ep70 鬼神戦 其の弐
正面、右斜め前、後ろに二体、各方向から鬼神の分身が迫るが、それが驚くほど遅い。隙間を縫い、分身たちの包囲を軽く躱した私は、そのまま川の向こう側、鬼神の本体に向けて駆け出す。
「うわっ、すごい」
凄まじい加速とスローモーションの世界に思わず声が漏れる。川を軽く飛び越える。私の着地点を狙って鬼神が火球を放つが、凄まじい速度で横に跳び、回避する。私を追って火球が連射されるが、ステップを踏みながらすべてを回避する。
というか、連射できたのか、アレ。
「それだけ本気になっているという解釈で良いかな?」
タイミングを見計らい、一瞬で距離をつめる。斜め上から振るわれた鬼神のロングソードを岩竜のナイフで絡めとり、鬼神の手から弾き飛ばし、返す刃で鬼神にナイフを振り下ろす。
ドッ、という音とともに私のナイフが鬼神の左腕に受け止められる。
「かったい………なッ!」
すぐにナイフを引き、連続でナイフを繰り出すが、鬼神は無手となった両手で器用に捌き、クリティカルとなりそうな一撃を紙一重で防いでいる。
「でも、それも時間の問題でしょっ!」
そう、このままいけば防戦一方の鬼神を削り切れる。次の攻勢に備えて半歩身を引いたところで、目の端に、私が先ほど弾き飛ばしたロングソードが映る。
ちょうど鬼神の真上に振ってくるように落ちてきたそれの刃の部分を鬼神は右腕で受け止め、そのまま柄を私に振り下ろした。咄嗟に岩竜のナイフで迎撃しようとするが。
「ッ!おも……ッ!」
ズドンッ、と音が響き、吹き飛ばされる。すさまじく重い一撃。地面をバウンドしながら勢いを殺し、何とか着地する。ちらっと確認したHPは四割ほどまで削れてしまっていた。
「ぐっ……」
急いで「ヒール」をかけながら頭を回す。
想像以上に重い攻撃だった。モルドシュラーグとか言うのだったか、柄頭で殴る西洋剣術があったよな確か。クソ、なんで昔ながらの日本風の街並みの中で鬼神とかいういかにもな奴がロングソードの西洋剣術で攻撃してくるんだよ。まったくもってちぐはぐじゃないか。たまたまか?いや、あの攻撃の重さはそれを想定して…………いや、今はそんなことどうでもいい。分身がもうそろそろこちらに来る。鬼神も体勢を立て直し、火球を飛ばし始めた。再び距離をつめねば。
迫る火球を超スピードで回避しながらユーケイの残り時間を確認する。この中で一番初めに切れるバフはユーケイだ。残り………46秒か。いけるか?
「いや、やるんだよ」
MPは出し惜しみしない。
「「付与:速度強化」「付与:筋力強化」」
ダメ押しで上昇したステータスをフルに活用し、火球の間をすさまじい速度で駆け、鬼神に肉薄する。振るわれるロングソードを身を捻ることで避けながら、近づく。ここまでくればロングソードの間合いではない。勢いのまま鬼神の首めがけて突きを放つが、これは首を倒して避けられ、鬼神の首の薄皮一枚切ることしかできなかった。だがまだ大丈夫だ。追撃を────。
視界の端に一瞬映ったロングソードに、勘と経験で体を全力で捻る。すると先ほどまで私の首があった場所に剣が振るわれる。
見ると、鬼神がロングソードの剣身を持っていた。あのまま振ることで本来の間合いの内側でも攻撃をしてきたらしい。全く器用なことだ。
すぐに攻撃を再開し、二度、三度攻撃を振ったところで背後から気配を感じ、飛び退く。分身が攻撃をしてきたのだ。
「クソッ!じゃまっ!!」
私の背後から攻撃してきた分身と私との間に鬼神が来るように素早く場所を移動し、攻撃を再開する。
速度では私が勝っており、私の攻撃は鬼神を確実に削っている。が、それでは足りない。私にはもう時間が無い。効果時間が迫るユーケイに焦る。確実に鬼神を削れてはいるのだが、いまだにクリティカルのようないい一撃は防がれている。
ユーケイが切れたらどうなる?クールタイムの十分間をどうする?なんとかなるか………?
分身が私の周りを包囲しつつある。先ほどのように一体からの攻撃ならどうとでもなるが、鬼神と戦いながら各方向から飛んでくる分身にまで対処するのは至難の業だろう。
「っぐ…………」
分身と鬼神からの攻撃の隙間に体をねじ込むように回避し、攻撃に転じようとしたところで世界が少し早くなり、私は遅くなる。
「くっっそがッ!!」
ユーケイのバフが切れたのだ。それを自覚した瞬間加速した鬼神の攻撃を勘と勢いで回避しながら鬼神に詰め寄り、左腕で鬼神の右腕をつかむ。
そこから先は、思考というよりも反射の行動だった。
ユーケイのバフが切れ、周りは敵だらけで厳しい状況。ここで鬼神を倒しきりたい、なんとなく退きたくないという気分。そういえばもうすぐ日付が変わるんだったという、一見どうでもいい思考。
そこから反射で導き出したアヤの行動は───。
「暴食」
ずいっと顔を近づけ、驚きに少し目を見開く鬼神の首筋に歯を突き立てることであった。




