一つの足跡が交差していたような錯覚。
背筋がじわじわと冷える。
それは確かな“気配”ではなく、記憶のような残滓。
まるでここに、少し前まで誰かがいた証のように——
「私だけじゃない……?」
かすかに心が揺れた。
怖さ。疑い。そして、ほんの少しの——期待。