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短編まとめ

幸せを夢見る二人は甘い眠りに落ちました

作者: よもぎ

とある国の、とある時代のお話です。


第三王子のシモンと、公爵令嬢のカミラは、婚約者の関係でありました。

十の年頃に決まった婚約で、シモンは公爵家にお婿にいくことになっていたのです。

二人は初めて会った時から一目惚れ。

適切な距離感を保ちながらも情熱的に交流を重ねていったのです。


第三王子シモンは少し線が細いものの、知性の高さを窺い知れるような美男子に。

カミラはたおやかで華やかで、しかし百合のような美しさを持つ淑女に。

各々成長していって。

二人は憧れのカップルとして知られていたのです。



しかし、隣国から、ある日、王へと手紙が届いたのです。

交流のパーティーに紛れ込んでいた第二王女が、シモンに惚れ込んだので、婿入りを願うという手紙です。

王は驚き、また悩みました。

この国との関係は年々あちらが優勢になってきています。

いえ、もう、この国は逆らうことが難しい状態です。

これはお願いや交渉の手紙などではありません。

実質的な命令の手紙だったのです。


その証拠に、手紙には、二週間遅れて迎えの使節団が到着するので、シモン王子を預けるようにと、返事さえ聞く気のない一節がありました。



王は、三日だけ悩みました。

けれど、けれども、国と息子を天秤に掛けて、王は、国を取ったのです。


シモン王子は、王命による婚約の白紙撤回と、己の婿入りを聞いて、顔を真っ青にしました。

けれど父である王も顔色が真っ青です。

王妃などは倒れてしまい、病床でうんうん唸っている有様です。



「わかりました。では、そのように」



掠れた声の返事を聞いた王は、一筋だけ涙を流しました。

そうして、五日後に最後の逢瀬をさせてやろうと、公爵家に訪問を告げたのです。





五日後。

公爵家の客室で、二人は今までのように顔を合わせました。

これが最後だなんて嘘のように落ち着いて見える二人は、心配する侍女たちに、せめて二人にしてほしい、ドアは薄く開けていて構わない、と言って、二人でお茶をすることにしたのです。

最初こそ心配で覗き見していた護衛たちも、落ち着き払った様子で茶菓子をつまんだりするだけの二人に、覗き見をやめてしまいました。

これで二人が愛を交わすようなことがあれば問題ですが、二人はただ並んでお喋りをして、お茶を飲んで、お菓子を食べていただけだったのです。


そうして時計の針がチクタク動いて、どのくらい経ったでしょう?


侍女たちは、あまりに静かなことにふと気付いたのです。

屋敷の中では人が動いて喋っていますから、多少の音はするものです。

その中に、部屋の中の二人の声も混じっていたはずが、今は聞こえないのです。

同じように異変に気が付いた護衛たちと顔を見合わせ、、頷きあい、二人を呼びながらそっとドアを開けました。


二人は、そこにいました。


けれど、二人は、お互いを支えあうようにもたれあいながら、目を閉じていたのです。

美しい口元からは一筋の血。

それは、貴族が処される時に使われる毒の特徴でもありました。


悲鳴を上げた侍女たち、室内に押し入って救助できないかを試す護衛たち。

二人は助かりませんでした。

気付いた時にはもう、心の臓は止まって、二人はすっかり冷たくなっていたのです。




王子は、お城の保管庫から、毒を盗んでいたのです。

保管庫には色々なものがあります。

だから、王子は、落ち着くお香が欲しいけれど、自分で選びたいのだと言って、保管庫に入りました。

どこに何があるかは知っています。

そして、この時、案内人は必要ないと一人で入ったのです。

王子は隠し持っていたたくさんの小瓶に、処刑用の毒をたくさん、たくさん詰めました。

そうして素知らぬ顔でお香だけ取りましたと言う形で出ていったのです。


毒を飲もう、と、シモン王子に囁かれたカミラは、そっと頷きました。

自分以外に子供もなく、また跡継ぎになれる人間も殆ど血の縁のない遠縁にしかないと分かってはいたのです。

けれど、そんなことよりも、カミラは誰より何よりシモンが好きだったのです。

引き離されてしまったなら、息の仕方さえ忘れてしまうほどに。

他の誰にもその身を委ねることなど出来ないくらいに。

貴族としては失格だけれど、夫となるはずだったシモン王子を深く深く愛していたのです。


二人は、カップになみなみと注いだ毒を、原液のまま飲み干しました。

途端にすうっと襲ってきた眠気に、本能的に死を感じて、二人はそっと寄り添いあいました。



「目覚めた時に、またきみがいたら」

「きっと二人きりですわ」

「愛しているよ、カミラ」

「愛しております、シモン様」



まるで、本当に眠りにつくだけかのように、穏やかに。

二人は死の国で結ばれることを夢見ながら、二度と目覚めぬ眠りへと落ちたのです。





王は、王子の訃報に、最早立っていられないほどの絶望を感じました。

しかし王として、できることはしなくてはなりません。

氷室に王子の遺骸を保管し、公爵令嬢は先に弔いました。

そうして、やってきた使節団に、冷え切って心の臓が止まったシモン王子の遺骸を見せて、死んだことを伝えたのです。


その使節団には、第二王女本人がおりました。

彼女は死してなお美しい遺骸を欲しがりましたが、他の者が止めました。

氷室から出せばすぐにも腐り始めて、国に帰る頃にはひどいことになりますと。

現実を見てやっと遺骸を、いえ、シモン王子を諦めた第二王女は、不機嫌そうなふくれっつらのまま、とんぼ帰りをしていきました。



カミラのすぐ隣にシモン王子もまた弔われました。

本来ならば王族の墓に入るはずが、王の許しを得て、彼は永遠の伴侶であるカミラと共に眠ることを許されたのです。




もしも死の国があったなら、そこで二人は結ばれたでしょう。

もしも来世というものがあるのなら、そこでも二人は結ばれるでしょう。


もしも、もしものお話です。

けれど現実のお二人は、ただ固い地面のその下で、並んで沈黙しているばかりなのでありました。




その後の結末(蛇足)


公爵家:跡継ぎ不在により、当主夫妻の引退と同時に爵位返上

隣国第二王女:国内外問わずに有名だった二人を引き裂こうとした上に死なせたとして国そのものの評判を落としてしまい、生涯を離宮に軟禁される

王国:二人の話はタブーに。悲劇の題材にしようとした作家が捕まって公開処刑されて以降は本当に誰も語らなくなった

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