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嘘と真実の狭間  作者: 柊れい
第4章
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第4章 第1話: フラッシュバック

病院の待合室に座りながら、私は窓の外に広がる青空をぼんやりと眺めていた。通院はこれが最後だと先生に言われたのは、ついさっきのことだ。怪我もすっかり治り、体は元のように動くようになっている。唯一、まだ完全には戻っていないのが、記憶だ。ここ数ヶ月の記憶以外は朧げではあるがだいぶ戻ってきたと思う。記憶とはもともとそういうものだろうから問題ないレベルであると思う。ただ、事故前後の記憶は思い出そうとしてもさっぱりだ。


「あとは無理せず、ゆっくり過ごしていれば、自然に回復していきますよ」


担当医の先生はそう言って、私に優しい笑顔を向けてくれたが、それでも不安は消えなかった。どこか曖昧で、まるで自分の人生を歩いている実感がない。事故に遭う前の自分がどうだったのか、すべてがぼやけていて、頼りない。


「沙耶、大丈夫か?」


悠斗の声に、私はハッと我に返る。悠斗は私の隣に座り、心配そうに顔を覗き込んでいた。最近、彼がいつも私を気遣ってくれることが、ありがたいと思う反面、どこか違和感を感じている自分もいる。それでも、悠斗は今の私にとって大切な存在だ。記憶を失った私にとって、彼は唯一、過去と繋がる手がかりだから。


「うん、大丈夫。もうこれで通院も最後だし、体もすっかり良くなったみたい」


「そっか、それなら良かった」


悠斗は微笑んで、私の肩を軽く叩いた。その何気ない仕草に、私は胸の奥が少しだけ温かくなる。彼がここまで優しくしてくれるのは、私にとって大きな支えだ。記憶がなくても、彼がそばにいてくれることが、今は救いになっている。


++++++++++


病院を出て、駅へ向かう帰り道。日差しが少し強くなってきていて、私は手をかざして額に影を作りながら歩いていた。悠斗と並んで歩くと、自然に彼の歩幅に合わせるようになっている自分に気づく。こんなふうに、彼と一緒にいる時間が増えるにつれて、少しずつ記憶が戻ってきたらいいのに――そんな淡い期待を抱きながら、足を進めていた。


「今日はどこか寄っていく?」


悠斗がふと、そう聞いてきた。


「うーん、どうしようかな。もう家に帰るつもりだったけど……」


そう答えた瞬間、私の視界が一瞬ぼやけた。何かが、脳裏にちらつく。まるで遠くから響く声が、かすかに耳に届くような感覚だった。


「……沙耶?」


悠斗の声が再び聞こえてきて、私は驚いて立ち止まった。まるで体が止められないほどの違和感が、一瞬にして私を包んだ。何かが、記憶の底から浮かび上がろうとしている――そんな感覚だ。


そして、次の瞬間――


++++++++++


私は高校の校庭に立っていた。鮮やかな日差しの下、制服姿の自分が見える。目の前には、悠斗がいる。彼は、少し照れ臭そうに私を見つめていた。


「沙耶……俺と、付き合ってくれないか?」


その瞬間、私は息を呑んだ。彼の言葉、彼の表情――それが鮮明に蘇ってきた。これが、悠斗と私が付き合い始めた瞬間だ。私はその記憶の中で、彼の告白を受け入れ、笑顔で頷いていた。何の疑いもなく、幸せな気持ちでいっぱいだった。


「あのとき、私は……」


記憶の中の自分が、悠斗に近づいていく。そして、彼の手を取り、二人で笑い合う。校庭の風景が、まるで昨日のことのように鮮明に感じられた。あの頃の私たちは、本当に幸せだったのだ。


++++++++++


気がつくと、私は現実に引き戻されていた。目の前には、少し困ったような表情をした悠斗がいる。どうやら私が突然立ち止まったことに、彼は心配していたようだ。


「どうしたんだよ、急に立ち止まって。具合悪いのか?」


「……いや、そうじゃない。ただ、なんだか急に、思い出したんだ」


「思い出した?」


「うん。悠斗が、私に告白してくれたときのこと。校庭で……覚えてる?」


そう言うと、悠斗の表情が一瞬驚きに変わった。


「本当に、思い出したのか?」


私は頷いた。確かに、あの時のことは鮮明に蘇ってきた。告白されて、私は彼の手を取って……。


「そうだな、あのときは俺も緊張してたよ」


悠斗は少し笑いながら答えた。彼の声には、いつもの軽さが戻っていたが、どこかぎこちなさも感じた。それが気になりつつも、私は自分の思い出が戻ったことに、少し安心感を覚えていた。


「あのときのことは、本当に忘れられないよ。お前が笑って頷いてくれた瞬間、俺はすごく嬉しかった」


悠斗はそう言って、私に微笑んだ。だけど、その微笑みがどこか表面的なものに感じてしまうのはなぜだろう? 彼の言葉は真実だろうけど、その奥に何かが隠れているように思えてならない。


「本当に、私たちはあの時からずっと幸せだったんだよね?」


私の問いかけに、悠斗は一瞬だけ口をつぐんだ。それから、少し考え込むようにして言葉を選んだ。


「もちろんだよ。お前が事故に遭う前も、ずっと一緒にいたんだから」


その言葉は、何かを覆い隠すような響きがあった。それでも、私はそれ以上追及することはできなかった。まだ戻っていない記憶があり、全てを知るのが怖かったのかもしれない。


++++++++++


その夜、私は自分の部屋で一人考え込んでいた。悠斗との告白の瞬間を思い出せたことは、確かに嬉しい。けれど、それがまるで過去の一瞬だけ切り取られたかのように、他の記憶がまだぼやけているのがもどかしかった。


「どうして、あの時のことだけがこんなに鮮明に……?」


自分の頭の中で、記憶の断片を繋ぎ合わせようとしても、ピースが揃わない。付き合い始めた頃は確かに幸せだった。でも、その後、何が起きたのかが思い出せない。そして、今の悠斗の態度にも、何かが引っかかる。


「私、もっと知りたい……」


彼が本当に隠していることがあるなら、それを知る必要がある。記憶が戻らない限り、私は真実に辿り着けない。でも、その真実は、果たして私にとってどんな意味を持つのだろう?


そんな不安が、私の胸の奥で静かに渦巻いていた。

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