僕が好き?だから、婚約者と別れて欲しい?だったら君は何を差し出せるの?
「あの、リノア様!好きです!私と付き合ってくれませんか?!」
ポロリ、と食べかけのニンジンを地面に落としてしまった。
え?僕にも来たのか?
例の婚約者略奪イベントが?
冗談はよしてくれ。
そんな、そんなことに巻き込まれたら、アマンダを悲しませてしまうじゃないか!
2週間くらい前に女性の間で流行り始めた小説があった。
タイトルが「わたくしの婚約者が欲しい?奪えるものなら奪ってご覧なさい!」と言う。
てか、タイトル長っ!
傲慢でわがままな令嬢の婚約者を主人公が愛の力で奪い取る話、らしい。
相手は令嬢に辟易していたらしく、あっさりと陥落。令嬢は婚約破棄されて、その後は相手が見つからずに独身で生涯を終えたとか。
面白いか、これ。
よく分からん。
とにかく。これが発端となって学校内でも流行り始めたのだった。
あ、そうだった。自己紹介がまだだったね。
動揺のあまり忘れてた。
僕はリノア・フルミエ。
フルミエ伯爵家の第3子。
物心ついた時から、僕には婚約者が居た。
名前はアマンダ。グランヴェル伯爵家のご令嬢だ。金色の髪で、青い瞳の美しい女性だ。
家同士の婚約だったとは言え、僕はアマンダが大好きなんだ。
だから、婚約破棄なんてしないし、させない。
そして、冒頭に戻る。
「あの、お返事は、その、どうでしょうか?」
告白してきた女性はもじもじと恥ずかしそうにしている。
「ありがとう。君の気持ちは受け取った。でも、お断りするよ」
当然。だってアマンダがいるからね!
「どうしてもダメですか?」
と下から涙を浮かべて除きこんでくる女性。
「仮にいいよって言ったら?」
ちょっとカマをかけて見る。
「じゃあ、婚約者と別れて下さい!」
「絶っ対!嫌だね!!僕はアマンダを愛しているし、アマンダだって僕を愛してくれてる。君が入り込む余地は無い!」
あれ。なんか感情的になっちゃた?
いけない。冷静に冷静に。
アマンダの事となると冷静を保てない。
「それにこれは僕たちの家同士の婚約でもあるんだ。君は平民の特待生だね?グランヴェル伯爵家は鉱山を2つ。フルミエ伯爵家からは岩塩と領地内の西側流通ルートの税金緩和を婚約の条件にしている。
さて。君は何を差し出せるのかな?」
この女性の思惑は何であれ、貴族の決まりごとに首を突っ込むのは止した方がいいけどね。
ちゃんと伝わったかな?
「なによ、それ。ワケわかんない!!」
おっと怒らせたようだ。
でも、現実なんだよ。小説のようには行かない。
他の貴族たちだってそれぞれ利害があるから、婚約しているケースがほとんどだろう。
女性はまだ何か言いたげだが、疲れた。
アマンダに作って貰ったお弁当を片付けて、早々に立ち去る事にしよう。
ふと目線を上げると、左の通路の端っこにキラリと光るものがある。
あれは私の愛しい人のもの。
いけない人だ。早く追い付いて、抱きしめよう。
僕には君だけだってね!
下書きしてた時はアマンダ視点だったのが、文章をうち始めたら、リノア視点になってました。