第14話 仔ブタ令息、狙われる?
「ランス!」
アンディ君が実演中のランス兄上に何度目かの手を振って、今度は大きく名前を呼んだ。
すると行列にいる僕たちに気付いた兄たちが、僕たちに向かって微笑んだ。
そんな兄たちに黄色い声が上がる。
兄たちは普段、他人には微笑みかけたり愛想良くしないクールな人たちだから、女生徒たちと一般の若いお姉さんたちの熱気と興奮が最高潮だ。
でも兄たちはそんな女性たちには目もくれずに、出来上がったジェラートを持って僕たちのもとへ転移して来たんだ。
「ルルの好きなブルーベリーのジェラートだよ。」
メルク兄さまがそう言って僕にブルーベリーのジェラート入りのカップを渡してくれた。
「ありがと~!」
「アンディ、オレンジ好きだったよな。」
ランス兄上はそう言ってアンディ君にオレンジのジェラート入りのカップを渡してた。
「サンキュ!」
僕たちはパラソル付きの丸テーブルに移動した。
この席は兄たちが予約してくれたんだ。
テーブルに着くとイケメンな給仕のお兄さんが兄たちとオスカー君の分のジェラートを持ってきてくれた。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
そう言って給仕のお兄さんは空いてる席に座って僕とアンディ君を交互に見つめた。
「ランスの婚約者は美人だな。こっちのぽっちゃりのそばかすが弟か? ランスにもメルクにも似てないんだな。」
この給仕のお兄さんは誰なんだろう?
名乗りもせずに言いたいことだけ言って失礼じゃないかな?
「・・・・・・」
僕は給仕のお兄さんを見ないようにジェラートに集中した。
「ん~おいしい! ランス兄上、メルク兄さま、とっても美味しいです。」
僕はジェラートを作ってくれたランス兄上とメルク兄さまに笑顔を向けた。
ガタンッ!
給仕のお兄さんが急に顔を真っ赤にして立ち上がった。
そして、カッと目を見開いて僕に詰め寄った。
「お前、名前は?」
「知らない人に名前を教えちゃいけないから、言えません。」
「なっ!」
「先輩、名乗ってないから『知らない人』ですね。」
と、オスカー君が呆れたように言った。
「あ・・・そうか、すまん。俺は教皇国国立魔法学園中等科3年で中等科の生徒会長をしている。クリストフ・ジュール・ド・フルールだ。よろしくな。」
家名がフルールって、もしかして、ギルバート君のお兄さんで留学中のフルール王国の皇太子殿下、なのかな?
「シャルル・ド・ブランシュールです。」
名乗られたし、皇太子殿下みたいだから、仕方なく僕も名乗ったよ。
仮の名前の方だけど。
「ん、ランスとは家名が違うのか?」
「ルルは聖職者になるから、『ブランシュール』のほうが都合がいいんだよ。」
と、メルク兄さま。
「ああ、今代の教皇聖下はうちの魔法伯の実兄だったな。って、坊さんになるのか?」
「聖者の見習いしてます。」
「マジかよ。じゃあ、誰とも婚約していないんだな? なあ、還俗して俺の婚約者にならないか?」
「無理。」
「即答かよ!」
ぎゃはははは、とクリストフ君がお腹を抱えて笑った。
聖者と聖女は聖騎士とか教会と神殿の聖職者とは自由に結婚できるけど、そうじゃない人と結婚する場合は還俗して退職しないとダメなんだよね。
要は職場結婚は仕事の継続OKだけど、職場以外の人と結婚する場合は寿退社になるんだ。
適齢期の若い聖者とか聖女は、巡礼とかで長期の移動が多いから、婚家を留守中に浮気されてたり、勝手に離婚されてたりした事が過去に多数あったから、こういう制度になったらしいよ。
同じ教会や神殿で働いている聖職者なら一緒に巡礼に行けるように配慮されるから、離婚率が低いんだよね。
だから聖者や聖女の結婚相手は巡礼に同行する機会が多い聖騎士や神官が多いんだ。
でも教会外の人と結婚した後で離婚したり伴侶が亡くなってしまっても、称号が消えずに残っていれば聖者と聖女に復帰できるし、未成年の子供がいる場合も一緒に教会の寮で暮らせるんだ。
あ、そうそう、貴族の出身で、家を継がなきゃいけなくなった聖者と聖女も還俗できるんだよ。
そういう場合は後継に家督を譲ったあとで復帰する方も多いんだ。
「ああ、でも残念だな。俺は今年で卒業だから、シャルルが入学する頃には国に帰ってる。」
「先輩、国に婚約者がたくさんいるでしょう?」
オスカー君が冷めた口調で言った。
婚約者がたくさんいるなんて、クリストフ君はプレイボーイなのかな?
「ああ、候補が何人かいたな。」
クリストフ君の顔がニヤニヤしてて何かやらしい。
フルール王国は側妃が持てる国だからか、皇太子なのに軽いというか、チャラそうで何かイヤだな。
**クリストフ視点**
生徒会補佐になんとか引き入れた大公家の双子たちの兄の方の婚約者と、双子たちの弟が来ると聞いて物見遊山気分で給仕に行った。
ランスの婚約者はショートカットの男装の美少女で、土産物屋でよく目にする「悲劇の勇者」の絵姿に似ていたが、俺の好みじゃなかった。
一方、弟の方は美形な双子たちにもその両親にもあまり似ていない。
辛うじて麗しの大公夫人に少し似ているところがあるような、ないような?という程度の、あっさりモブ顔のそばかすだらけの白い仔ブタだった。
だが、笑顔が物凄く可愛かったんだ!
なんというか、一瞬、天使に見えたな。
俺の初恋の大公夫人が、ふんわりと笑った時の顔にソックリだった!!
痩せたらもっと似るんじゃないか?
そう思ったら欲しくなった。
だが、俺は中等科を卒業したら帰国しなければいけない。
なんとかして仔ブタを俺の婚約者にできないか?
そうしたら大公夫人が俺の義母になるな!
帰国したら父上に相談しよう。
**???サイド**
バザー会場で教会が出店している区画は、聖者や聖女が作った加護付きの衣料品を求める人だかりであふれていた。
「あの、これを刺繍した方はどなたですか?」
黒髪に琥珀色の瞳をした冒険者の少年が、売り子をしている60代位の年代の聖者に、黒い仔ブタの刺繍があるハンカチを一枚差し出した。
「このハンカチは、ルル坊・・・うちの最年少の聖者が刺繍したんだよ。」
「やっぱり!」
聖者の言葉に少年が嬉しそうに笑った。
──顔が、顔面偏差値が高すぎる! 超、イケメン!!
少年の笑顔に年甲斐もなく聖者はドキドキしてしまった。
「あ、でも、黒ブタさんは安産のお守りになるんだけれど、いいのかい?」
「・・・最年少の聖者様が刺繍したのは他にもありますか?」
「それ、最後の一枚なんだよね。」
「最後・・・じゃあ、これがいいです!」
「銅貨10枚になります。」
少年は金貨一枚を売り子の聖者に手渡した。
「おつりは全部、教会に寄付します!」
「ありがとうございます。あなたの旅路に女神さまの加護と祝福がありますように。」
「ありがとう!」
少年はハンカチを大事そうにウエストポーチにしまうと、スキップしそうな勢いで去って行った。
聖者はその後姿を何となく見えなくなるまで見送った。
「あの子供が気になるのか?」
そんな聖者に、傍にいた双子の聖騎士二人のうちの片方が声をかけた。
双子の聖騎士たちは50代くらいで、白髪交じりの黒髪に瞳の色は二人とも空色だった。
一方聖者は、彼らと同じ白髪交じりの黒髪であったが、瞳の色は東雲色だった。
「だって、ハンカチ一枚に金貨出してさ、おつり全額寄付するとか、将来有望なイケメンだよね!」
聖者が頬を染めつつそう言うと、双子の聖騎士たちのイライラが爆上がりした。
「もう時間だし、帰るぞ。」
もう片方の言葉に、聖者は能天気にうなずいた。
「そうだね。あ、そうだ。帰り道の途中だし、アルの家に寄ろうよ!」
「「嫌だ。」」
「僕たちの息子の家じゃん。寄りたい!」
「「却下。」」
「ええぇ~」
聖者の希望を無視して、双子の聖騎士たちは、聖者の両腕をそれぞれが掴んで即転移した。
「先代様、お仕置きコースかしら?」
「ああ、先代様たちがお住いの修道院に転勤したい。」
「私は修道院の壁になりたいわ。」
「激しく同意いたしますわ!」
三人が消えた後、腐女子属性で枯れ専の聖女たちがキャッキャウフフしながら妄想話に花を咲かせていたのを、彼らは知らない。
そして・・・
「小さな聖者様、ルルって名前だったんだ・・・」
人気のない丘の上で、冒険者の少年は買ったばかりのハンカチを見つめ、黒い仔ブタの刺繍にそっとキスをしていた。




