夢渡るクールメイドは気付けない
side:望月鏡也
俺の家は代々続く名家だ。
江戸時代における海外貿易の先導者となり、日本の情勢に多大な変化を与えた……らしく現代ではその手腕を活かし経済事情を支えている。
そんな名家の子として生を受けたのは良いものの……才能こそ磨けば輝くが残念ながら俺は小説家志望であり、家の事情には興味が無かったのだ。
それを知った両親は一時失望し、叔父に至っては三日間寝込んだそうだ。
まぁ大事な跡取りがそんな様子じゃ無理もない、俺だって同じ立場だったら間違いなく似たような反応をしている筈だ。
だが執念深いというかなんというか、叔父は俺を諦めていないらしく何度も執拗に迫ってきた。
そこで俺は一つ条件を提示した。
『高校を卒業するまでに小説家として結果を出せなければ夢を諦め、家を継ぐ。』
鬼気迫りつつあった叔父もようやく折れてくれ、執筆に集中できるよう専用の家を用意してくれた(ここで内心驚いていたのは内緒だ)。なんだかんだ言ってあの人は孫に甘いのだ。
まぁつまらない話はよしておこう、そろそろ本題に入らなければ。
俺が現在住んでいる例の家には住み込みで働く同い年のメイドがいる。
叔父が身の回りの世話をと雇ったらしく、身の回りの世話をこなしてくれる彼女は家事をサボり気味な俺にとってありがたい存在だった。
そして俺はそんなメイドさんに恋愛感情を抱いている。
恥ずかしい話だが俺も立派な男子であり、1年間を共に過ごしているとどうしても彼女を異性として見てしまう。
更に彼女は美人であった。
女性に対して殆ど興味の湧かない俺でも見惚れてしまうほど容姿端麗な彼女を前に、俺はいつもぎこちなくなってしまう。
そうして1年半が過ぎたある日、ある夢を見た。
それは永遠に醒めないで欲しいと思ってしまうような甘い、甘い夢物語だった………
◆ ◆ ◆
side:水瀬沙羅
私はご主人____望月鏡也様に仕えるメイド。
今の時代にメイドなんて珍しいと思われがちだけれど、今でも認知されていないだけで意外と多いらしい。
ひょんなことから彼を支える事になったあの日から今日まで、私は彼を誰よりも近くで見てきた。
小説と真剣に向き合い筆を進める彼、時々見せるだらしない姿。
初めは慣れなかったけれど、今ではすっかり日常の一部となっていた。
「おはよう沙羅、小説もある程度執筆し終えたし今日くらいは手伝うよ。」
「ありがとうございます、ですがお手を煩わせる訳にはいきませんので。そのお気持ちだけありがたく受け取らせていただきますね。」
せっかくの申し出だけど主人に自分の仕事をやらせるなんてメイド失格、それにこの生活にも愛着がある。
彼の身の周りの世話をするのが好きなのだ、これは誰にも譲りたくない。
何故なら私はご主人……鏡也君が好きだからだ。
家庭や学校での居場所が無かった私に居場所をくれ、優しく接してくれる唯一の人間だった。
彼は否定するだろうが、私は彼に感謝している。だからこそこの身を生涯捧げ続けると誓った。
ところで、私には秘密がある。
他人の夢に介入し、書き換える事ができるのだ。
ある日突然扱えるようになったこの力を使い、私は度々彼の夢に入っている。
そこで見る夢はとても甘く、そして少し寂しくなる恋の夢物語だ………
◆ ◆ ◆
side:望月鏡也
またあの夢を見た。
俺は度々同じ夢を見る。
それは彼女…沙羅とデートをしたり、家でゲームをしたりと様々だった。
内容はとうであれ、その夢はいつも彼女がいて、普段は見せない幸せそうな笑顔を見せてくれた。
あの夢がなんなのか分からない、最近頻度が上がったおかげで筆が全く進まない。
恋の病というモノなのだろうか、昔は「恋なんて一種の気の迷いだ」なんと言っていた自分をぶん殴ってやりたくなる。
俺は彼女が好きだ。叶うならば主従関係としてではなく、恋人として共に居てほしい。
「おはようございます、少し疲れているようですが大丈夫でしょうか?」
「あぁ、気にしなくていいよ。ちょっと徹夜しちゃっただけだから。」
夢の事は口が裂けても話せない、言えば今の関係が崩れてしまう気がする。
「そうですか……ちゃんと決まった時間に寝ないと体に悪影響をもたらします。夢の為とはいえ、あまり無理をしすぎれば逆効果ですよ。」
「分かってるよ。まぁ、俺には頼りになるメイドさんがいますから。」
「ご冗談はよしてください、私などまだまだ半人前ですよ。ご主人の小説家としての実力と同じで。」
サラッと毒づかれた気がするけど…まぁいいか。
それにしてもやっぱり厳しいなぁ、お世辞のつもりは無くて本音だったんだけど。
「それはそうとして、3ヶ月後には文化祭ですが劇のシナリオは問題なさそうですか?」
「そっちは問題ない、なにせ俺の最高傑作だからな。それに沙羅が出るなら尚更だよ、ウチのメイドが1番可愛いってのを思う存分見せつけてやらないとな。」
沙羅は元々別の高校に通っていたのだが、雇われてからは俺と同じ高校に通っている。部活は俺共々仕事の都合上入っていないが今回はクラスの出し物として劇をやる事になり、その美貌を買われ主役に抜擢されたのだ。
「全く冗談が好きな方ですね。まぁいいです、冗談でも嬉しいですから…(ボソッ)」
「それじゃあそろそろ行くか、電車の時間に間に合うか怪しいし。」
「えぇ、それではいきましょうか。」
今日は沙羅とのデート…と題した買い出しの日だ。
毎月お互いの時間が空いている日は必ず二人で買い出しに行っている。
小説漬けの日々にとってこの時間は数少ない楽しみだ、なんなら1番幸せなひとときと言っても過言ではない。
「今日はあの夕飯はどうしましょうかね。」 「外食にしようか、いつも作らせてたら悪いしな。」
なんてことのない会話をしながら俺たちは家を出た______________
後から気づいたんだが、俺達が出かけた先、そこでの出来事は夢に似ていた。
一体なんなんだろうか?
◆ ◆ ◆
side:水瀬沙羅
「ここのミートパスタ、かなり美味しいですね。今度私も挑戦してみようかな…」
「そうだなぁ…沙羅が作るんだからきっとこれより美味しいんだろうな。」
「ふふ、相変わらず冗談がお好きですね。」
「そうだ、初詣は伊勢神ぐうに__________________
ジリリリリリリリリリリリリリ!!!!
もう朝か……………
久しぶりに鏡也君の夢に入ってたのに、内容は書き換えてたけど……
いや、それは置いておこう。なにせ今日は鏡也君とのデートなんだから。
買い出しという触れ込みだけれど、正直買い出しと言ってもそれは最後の最後に少しだけ寄っていく程度。だからデートと言ってもいいはず。
「おはようございます、少し疲れているようですが大丈夫でしょうか?」
「あぁ、気にしなくていいよ。ちょっと徹夜しちゃっただけだから。」
普段はこれほど疲れた様子を見せないだけに心配になってしまう。
私が夢に介入しているから、何か悪い影響が出ているのだろうか?
心配しつつも支度を終えた私たちは家を出た。
彼に想いを伝えたい。
けれど言い出す勇気が持てない…
奥手な私のこの想いを伝えられるのはいつになるのかな……………
◆ ◆ ◆
こうして私(俺)たちはお互いの気持ちに気づかず、日々を過ごしている。
私(俺)と彼(彼女)を繋いでくれているのは例の夢だ。
これからもこんな日々が続きますように、願うならば恋人として。
そんな風に考えながら、俺は差し出された手を握った。
「これからもよろしくお願いしますね、ご主人。」
「あぁ、こちらこそよろしく。沙羅」
彼(彼女)の目に写った私(俺)の顔は、とても幸せそうな笑顔で溢れていた______________