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宿命に踊ろうとも  作者: 彌厘


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2/2

1.隊結成~前編

 この世界『幻想郷インフィジア』はドーナツ型の大陸でできている。大陸の外側に海が広がり内側には中央湖と呼ばれている三日三晩舟を漕いでも反対岸にたどり着けない程の巨大な湖がある。守護者候補生の学園兼守護者の本拠地はこの中央湖の上にあった。

 レンスを連れたローカスは湖のほとりにある陣の上に立つ。

「手を離さないように気を付けて」

 レンスはこくりとうなずき小さな両手で彼の手をぎゅっと握った。

 間もなく陣が輝き2人は湖の上の島――通称『守護者島しゅごしゃとう』へと転送される。

「……?」

 突然変わった景色にレンスはきょとんとして辺りを見回す。

「ここはどこよりも安全だから、大丈夫だよ。ほら、周りは高い塀で覆われているだろう? あそこで常に守護者が交代で見張りをしているから、魔導士や魔物が現れてもすぐに追い返せるんだ」

 彼女の手を引き転移陣の広場から目の前にある学園の門をくぐりながら説明する。

 守護者島は小さな町になっておりその周囲を塀で囲っている。守護者に必要な武器防具などの他食料品や日用品など必要なものはすべてその町で売られているため島内で手に入る。そしてその店で働いている者や居住している者も守護者や守護者候補生や元守護者、その身内など身元の確かなものだけだ。そのうえ守護者が常に周囲を監視しているため世界一安全だという者もいる程だ。

「まもの……?」

「魔導士が造り出した生き物だよ。魔導士に操られて略奪したり、暴走して結局人を襲ったりするから危険なんだ」

 広義で言えばレンスも魔物と呼ばれてしまうのだろう。ただの被害者だというのに。

 学園のロビーへと足を踏み入れながらローカスは自分の考えに思わず眉根を寄せた。

「わたしは、いいのですか?」

 彼女も同じ事を考えていたのだろう。それでもその声は淡々としていた。

 思わずローカスは立ち止まりレンスの顔を見つめた。

「君は人を襲うのか?」

「いいえ」

「なら、君は魔物じゃない。二度とそんな事を言わないでくれ」

「ごめんなさい……」

 彼女は少しアクアマリンの瞳を伏せた。

 それでローカスは仏頂面のせいでよく子どもに怖がられる事を思い出す。慌てて首を横に振った。

「すまない、君に怒っている訳ではないんだ」

 レンスは目線を上げて無言でこちらを見つめてくる。表情こそ変わらないがローカスの機嫌をうかがっているのはわかった。

「魔導士に怒っているんだ。君じゃない。大丈夫だよ」

「……はい」

 彼女は小さくうなずいた。

(これ以上何かを言っても墓穴を掘りそうだ)

 ローカスは彼女を連れて足早にロビーを横切り右奥にある転移陣へと入る。陣が発動すると今度は同じ建物内の最上階にある園長室の前に転移した。目の前のドアがいつものようにひとりでに開く。ローカスとレンスが入室すればまたひとりでにそれは閉じた。

「お帰りなさい、ローカス」

 広い応接室内を仕切るように張られた紗幕の前に控えていたライムライトの金髪をオールバックにしたスーツ姿の好青年が微笑んで言う。彼は学園長の秘書であるクライム。いつでも爽やかな微笑みを絶やさない何を考えているのかわからない男だ。そのクライムのガーネットのような赤い瞳がレンスを捉えると珍しく笑顔が消えた。

「……その少女は?」

 彼は優れた魔術士でもある。そのため彼女を見れば彼女の持つ魔力も見えた事だろう。加えて魔導士討伐に出ていたローカスが連れているのだ。こちらが説明しなくてもそつない秘書にはレンスが何者かは想像できているはずである。

「あんたの考えている通りだよ。……魔導士の実験に使われていたのを保護してきた」

「そう、ですか……」

 さすがのクライムも彼女に同情したのだろう。深いため息交じりにそう絞り出した。

「では、討伐は成功したのだな?」

 その声は薄い幕越しに聞こえてきた。

 そちらに目をやればいつも通りに紗幕の向こう側に椅子の上で足を組みふんぞり返っている園長のシルエットが揺らめいている。彼はこうして常に姿を隠しているのだ。学園の生徒のみならず守護者にすら彼の姿を見た者はいないのだという。この男は学園長だけではなく守護者のトップであるにも関わらず。

「ああ、討伐した。彼女の保護を優先したから後始末はしていないが」

「こちらで人を手配しておこう。その者、名は何という?」

 レンスはクライムと学園長とローカスを順に見て首を傾げた。

 そういえば彼女に2人の説明をしていなかったと思い出す。

「レンス。その人は秘書のクライム。幕の向こうにいるのが学園長のキング。2人とも……悪い人ではないから、大丈夫だよ」

 言葉に詰まったのはローカス自身がこの2人をあまり信用できていないからだ。どちらも真意がわからず胡散臭い。孤児であり学園長に拾われた身であるローカスにすら彼らは隙を見せた事がなかった。長年一緒にいるからこそそういった部分が気になり信用できないのだった。

(それでもさすがに守護者なんだからレンスに害をなす事はないだろう。……多分)

 レンスはローカスの言葉にうなずくと紗幕に視線を向けた。

「……レンス、です」

「うむ。ではレンス、その陣の上に立つのだ。もちろん、1人でだぞ」

 鷹揚な言葉にレンスは無表情ながら戸惑ったようにローカスを見上げてくる。

(あいつ……もっと気を遣えよ)

 そう思いつつもローカスはその陣が無害な事を知っているため学園長のシルエットをにらんでからレンスに顔を向ける。

「あれは魔導具や人の状態を調べる陣だから大丈夫だよ。レンスの体に異常がないか診るだけだから」

 そのために彼女を一刻も早くここに連れてきたかったのだ。見た目には怪我はなかったものの体内はどうかわからない。魔導具の影響も気がかりだが魔術士ではないローカスには判断が難しいためプロである学園長に診せたかったのである。園長は人格的には信用ならないが能力的には誰よりも信用できる。

 レンスはローカスの言葉にうなずくと恐る恐る陣の上に立った。間もなく陣が淡く輝きレンスの体を包む。

 沈黙がひどく長かった。

「……ふむ」

 それを破った学園長はただうなり声をあげ手を振った。それとほぼ同時に陣の光も消える。もういいという事なのだろう。

「おいで、レンス。……どうなんだ、この子の状態は?」

 隣に戻ってくるレンスを迎えながらも一向に結果を言う様子がない学園長にしびれを切らしてローカスは詰問する。

「……魔導具は脳に取り付けられている。それは痛覚麻痺術と魔力生成術を施されており今も無尽蔵に魔力を生み出し続けている。多すぎる魔力が体内を傷つけ特に記憶を削り続けているようだ。放置すれば汝の事も忘れるだろう。魔導具を取り外すには高度な医療技術を持つ者が必要だ」

 つまりあの魔導士はレンスを操り人形兼魔力貯蔵庫にしていたのだ。彼女の体への影響など気にも留めず。

(通りで、レンスの事を「蝶だ」なんて言ってた訳だ)

 古い魔術士や魔導士は自分たちの事を蜘蛛と呼ぶ事がある。そして術を糸、魔力を蝶とも呼ぶ。

(レンスの体が傷つく事も気にしないなんて、彼女を物としてしか見ていなかったんだ……!)

 呆れてものも言えない。人間の所業とは思えなかった。

 ローカスは魔導士への憎しみを深いため息にして吐き出す。

「……医療技術も魔術もあんたにはあるんだから、取り除けるんだろう?」

 学園では魔術と医術を合わせた治癒術も教えている。それを生み出したのは学園長であるという話だ。当然彼は高度な医療技術を身に着けているのだろう。

 その言葉に園長は鼻で笑って返した。

「それをして我に何の益がある? その娘に十分な報酬を払えるようには見えぬが?」

「……はあ? レンスは魔導士の被害者なんだぞ! 救うのは守護者の義務だろう!?」

 ローカスの苛立ちは遂に限界へと達した。声を荒げて紗幕へと詰め寄る。

 それでも幕に映る影は動じた様子もない。

「守護者の任務はあくまで破壊者の残党と魔導士、それの生み出した魔物の討伐だ。無報酬で働く理由など我にはない」

 絶句した。

 確かに守護者は昔世界を壊して回った破壊者と呼ばれる集団を倒すために作られた組織だ。破壊者の中に魔導士が多かったため守護者はそれへの対処法も身につけねばならなかった。そして破壊者がなくなった今となってはほぼ魔導士討伐の専門家に成り代わったという訳だ。

 しかし討伐が専門だからと言って被害者をないがしろにするは間違っている。

(俺の事は拾ったくせに、レンスの事は見捨てるって言うのか……! こいつがここまでのクズだとは思わなかった!)

 思わず剣の柄を握りしめた時黙して控えていたクライムが声を上げた。

「ローカス、落ち着いてください。私が彼女の魔導具を取り除きましょう」

「……クライムが? あんたにもできるのか?」

「はい。問題なくできます」

 その確かな自信を感じる返答に安堵しかけたが。

「ならぬ」

 冷たい学園長の声がそれに水を差す。

「汝には我の補佐という重要な仕事があろう。余計な事をするな」

「しかし、キング――!」

「ならぬ、と言っている」

 有無を言わせぬ強い口調にクライムは困惑顔で口を閉ざした。

 ローカスは再び紗幕をにらみ据え怒鳴る。

「いい加減にしろ! 俺の全財産でも何でもくれてやるからレンスを見殺しにするな!」

「……そんなにその娘を救いたいのか?」

「当たり前だろう!? この子は誰よりも幸せになるべきだ!」

 レンスは家族と生き別れ魔導士に道具として扱われ終いには体がぼろぼろになってしまったのだ。せめてこれからの人生は幸せなものであるべきだとローカスは心底思っている。その手伝いができるならば何でもしたいとも思っている。

 すると園長は大きなため息をついた。そして言う。

「ならば汝がその娘を幸せにして見せろ。片時も離れずそばに置き任務にも連れて行き守れ。特別に同室に住む許可を出そう」

 先程までとは真逆の言葉にローカスは目を瞬かせた。

「突然何なんだ!? 危険な任務に連れていける訳ないだろう! それに、同室? 1人部屋に女の子と2人なんて……!」

「む、狭いか? では先んじて特別に隊部屋で暮らす事を許そう」

 正式に守護者となれば隊を組む事になる。候補生は狭い一人部屋を与えられていたが隊部屋は人数分の個室だけではなく談話室やキッチン、風呂トイレなどが付いた広く立派な部屋だ。風呂トイレなどは共有である学生たちは皆隊部屋にあこがれてより訓練に身が入るという寸法である。

「そういう問題じゃ――」

「何でも、と言ったのは噓だったのか?」

「それは……嘘じゃないが……!」

 全財産をくれてやると言ったのは本心だ。レンスのためにできる事は何でもしたいと思っている。それでもたかが18歳のローカスが彼女の人生を背負うのはさすがに重荷だった。

(まっとうな家族も知らない俺が、レンスを幸せにできるのか……?)

「ローカス」

 名を呼ばれ手をぎゅっと握られて彼は我に返った。レンスのアクアマリンの瞳がじっとこちらを見つめている。

「有難う、ございます。もう、十分です」

 表情こそ変わっていないが彼女の瞳にはありありと気遣いが見えた。気遣われるべきは彼女の方だというのに。

 そもそも記憶のないレンスには他に行く当てなどない。今この手を離せば彼女は魔物として処理されるか魔道具として利用されるかのどちらかだろう。普通の女の子として生活できる可能性は極めて低い。

 ローカスは彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返して口を開く。

「……レンス。君の家族が見つかるまで、俺と一緒に暮らさないか?」

 迷いなど吹き飛んでいた。

 レンスはわずかに唇を開きけれども何も言わずにそれを閉じる。視線をうつむかせた。

「迷惑、でしょう?」

 絞り出された言葉にローカスはすぐ首を横に振る。

「迷惑じゃないよ。言っただろう? 俺が守るって」

 魔導士を処刑し彼女に初めて手を差し出した時すでに誓っていたのだ。だというのに迷ってしまった自分が恥ずかしかった。

 レンスはゆっくりと顔を上げた。アクアマリンの瞳と再び目が合う。

「……迷惑、では、ないのなら……」

 けれどもすぐにまたまぶたは伏せられてしまった。道具として扱われてきたのだ。自分の想いを話す事に抵抗があるのだろう。

 ローカスは握っているレンスの手にもう片方の手も添えた。優しく包み込む。

「君の気持が知りたいんだ。俺に教えて欲しい」

「……」

 彼女はおずおずと顔を上げた。視線を少しさまよわせてから意を決したようにこちらを見上げてくる。

「ローカスが、嫌ではないなら……一緒に、いたいです」

 その言葉は何を言えばいいのかわからなくなる程嬉しかった。何故か胸が熱くて絶対に彼女を守りたいと思う。

「レンス……!」

 思わず彼女を抱きしめそうになった時大きな咳払いが耳に入る。

「ローカス。いつまでレディにそんな汚れた格好をさせておくつもりですか?」

 クライムの呆れ声で我に返った。慌ててレンスの手を離して跳び離れる。

「ご、ごめん!」

(何をしようとしているんだ俺は!?)

 確かに彼女は年下だろう。けれども子どもらしい言動もないため子ども扱いしている訳ではない。だというのに普段からスキンシップはしない自分が何故レンスを抱きしめようとしたのか理解できなかった。

「まったく……」

 いつもなら柔和な表情を崩さない秘書が珍しくガーネット色の瞳を冷ややかにしてこちらをにらんできた。

 どうやら自分は相当様子がおかしかったようだ。クライムに止められなければせっかく心を開いてくれたレンスに嫌な思いをさせていたかもしれない。止められてよかったとローカスは心の底から安堵した。

 クライムはあっという間に普段通りの柔和な微笑みに戻ってレンスに歩み寄る。

「……服も体も、こんなに汚れて。大丈夫ですよ、今綺麗にしますからね。――清浄なるかな」

 移動やレンスの状態を診た魔術は陣術だった。そして今クライムが使ったのは浄化の呪術だ。

 懐から魔術のために作られた多量に魔力を含む砂糖――魔糖を少量彼女にかけながら唱えたのはあまりにも短い呪文だった。呪文の短縮は高位の術者でなければ魔力量や集中力などの観点から不可能である。普段は学園長の有能な補佐である彼も高位魔術士なのだとこういう時に思い出す。

 まかれた魔糖が光り輝きレンスの全身を包み込む。ゆっくりとその光が消えて再び姿を現した彼女は見違えていた。

 背中まである絹糸のようなハニーブロンドは窓からの日の光を浴びてきらきらと輝いている。ぼさぼさだったそれはさらさらストレートに落ち着きおかげでよく見えなかった顔が見える。大きなアクアマリンの瞳を囲む金色の長いまつげ。透き通るような白い肌に薄紅色の頬が愛らしい。小さな唇は形が良く花びらのようだ。その端正な顔立ちは花のように可憐で美少女と呼ぶに相応しかった。綺麗になった高価そうなワンピースがまるで彼女のために作られたかのように似合っている。

 ローカスはただただレンスに見惚れた。

「……ローカス?」

 鈴を転がしたような声に呼ばれ呼吸を思い出した。

「あ、いや……その……!」

 混乱して何も言えなかった。まさか彼女がこんなに美しい少女だとは思わなかったのだ。今度はローカスが視線をさまよわせる番だった。

「隊結成式は明日の朝ここで行う。くれぐれも、遅れる事のないように。では解散」

 こちらの混乱など気に留めずキングはそう言い放つ。そして席を立ち隣の執務室へと下がっていった。

「ちょっ……! 本当に、同室……!?」

「あの方がそう言ったのですから、そうなのでしょう。諦めてください」

 無情にもクライムは答えるとローカスに鍵を手渡す。

「隊部屋の鍵です。荷物は移動させておきますので、自由に使ってください。……大丈夫だとは思いますが、彼女に手を出してはいけませんよ?」

 最後のセリフはローカスの耳元でささやかれた。

「出せるわけないだろう!? 出さないし!」

 顔を真っ赤にして反論するローカスにクライムは「ですよねー」などと言ってローカスから離れるとレンスへにっこり笑いかけ手を振った。

 レンスはきょとんとして手を振り返すだけだった。

(からかわれた……!)

 だがこれからこういう事は増えるかもしれない。守護者でもないレンスと同室に住む者などローカス以外にはいないのだから好奇の目で見られる可能性は高い。

 前途多難なこれからを案じて彼は眉間にしわを寄せため息をついたのだった。

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