ep47 大聖堂戦 其の四
私のナイフが聖女に突き刺さる直前、何やら神聖な剣にその進行を阻まれる。ただ、勢いを全て殺しきれたわけではないらしく、剣は大きく弾かれ、その持ち主も軽く吹き飛ばされる。
いや、そんなことはどうでもいい。いったいどこの誰だ。私の邪魔をしたのは。
「君、誰?」
苛立ちを隠そうともせずに邪魔者を睨みつけながら問う。
「ッ!………カイトだ。お前は?」
「あっそ」
それだけ言うと「竜眼」を起動し、観察する。強さ的にはおそらくリュティと同じか、少し弱いくらいだろう。いったい何の権限があって私の邪魔をしたのか。
まあいい、望み通り殺してあげよう。「憤怒」の効果時間にはまだ少し余裕がある。「竜化」の維持に体力が減っていっているが、問題ない。こいつを殺すのに体力なんてものは必要ない。
私たちのやり取りを見ていた聖女をいったん無視し、カイトとやらとの距離を詰める。視界の端で聖女が慌てたように技を使おうとするのが見えるが、もう遅い。私のナイフが迷いなくカイトの首を両断し
────ようとして剣に弾かれた。
「!」
予想外だ。「竜眼」も当てにならないということだろうか?それともこいつのプレイヤースキルが異常に高いのか。…………めんどくさいな。最悪だ。クソ。
後ろから飛んできた杭を跳んで避けながら軽く周りを見回す。幸い、このカイトとか言うのに配慮したのか、杭の密度は低く避けやすかった。
リュティは丁度あの弱い方の騎士共を処理できたようで、こちらに向かってきている。あのカイトとか言うのが想定以上の戦闘能力を見せた以上、聖女とカイトの二人を相手にするのは骨が折れそうだし、カイトの方はリュティに任せてもいいかな。
聖女が飛ばしてくる杭やら手刀やらを避けながらそう結論付けた私は、リュティにカイトを押し付けるべく視線を飛ばす。目が合ったリュティは少しムッとした表情をしたが、渋々といった様子でうなずくとカイトの方へと方向を変えた。
「憤怒」の効果時間は残り3分と少しだろうか。うん、いけるな。もうさっさと殺してしまおう。いらない邪魔が入った。
単純に最速を出すために力の限り踏み込み、駆け出す。凄まじい音とともに地面が抉れ、私の体が弾丸のように飛び出し、それを迎撃しようと聖女が錫杖を構える。
しかし、先ほどの事があるからか体が少し硬い。
「ダメだよ?聖女」
聖女に向かって直進していた軌道を、ステップを踏んで鋭角に曲げ、対応が一瞬遅れた聖女の錫杖の防御を突破し、ナイフを突き立てる。
うん、さっきよりも少し弱い?緊張してるのかな?NPCが?ふむ、そう考えると少し可愛く見えてくる不思議。
「こういう時こそ少し力を抜かないと」
アドバイスを一つ投げかけると、私にナイフを刺されたことで、距離を取ろうと後ろに下がろうとした聖女の足を引っかける。
バランスを崩した聖女が何とか転ばないようにするのを無理やり押し倒し、その右手に握られた錫杖を左手のナイフで抑える。その抵抗が、思ったより弱い。
なにがあった?バフが切れたとか?まあいいか。どちらにせよ、再び訪れたチャンスだ。聖女が何かを言おうと口を開く。そういえば、こいつは技を使うときいつも技名を叫んでいたが、錫杖の技は音声認識か何かなのだろうか?そのまま放置するわけにもいかないので、素早くナイフを逆手に持ち、口に突き立てる。
「ッ!………ッ!!」
「竜化」の上に「憤怒」をかけたとはいえ、随分と簡単に刺さった、ように感じないこともない。やはりバフが切れたのか?であるならばよかった。簡単に殺せそうだ。
聖女の口から引き抜いたナイフで今度は首を切り裂く。クリティカルの手ごたえを感じながら、まるで切断するかのように、深く、深くナイフを差し込み横に切り裂く。浅く切り裂く時とは違い、ささやかな抵抗を感じたが、今の私のステータスの前には関係ない。最後にナイフを眉間に突き刺し、立ち上がる。
さすがに死んだだろうか。そう思って眺めていると、聖女だったものは他のモンスターやNPC、プレイヤーと同じようにポリゴン片になって溶けていった。
聖女というくらいだから、特殊な演出があるだとか、復活してきたりだとかがあるかもなんて考えていたが、実にあっけなく、簡単に、このゲームを始めてからすでに見慣れてしまった有象無象の死と同じように消えた。
「…………ふむ、案外あっけないな」
※
異邦人のナイフが迫る中、引き延ばされた思考の中、考える。
「予想外でした」と言うべきか、「私のミスでした」と言うべきなのか、いえ、どちらもでしょう。予想できなかった私のミスなのです。以前私の護衛騎士の命を奪った異邦人。憎きその相手がこれほどまでに強くなっているとは、まったく、予想外以外のなにものでもありません。
こんなことなら初めから神杖カカラの全能力を持って討滅をすべきでした。まあ、もっとももはやそんなことができる隙も時間もないのですが。
いや、自分で考えておいてなんですが、それは少し無理がありますね。もともと神杖カカラの十八は、四大特異点である呪神クラニィ討伐のために用意していたものです。それをあの異邦人に使う判断など、少なくともつい先ほどまでの私には不可能でしょう。ええ、ええ。
…………はは、こんな時に自分を慰めるなんて、哀れですね。というか、そうですよ、私はもともと聖女になど向いていなかったんです。それを………いえ、もう過ぎた話ですね。
ほら、ナイフがもうそこまで迫って───
どこからか現れた剣に防がれました。
「え…………」
途端に早さを取り戻す時間。思わず小さく声が出ました。誰かが助けてくれたようです。命の恩人ができましたね。
予期せぬできた時間に歓喜する暇もなく、先ほど私にナイフを突き立てようとした異邦人が、舌打ち交じりに命の恩人様を睨みつけます。
はっきり言ってチャンスです。今なら、この隙を活用すれば、神杖の十八を発動できる。そう思い、神杖に力を込め───たところで気がつきました。
発動できません。というか、今気がつきましたが、「聖女律」の効果が切れています。
え、なぜでしょう?ちょっと意味が分かりません。神杖にも調子が悪い日があるとかですかね?ちょっと勘弁してほしいのですが…………あ、いえ、わかりました。
先ほど私を助けてくれた剣、見覚えがあります。おそらく、聖剣エックスキャニバー。神杖カカラと同じ神の武器であり、一人の英雄のための武器。ああ、なるほど、そういうことですか。まったく、ついていないですね。せっかく助けてくれたのに、よりによって聖剣だなんて。
いくつかの技はまだ使えるようなので、とりあえず、あの異邦人に狙われている恩人様の援護をしましょう。
「あ…………」
あの異邦人と、目があいました。
途端に固くなる体、これは……恐怖でしょうねぇ、先ほど死にかけて、理解してしまったのです。彼我の戦力差を、死の…………恐怖を。まったく、つくづく私は聖女になど向いていませんね。怨敵を前に恐怖に足がすくむなど。姉さんならこうはならなかったのでしょうか?
あぁ…………死にたくないなぁ。
いえ、まだ終わってませんね。錫杖を強く握り反撃を─────
あっという間に押し倒されてしまいました。いえ、まだです。まだ…………ッ!
口に深々と突き刺さるナイフを特等席で眺めながら、確かに感じる気の恐怖と、どこか他人事な気もする感情がごちゃ混ぜになる。
のどにナイフが突き刺さる。
ああ、ごめんなさい。




