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宿命に踊ろうとも  作者: 彌厘


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プロローグ

 そこはかつて魔導具工場だったという。今と違い魔術と機械を合わせた魔導術が魔法――魔術に関する法律の略称――により禁じられていなかった頃の話だ。つまり50年以上前の事なのだからまだ18歳のローカスには関係ない事ではある。

(ここに住み着いた魔導士を討伐すれば、俺も晴れて守護者の仲間入りか)

 それが守護者候補生である彼の最後の実地試験という訳だ。果たして本当に候補生が1人で行うような事なのか。ただ学園長に面倒事を押し付けられただけなのではないかという疑問はある。しかしただの候補生であるローカスに断る権利などないのだ。

(さっさと終わらせよう)

 そう結論付けてローカスは銀のポニーテールをなびかせ工場の割れた窓から中へと侵入した。

 中は埃だらけで本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるような有様だった。錆びと何かが腐ったような臭いが鼻につく。思わず整った顔をしかめる。

『私の研究所に何の用だね、若き守護者よ?』

 突然工場内に男の声が響く。

 声のした方に漆黒の目を向ければ謎の魔導具が天井から吊るされていた。メガホンのような形のそれにローカスは淡々と返答する。

「お前が魔導士だな? お前の討伐命令が出ている」

『ハハハハハ! 守護者がここまで愚かだとはね! あと何人殺せば人間では偉大な私に太刀打ちできないと理解できるのかね?』

(やっぱり面倒事を押し付けられたな)

 魔導士の口ぶりからこれまでに何人も守護者が犠牲になった事初めて知った。学園長の企みに内心でため息をつきつつもローカスは腰の剣を抜刀する。

 どうやら相手にはこちらの姿も見えているらしい。魔導士がわざとらしいため息をついた。

『やれやれ、力の無駄遣いはしたくないが仕方ない。私の可愛い人形たちよ、侵入者を排除しろ!』

 魔導士が叫ぶのと同時に10人の人間がローカスの前に現れた。いや、それらはもはや人ではなかった。焦点の合わない眼。土気色の肌。だらしなく開きっぱなしの口。それらから全く生気が感じられなかった。

「お前……死体を研究に使ったのか!?」

『そうさ。だから守護者どもは死のない私の人形たちに勝てなかったんだよ!』

 そうしている間に死人たちはローカスを取り囲み襲いかかる。

「すまない」

 言いながらローカスは剣を突き出しその場で素早く回転。死人たちの首をはねた。

 首が無くなった体はその場にばたりと倒れた。しかし頭は目をギョロつかせている。どうやら頭に魔導具を仕込まれているらしい。

『ほう、少しはやるようだな』

 再び魔導士の声が響くと奥への扉が勝手に開いた。

 明らかに罠である。しかしローカスは迷わず奥へと進んだ。

 薄暗い部屋の中で黒いローブ姿の男がこちらに背を向けて立っていた。魔導士らしきその男は目の前の巨大な装置に向かって言う。

「さあ目覚めよ、私の最高の人形よ! 蝶よ!」

 カプセル状のその機械の蓋が開く。そこから1人の少女が出てきた。

 ぼさぼさの金髪が青白い顔の大半を隠している。髪の隙間からわずかに見える瞳は鮮やかな紫。ぼろぼろのワンピースを身に着け無表情にただ突っ立っている様は確かに人形のようだ。

 しかし先程の死人たちとは違いその少女はしっかりと立っていた。わずかに肩が上下している。

「……生きてる? お前、人体実験までしたのか!?」

 ローカスは怒りで我を失いそうになるのを理性で何とかつなぎとめた。だが長くは続かなさそうだ。

「ああ、そうだとも! その辺の適当な一般人でも試したが、私の強力な魔導具に耐えられなくてね。皆死んでいったから死人人形として使っていたのだよ。どうすれば完璧な人形ができるのかと悩んでいたところに、この娘の噂を聞いてね。両親はとんでもない魔力を持った化け物で、この娘自身もそれを受け継いだってね。そのおかげで今ではこうして、完璧な人形になったのだ!」

 饒舌に語る魔導士の顔は誇らしげですらあった。罪悪感などみじんもないのだ。

「さあ人形よ! 侵入者を排除しろ!」

「はい、マスター」

 抑揚のない美しい声で少女が答える。すると彼女の手にガラスのように透明なナイフが現れた。

 魔術には呪文を詠唱する事で発動する『呪術』と陣を描く事で発動する『陣術』の2種類がある。呪術より陣術の方が強力だが陣を描かねば発動できないため戦闘には不向きとされていた。魔導具は機械にあらかじめ陣を描く事で任意のタイミングで発動できるより強力な術だ。ただしこの魔導士のように非人道的な実験が繰り返されたために禁忌とされたのである。

 この少女が今まさにナイフを手にしたのもその魔導具によるものだろう。彼女の体のどこかに魔導具が仕込まれているのは言うまでもない。

 そのナイフが淡く輝く。すると魔導士の隣にいたはずの少女がローカスの目の前にいた。彼の首を正確に狙って彼女はナイフを横なぎにする。

(早いっ!)

 ローカスは素早く後方に跳んでそれをスレスレで避けた。彼のトレードマークである黒いマフラーが裂ける。

「待って――」

 ローカスの声など聞こえていないように少女はすぐに追いつき追撃を放つ。

(仕方ないか……!)

 傷つけたくはない。しかし無力化しなければこちらが殺されてしまう。

 ローカスは覚悟を決めて少女のナイフを自身の長剣で受け止める。キイインという金属音が工場内に響いた。

 その間に彼は制服の袖口に常に隠し持っている針を素早く抜き少女の首筋に刺す。

(生きているなら効くはずだ)

 祈るようにそう考えながら再び後方に跳び退いてナイフをいなす。

「ハハハ、どうした少年!? 防戦一方じゃないか!」

 後方の安全圏から見ている魔導士には針が見えていないのだろう。耳障りな笑い声で煽ってくる。

 それを無視してローカスは少女の様子を黒い瞳で見守った。

 少女はやはりまた彼の目の前に瞬間移動してくる。そして彼女の手からナイフが滑り落ちた。カランと乾いた音が鳴る。

「……?」

 唐突に床へと倒れこみそうになった少女をローカスが受け止めた。

「なっ……!?」

 魔導士の醜い笑い声が止まる。代わりに今度は怒鳴り始めた。

「貴様、何をした!? 動け人形よ! そいつを殺せ!」

「無駄だよ。麻痺毒を食らったんだ、しばらく動けないよ」

 毒針の効果があった事に内心で安堵しつつローカスは少女を壁によりかからせるように座らせた。首に刺した針をそっと引き抜き回収する。

「そ、そんな馬鹿な! それは私の最高傑作だぞ!? クソッ、さっさと動け!」

 ローカスは魔導士につかつかと近づいていく。

 魔導士自身には戦闘能力がないのかもしれない。露骨にうろたえ喚き散らしている。

「私が……この私が、守護者なんかに負けるはずがない! 下等な人間風情が、私に近づくなあ!」

「残念だったな。俺は守護者どころか、候補生だよ」

 魔導士の目の前に立ったローカスは長剣をそれの胸に突き立てた。

「そ、んな……うそ、だ……!」

 魔導士は驚愕に目を見開き倒れ伏した。

 それが完全に動かなくなったのを確認してからローカスは剣を引き抜く。血を払い落としてから鞘に戻した。

 少女の方を振り返れば彼女もこちらを見ていた。その瞳は紫から海のような青に変わっていく。

 ローカスはどう接すればいいか悩みながらも彼女の傍らに片膝をついた。

「……俺は守護者候補生のローカス。君、名前は? どこか痛むところはあるかい?」

 怖がらせないように努めて優しく声をかけた。改めて少女の様子を観察する。

 彼より5歳は年下に見える。幸い見える場所に目立った外傷はない。着ている服は薄汚れているがレースやリボンが使われた高価そうなワンピースだ。きっと家族から大事にされていたのだろう。

 まだ麻痺が残っている様子の彼女はゆっくりと小さな唇を動かす。

「人、形……です。人形、は……痛みを、感じ、ません」

 一瞬言葉を失った。ローカスは魔導士への怒りを何とか鎮めようと深く息を吸い吐き出す。

「……君は、人間だ。両親からもらった名前が、きちんとあるだろう?」

 少女はただ黙ってアクアマリンの瞳でこちらを見つめてくる。口を開こうとしない。

(どうすれば信用してもらえる? 安心させられる?)

 口下手な彼はこういった説得が得意ではない。それでも彼女を救いたくて必死に言葉を探す。

「もう魔導士はいない。だから誰も君に命令しないし、人形だなんて言わない。したくない事はしなくていいし、痛い時は痛いと言っていいんだ」

 すると少女は目を伏せて言った。

「……覚えていないんです。名前も、家族も」

 ローカスは驚いて漆黒の目を見開いた。

「記憶喪失、なのか」

「はい。痛みも、本当に感じません。殴られても、切られても」

 また言葉を失った。それはさぞかし魔導士にとって便利な人形だっただろう。そう頭をよぎって殺したはずの魔導士にさらに殺意が沸き上がった。

 少女はこちらの心を知ってか知らずか動くようになった手を握ったり開いたりをゆっくりと繰り返している。

 そんな彼女にローカスは手を差し出した。

「一緒においで。俺が君を守るから」

 少女は彼の手と顔を交互に見た。少しの間を置いて彼女の小さな手がローカスの手にそっと重ねられる。

 彼女に受け入れてもらえた事にローカスは安堵しながら少女の手を引いて立ち上がるのを手伝った。その時少女の首から何かが落ちるのが目に入る。

「これは……?」

 彼女の瞳と同じ色のアクアマリンが埋め込まれたペンダントだった。それを拾い上げれば裏側に文字が彫られている事に気が付く。

 最初の方の文字は傷やかすれで読めなかった。しかし後半は読める。

『――レンス』

「レンス」

 そう口にして彼女の様子をうかがう。

 少女は不思議そうに小首を傾げただけだった。

「ここに書かれていたから、多分君の名前だと思うよ。これはきっとご両親からのプレゼントだろうね」

 大事な物だろうと思い彼女の首にかけ直した。

「レンス……」

 不思議そうにペンダントに触れながらローカスの言葉を繰り返す。

 そんな少女――レンスに向かってローカスは改めて手を差し出した。

「帰ろう、レンス」

「……はい、ローカス」

 今度は迷わず手を取ってくれた。その事にローカスは無意識のうちに顔をほころばせる。

 手をつないだ2人は魔道具工場を後にした。

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