ep14 纐纈家
「はぁ………」
本日何度目かもわからないため息が静かな部屋にやけに響く。ため息をついても何かが変わるわけでもないが、つかずにはいられないのだから仕方ない。Cko第一回イベント二日目、私こと纐纈紋はゲームにログインせず外出の用意をしていた。今日は休日なので大学というわけではない。むしろ大学であれば多少は気が楽だっただろう。
ではなぜ外になど出るのかというと、誠に煩わしいことではあるのだが紋は実家に呼ばれたのだ。いやまあ正確には「家族皆」が呼ばれたのであって「私」が呼ばれたわけではない。むしろ私は何もすることが無いので行っても行かなくても変わらないだろう。まあしかし私には家からの召集を蹴る勇気などないのでこうして嫌々ながらも外出の用意を整えているわけなのだが。
本来は今日もイベントに参加したかったのだが、これでは少し厳しいと言わざるを得ない。幸い私の一日目に稼いだポイントは凄まじいらしく、有名なトップ層にダブルスコア以上の差をつけていたらしいし、フカセツテンさん曰く逃げ切りの一位はほぼ確実とのことだ。
「ふぁあ…」
欠伸が漏れる。
科学技術が発展したとはいえ、ワープホールのようなものはいまだ開発されていないし、開発される様子もない。故に遠距離の移動といえば電車を使うわけだが、紋は実家が田舎の方にある関係上早起きを強要されたのだ。本来ならばまだ寝ている時間だというのに、まったくもって煩わしいかぎりである。
若干死んだ目をしたサラリーマンたちとともに電車に揺られること約二時間。ついに着いてしまった地元の空気に辟易としながら家路を辿る。我が家は無駄に大きく広いので、多少遠くても目に入ってしまうのがまた不愉快になるポイントだ。少し歩くと我が家の門にたどり着き、そこからちょうど出てきた女と目が合う。
「あ……」
「………芙雪」
彼女は纐纈芙雪。私よりもはるかにできのいい最愛の妹であり、私の嫌いな人の一人だ。そんな彼女と久方ぶりに再会したわけだからひとまず世間話を試みることにする。
「久しぶり、芙雪。…………聞いたよ。師範になったんだって?父さんよりも強いってことじゃない。おめでとう」
「…………姉さん。まだ師範代だよ。学ぶべきことはまだまだ多いから、精進しないと」
「そう………」
そうして会話は終わった。どうやら芙雪は玄関周りの掃除をするために出てきたようなので、邪魔をしても悪いからさっさと家に入ることにする。
「はは……」
自分の考えに笑いが漏れる。この建物を「屋敷」ではなく「家」と呼ぶことは何かの抵抗のつもりなのだろうか。そんなことをしても意味はないし、何よりも意味が分からないというのに。
時間帯的にもしやと思ってはいたが、やはり初めに食事をとるらしい。他の家族に交じって席についていると、やがて掃除を終えたらしい芙雪もやってきた。これで後は一人だけになるが、最後の一人を待っている間にも家族たちは雑談を繰り広げている。
「それにしてもすごいわ!芙雪さんその年でもう師範代だなんて!」「あの大学もA判定らしいぞ」「さすがねぇ」「ありがとうございます」「昔から出来が良くてねぇ~」「もう師範代だと?うちの息子もそろそろ教えてもらおうか」「いや、まだ私が教えられるぞ」「兄貴よりも芙雪ちゃんの方がいいに決まってるだろ?」
そして最後には決まって、「紋ちゃんと違って」の文字が付くのだ。そしてその後に「それに比べて紋は」のウェーブが始まり、延々嫌味を飛ばされる。それに内心舌打ちしながら応じるのだ。
かれこれ10年は続けていたので今更言い返すへまはしない。それに私にも多少の落ち度があることはとうに理解している。
纐纈家はまあ、うん。名家、と呼ばれるやつで武術を極め高い学力を修めることを当然のこととされる。私と芙雪も現当主の娘として当然小さい頃から努力を重ねてきたし、私も学力はそれなりのものにはなった、武術もできるほうだろう。まあ妹が優秀すぎて劣って見えたりモチベーションが少しももたなかったから逃げ出したのだが。
しかし私は妹を誇りに思っている。彼女が本当に努力をしてきたことを私は一番傍で見てきていたし、小さい頃。まだ私の方が妹よりも数多の面で優秀であったころに目を輝かせながら教えを乞われた時の喜びと愛おしさはそうそう色褪せるものではない。何よりも私に似て顔が可愛い。当時は私も妹が次期当主であると疑わなかった。
「待たせてしまった。申し訳ないです。」
そう言いながらそう思っていなさそうな顔でやってきたのは現当主の弟の息子であり、次期当主様である。ずいぶんな重役出勤に内心で睨みつけながら努めて笑顔で彼を迎えると彼からは嘲笑を返されるが、全力で無視する。続いてその嘲笑を妹にも向け始めたが、妹の方もこれをスルー。
まったくもって意味が不明なのだが、この家というやつは男が継ぐことが望ましいとされるらしい。私から見ると、というか純然たる事実として妹と比べてありとあらゆる面で劣るこの男。いや、私にすら劣るこの男は生まれながらに少し努力するだけで次期当主の座を約束されているわけで必死に努力などしたことがないのだろう。
そして弟の息子に次期当主の座を奪われたことによる父のストレスは私たちに向いたのだが、まあそれはもういい。
つまり、私はこの家が嫌いだ。へらへらしながら自分の席に座る次期当主様を見ながらそれを再確認する。
名家という、もはや形骸化したものを必死に守って期待に応えられない者には容赦しない老害どもの巣が嫌いだ。
たいして努力もしていないくせに妹を馬鹿にする男が嫌いだ。
そして何よりも、そんな家に染まって自分の立場を受け入れてしまっている。そんな妹を見るとひどく悲しくなるのが嫌いだ。