ep49 とある女子高生の日常
「くっ…短い…………」
鏡の前で必死に前髪を引っ張ってみるけど、残念ながらそれで急に髪が伸びたりはしない。あまりのうっとうしさに自分でハサミを取ったのがいけなかったのだろう。予定よりもずいぶん短くなってしまった。朝から嫌な感じだ。きっと今日は良くない日になる。そんな気がする。
世間一般的に女子高生の朝は早いと言うけど、私、反町雪菜の朝はそうでもない。故に存分に睡眠を享受した後、30分もかからずに準備を済ませると、学校に向かうべくさっさと家を出る。
「うぇ……灰になる…………」
家を出てわずか数秒、梅雨明けにより上がった気温と照り付ける日差しが私の歩みを遅くし、学校へ行く気を極限までそぐ。凄まじいデバフだ。ついこの間まで鬱陶しいほどに雨を降らしていた雲たちはどこへ行ってしまったのか。今こそ出番だぞ。
「…………いくか」
残念ながら玄関前に立ち尽くしていたところで私の人生は少しも好転しないし、いや、もちろん学校に行ったところで私の人生が好転する保障などどこにもないことはわかっているんだけど。まあそろそろ歩き出さないと学校にも遅れてしまうので、自らの足を叱咤し、やる気を奮い立たせることで登校を始める。
今さっき家を出たところだけど、早く帰ってゲームがしたい。
「着いた…………あつ、しぬ…………」
やっとの思いで通学路を踏破すると倒れこむように教室の自分の机に座る。今日も今日とて何の変哲もなく、面白みのかけらもない通学路だったけど、日差しと気温が敵に回った分先週よりも過酷な道のりだった。
ふと顔をあげるとある女子グループが目に入る。クラスの陽キャたちで構成された、恐らく私が今後関わることも無いであろうそのグループでは、同じクラスの子たちが何やら笑いながら雑談を繰り広げ、ハンディファン片手に暑さを凌いでいた。
ハンディファン。なんとなくオシャレな感じがしたので自分には関係のないものだと断じていたけど、今はその存在が羨ましい。その片手に収まるサイズにまで圧縮された送風機能のある機械に果たしてどれほどの冷却効果があるのかはわからないけど、このじっとりとした汗とうざったいくらいに肌に張り付く制服を何とかしてくれるのであればもうなんでもいい。
「おはよ、反町。何見てるの?」
私が陽キャグループのハンディファンを恨めしそうに眺めていると、頭上から声がかかる。いったい誰か、なんて考える必要はない。いや、本来は私に話しかけるクラスメイトなんていないはずだったし、そういう面から考えるのであれば何か考える必要性があるのかもしれないけど。
まあいい。とにかく、残念と言うべきなのか、喜ぶべきなのか、今は私に話しかけるもの好きがクラスに一人だけいるのだ。
「ん………はよ、浜谷………さん」
挨拶を返し、見上げると目の前には一人の女子。見た目は…………まあ可愛い。清楚系ってやつ?男子に人気ありそうって感じ。間違っても私のみたいなのに話しかける類の人じゃない。それこそあのハンディファングループにでもいるべき人材だ。
「あれ、反町髪切った?」
「え…………」
きっしょ、なんでわかるんだよ。切りすぎたって言ってもほんの少しのはずなんだけど。なに?もしやこれが陽キャの特殊能力ってやつか?こわ。
「えと、まあ…………ちょっと?」
とりあえず曖昧に返事を返してみたが、恐らくコミュニケーションとしては最低の部類なんだろう、これは。やっぱり今日はいい日じゃなかった。
私にとって現実は、すこぶるうまくいかないし、難しい。さっさと帰ってゲームがしたい。
────アヤと一緒にPKがしたい。




