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嘘と真実の狭間  作者: 柊れい
第2章
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第2章 第3話: 微かな違和感

退院してから数日が経った。学校生活も少しずつ慣れてきて、玲奈や涼と話す時間が増え、教室の空気にも溶け込めるようになっていた。クラスメートたちは優しく接してくれて、私の事故のことも気にかけてくれる。そんな中で、私はやっと自分がここに戻ってきたことを実感し始めていた。


けれど、心の奥にどうしても引っかかるものがあった。悠斗との「恋人関係」だ。


彼は退院後、何度も私を気遣ってくれて、放課後には一緒に帰ることが増えた。彼の優しさは本物だと感じる。私のために過去の思い出をスマホで見せてくれたり、いつも元気に明るく振る舞って、事故で心が不安定な私を支えてくれた。


だが、その「思い出」に対して、どこか腑に落ちない部分がある。


ある日の放課後、私たちは一緒に駅へ向かって歩いていた。秋風が頬を撫でる中、悠斗はいつも通り、くだけた調子で話しかけてくる。


「沙耶さ、学校にはもう慣れた? みんな、やっぱりお前のこと心配してるよな」


「うん、涼と玲奈がずっと支えてくれてるから、なんとか大丈夫……」


ふと口にした自分の言葉が、思った以上に冷静で、少し戸惑った。支えてくれているのは涼や玲奈だけではなく、もちろん悠斗もその一人だ。けれど、なぜか「彼の優しさ」に対する感謝の言葉がすんなりと出てこない。


彼はスマホを取り出し、画面を私に向ける。


「この前、病院で見せたけどさ、また昔の写真見てみない? ほら、俺たち、こんなに楽しそうにしてたんだぜ」


画面には私と悠斗が一緒に写っている写真が次々と表示された。ふざけ合いながら笑う私たち。テーマパークでのおそろいのグッズ、カフェでの何気ない会話、冬のイルミネーションをバックに寄り添う姿。


どの写真も、確かに私たちが「恋人同士」だったことを証明しているように見える。悠斗は、そうやって過去を私に提示し、私たちの絆を思い出させようとしているのだろう。


でも、その写真を見ても、心が大きく動くことはなかった。ただそこに映っている自分が、どこか他人のように感じられる。無意識に、「あれは本当に私だったのか?」という疑念が浮かんでくる。


「……本当に、私たちって恋人だったんだよね?」


何気なく漏れたその言葉に、悠斗は一瞬、表情を固くした。だが、すぐにいつもの軽い口調で返してくる。


「おいおい、今さら疑うなよ! 俺たちのこと忘れちゃったってのは分かるけど、俺が嘘ついてると思う? 写真も動画もあるんだしさ」


悠斗は笑いながら、さらにスマホの動画を再生した。画面には、私が彼に腕を引っ張られて笑いながら走っている映像。背景には花火が打ち上がっていて、夜空が鮮やかに彩られていた。その私の笑顔は、確かに楽しそうだった。まるで全てを信じているかのような表情。


けれど、その笑顔も今の自分にはどこか遠いものに思える。


「そう、だよね……ごめん、まだ記憶が戻らなくて……」


私は言葉を濁した。悠斗が嘘をついているとは思いたくない。実際に、私たちは恋人だったのだろう。彼が見せてくれる写真や動画が、それを否定しようのない証拠として私の前にある。


しかし、その思い出が今の自分にとっては、まるで他人の人生を見ているかのような感覚を覚えてしまうのだ。


悠斗は私の表情に気づいたのか、少しだけ眉をひそめたが、またすぐに明るく振る舞う。


「ま、ゆっくりでいいよ。無理に思い出す必要もないし、俺がちゃんと支えてやるからさ」


そう言って、彼は私の肩に軽く手を置く。その手の感触に、ほんのわずかに心が揺れた。彼の温かさは確かに感じる。けれど、その優しさがどこか違和感を伴って胸に響いてくる。


「ありがとう、悠斗……本当に、感謝してる」


そう口にしたものの、その言葉はどこか空虚に感じられた。悠斗は満足そうに笑っていたが、私の中では何かが引っかかり続けている。


私たちはそのまま駅に到着し、別れの言葉を交わす。悠斗は明るく「また明日ね!」と言い残して去っていった。


私は一人、駅のホームで電車を待ちながら、心の中で湧き上がる違和感と向き合っていた。彼が見せてくれた写真や動画は、確かに私たちの「過去」を証明するものだ。けれど、私の中にあるこの感覚は何なのだろう。


「恋人」という言葉に、どこかしら重みを感じてしまう。悠斗は本当に私の「恋人」だったのだろうか? それとも、何かが見落とされているのだろうか?


ふと、玲奈や涼と一緒に過ごした時間を思い出す。彼らといる時には、こんな違和感は感じなかった。彼らといる時間は、純粋に楽しかったし、何かが引っかかることもなかった。


悠斗との時間は、過去の思い出が介入してくるからこそ、違和感を生むのだろうか? それとも、私の記憶が完全に戻っていないから、このような感覚が生まれているのだろうか。


ホームに滑り込んできた電車に乗り込み、座席に腰を下ろした。窓の外を流れる景色をぼんやりと見つめながら、私は自分の心の中でくすぶり続けるこの違和感を整理しようと努めた。


しかし、答えはまだ見つからなかった。ただ、悠斗の優しさがどこか空虚に感じられることだけは、はっきりしていた。何が本当で、何が偽りなのか——その境界が、ますます曖昧になっていく気がした。

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