ep60 レイドボス的Yブロック 後編
アラハルアと行動を共にしてからさらに数人のプレイヤーを屠り、ウインドウに表示された順位が30位ほどになった時、何かが私めがけて飛来してくるのを目の端でとらえた。
「よっ、と」
正直、このイベントが始まってからこのような奇襲を受けた回数は一度や二度ではないので、危なげなく回避し、飛んできたものに目をやると。
「これは………矢かな」
若干の光を発していて、少し高級感のある装飾が施された矢。物珍しさから近づき、地面に刺さったそれを引き抜いてみる。するとその瞬間──
「ッ!?!!?!」
ズシッと体が急に重くなる。まるで私の体重が急に………いや、この表現はやめよう。まるで私の周りだけ急に重力が強くなったような錯覚を受ける。いや、実際そうなのかもしれないが。
あまりの重量に思わず片膝をつく。
「あ、アヤさん!?」
私のそんな様子にアラハルアが狼狽えるが、正直そんなことに構っている余裕はない。いったいこれは───
「いまだ!ハニョリッ!!」
「わかってる………よっと!!」
声のした方に顔を向けると、茂みから黒い靄のような魔法?かなにかが飛んできている。
速度は遅い。正直、平時の私であれば回避など問題にすらならないほどの遅い速度。しかし、今の私に動かせるのはせいぜい顔と指先程度のものであり、その靄が近づいてくる様子を眺めることしかできない。
やがて靄が私に到達したとき、私に訪れたものは暗闇であった。
いやそんな詩的な表現をしている場合じゃないな。なんだこれは!目が見えない。いや、目だけじゃない。耳も聞こえない!
「ク………ソがッ!!」
思わず悪態をつく。
ドドドドッ、と。立て続けに私の首と左手足に矢かなにかが突き刺さり、体力が一気に四割ほど削れる。首に刺さった何かは火矢か何かだったのだろうか。首に熱い感覚があり、体力がじりじりと削れ始める。
と、そこまできてやっと体の重さが戻った。
「「竜化」、「憤怒」ッ!!」
全力でバフをかけ、全力で後方に飛ぶ。後方に飛ぶといっても、水平な角度ではなく、上。ちょうど木々の高さよりも少し高くなるような角度を稼ぎつつ、できるだけ後ろに飛んだ。
空中で目のあたりを触ってみたが、触覚に特に違和感はない。やはりこの暗闇はあの黒い靄によるデバフか何かなのだろう。こんなものもあるのか。
ガサガサガサと、体に葉っぱが当たる感触がある。もうすぐ地面のようだ。感覚で体を制御し、何とか着地する。依然、視覚も聴覚も戻らない。これはどうすれば解けるのか。時間制限のないタイプならば正直勝利は絶望的だが。
「お」
どうやらそれは杞憂であったようだ。まもなく視覚と聴覚が戻った。先ほどまで使い物にならなかった反動か、いつもよりも過敏な気さえする。そしてその過敏な視覚がとらえたものは、おそらく私を追ってきたのだろう多くのプレイヤー。
「クソ!だめだ!効果が切れてる!!」
「なんだよあの跳躍は!」
「知らねえよ!あんなのズルだろうがッ!!」
「ハニョリ!!次の作戦は!?!?」
口々に騒ぎ立てるそいつらを見ると、ようやく状況が呑み込めてきた。どうやら私は目をつけられていたらしい。まあ、あれだけプレイヤーを蹂躙したのだ。当然と言えば当然か。
いや、それほど当然であるとも言い切れないな。このイベント中はチャット等の連絡手段を使えないはずだし、これだけの数を集め、統制した奴がいるのだろう。
ああ、いや。そうとも限らないのか。イベント前から計画していた可能性もあるな。数は力だ。バトルロワイヤルで順位を上げる策としては悪くは無いのだろう。
だがまあ、どちらにしても。
「なんともまあ、健気なことだな」
後衛職のプレイヤーがここから見えるだけでも七人。矢をつがえたり魔法を発動しようとしたりしている。
が、それよりも早く一歩踏み出し、距離を詰めた私が一振りで二人の首を掻き切る。まだ反応しきれていない残りの五人のうち、近くにいた二人の首を掻き切り、キルする。正直、あのデバフがまた来る可能性は排除したい。
「は?なん……ッ!?」
「ハニョリッ!?」
口を開いた後衛二人の内、距離を詰めながら片方の頭にナイフを突き立て、もう一人の顔面をつかみ、力いっぱい地面に叩きつける。
ドゴォっという音とともに地面が抉れる。
やっと現状を理解できたのか、唯一まだ生きている後衛職である弓使いが矢をつがえ、六人ほどいた前衛の内、四人ほどが狼狽えるが二人は果敢に獲物を構え、私に突撃してくる。
このあたりの動きはゲームの経験やセンスが出るな。
まあ、私相手にどっちが正解か、なんて議論は必要ない。
弓使いに突撃し、その勢いのまま顔面をつかみ、後ろの木に叩きつける。べきょッと変な音を鳴らしながらポリゴン片になる弓使いを視界の端にとらえながら、前衛諸君に振り向く。
そう、ここに至っては、もはやどの動きが正解でも間違いでもないのだ。
「私にケンカを売った時点で、間違いだよ」
※
私を襲ってきた奴らを蹂躙し、コートの下の翼をしまった後。私が襲撃を受けたであろう地点に戻ると、アラハルアが一人で立っていた。
というか、ユーケイ凄いな。着たまま「竜化」しても多少コートがこんもりするだけだ。
「あ!アヤさん!無事だったんですね!!」
「まあね、というか……………君、一人?」
「いえ、こっちにもプレイヤーはいたんですけど、一人だけだったので倒しちゃいました!!」
「お、おう………」
思ったよりこの子は強いのかもしれない。
《このエリアは、次の範囲縮小の範囲外です》
急にそんな表示が出てきた。少しびっくりしたが、そんな驚きを顔には出さない。
「だってさ、移動しようか」
「了解です!!」




