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嘘と真実の狭間  作者: 柊れい
第2章
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第2章 第6話: 記憶の影

学校の空気はいつもと変わらず穏やかで、平和だった。事故後の不安を感じさせるものは何もなく、教室に入ると友人たちがいつものように私を迎えてくれた。玲奈と涼が一緒に登校しているところを見つけ、私は急いで駆け寄る。


「おはよう、沙耶!」

玲奈が笑顔で手を振り、涼も軽く頷いてくれる。玲奈はいつも明るく、元気を分け与えてくれる存在だ。涼は少し控えめだけど、優しい目で私たちを見守っている。二人とも、事故以来ずっと私を気にかけてくれている。


「おはよう、玲奈、涼!」

私も笑顔で応える。事故の記憶はまだ曖昧なままだが、こうして普段通りの生活を送ることで少しずつ前向きになっている気がする。特に玲奈と涼の存在が大きい。二人と一緒にいると、事故のことを忘れられそうになる。


「最近どう? 体調は大丈夫?」


玲奈が心配そうに聞いてくる。


「うん、だいぶ元気になったよ。ありがとうね、心配かけてばかりで」


「それならよかった! 今日の授業、結構ハードそうだけど大丈夫?」

玲奈がニヤリと笑う。


「うーん、頑張るしかないかな」と苦笑しながら、私も準備を始める。


涼は何も言わずに私の様子を見守っていたが、その優しさが逆に心にしみる。彼はいつも言葉少なに、でも確実に私のことを気にかけてくれている。そんな涼の視線に安心感を覚えつつ、今日も一日が始まった。


++++++++++


授業は順調に進んでいった。クラスメートたちも事故の話題を避けるようにしてくれているのか、特に何事もなく日常が戻ってきているようだった。教科書のページをめくり、ノートに書き込む音が教室に静かに響く。私は一瞬、悠斗のことを考えた。


彼とはよくカフェで会っていたが、学校に通い始めてから少しずつ距離を感じている。あの夢のことを話したときの彼の反応——あの時の不自然さがどうしても頭に残っている。彼が何かを隠しているのか、それとも私がただ考えすぎているだけなのか。思考がぐるぐると回り始める。


玲奈や涼と過ごしているときは、こうした不安も薄れていく。学校は私にとっての「普通」を取り戻せる場所だ。だからこそ、今日はこの平穏な時間を大切にしたかった。


昼休み、玲奈と涼と一緒に食堂へ向かう。涼は少し遅れてやって来たが、玲奈と私は先に並んで食券を買っていた。


「今日は何にする?」

玲奈が元気よく聞いてくる。


「うーん、どうしようかな……」

メニューを眺めながら、私は何気ない会話を楽しんでいた。こういう日常が戻ってきたことに、心から感謝している。


「涼、あんたも何か食べる?」

玲奈が涼に声をかけると、彼は軽く頷いてチキンカレーの食券を差し出した。


「さすがカレー好き。涼らしいね」

玲奈が笑いながら言うと、涼は照れくさそうに肩をすくめた。


私たちはいつも通りのランチを楽しんで、教室に戻った。午後の授業も特に問題なく進んでいった。だけど、心の片隅にはずっとあの夢が引っかかっていた。授業が終わり、友人たちと別れた後、一人で帰路につくことにした。


++++++++++


夕暮れの街を歩きながら、頭の中は再び悠斗とのことや夢のことに占められていた。悠斗は本当に何も知らないのか? 彼が優しいのは、ただの恋人としての愛情なのか、それとも——。


そんなことを考えながら、歩道の信号待ちで立ち止まる。車が行き交う音が耳に届き、私はぼんやりと青信号になるのを待っていた。その時だった。


[グッ……。]


背中に、何かが触れる感触がした。


まるで誰かに押されたような——瞬間、私は前に倒れ込んでしまった。気づいたときには車道に体が…。突然の出来事に心臓が凍りつき、腰が抜けたのか動けなくなった。


「えっ……」


視界の端に、大型のトラックが迫ってくるのが見えた。次の瞬間、私は無意識に体を引き戻そうとしたが、動きが遅れた。トラックのエンジン音が耳を裂くように響き渡り、すぐそこまで近づいていた。


「やばい……!」


自分ではどうにもできないと感じたその瞬間、後ろから強い力で引っ張られ、私は歩道に倒れ込んだ。


「大丈夫か!?」


慌てて声をかけられ、私は息を切らしながら振り返った。そこにいたのは、偶然通りかかったサラリーマンらしき人だった。彼は私の肩を強く掴み、私の無事を確認するように目を見つめていた。


「何やってるんだ! 死にたいのかよ!」


彼の言葉が現実に引き戻してくれた。私は震える体を何とか起こし、無事だったことを実感する。ほんの一瞬前まで、私は命を失いかけていたのだ。


「す、すみません……ありがとうございます……」


声が震え、言葉もうまく出てこない。頭の中が真っ白になり、何が起こったのかを理解するまでに時間がかかった。背中を押された——その感触は、あの夢の中の出来事とあまりにも似ていた。


「何かに……押された?」


そう呟いたが、周囲に怪しい人物の姿はなかった。歩行者は皆、自分のことに集中していて、私に注意を向ける人はいない。背中を押したのが誰だったのか、その答えは見つからなかった。


++++++++++


家に帰ると、体の震えが止まらなかった。あの瞬間の恐怖が何度も蘇り、何度も夢の中の光景と重なる。あれは偶然だったのか、それとも何かが私に伝えようとしているのだろうか。夢と現実が交差していく感覚に、私は戸惑いを隠せなかった。


そして、悠斗のことが頭をよぎる。彼に話した夢と、今日の出来事があまりにもリンクしている。これも偶然だと言えるのだろうか? それとも、もっと深い何かが隠されているのか。


気持ちを落ち着けようとしても、胸の中に膨らんでいく不安は消えない。あの夢のように、また何かが私を危険にさらそうとしているのかもしれない。記憶を失ってからの私には、まだ知らない事実がたくさんある——その中に、真実が隠されているのかもしれないと、私は感じ始めていた。

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