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翌朝4時。ダニアは目を覚ますと身支度を調えた。簡単に自分の部屋を掃除し、ベッドメイクすると、食堂に向かった。食堂奥の厨房からほんのり明かりが漏れている。
「おはようございます。ダニアです、今日からよろしくお願い致します。」
「おはよう、ダニア。それじゃ、更衣室で着替えておいで。部屋にもう置いてあるから。」
「あ、クズ野菜、取っておいていただけますか?」
「何かやるのか?」
料理長の目がキラリと光る。
「はい。ブイヨンを仕込みます。」
「噂のブイヨンか。いいね。許す!」
「ありがとうございます!」
料理長はマシュー、料理人はそれぞれケネスとショーンという名だと教えてくれた。昨日のうちに今週のメニューに目を通し、注文済みの食材を元にマシューの了解のもと、メニューを組み直してある。昨日最初にマシューに頼まれたのは、ポテサラのレシピ開示だった。
「この間のポテトサラダを作りたい。マヨネーズと言ったか、あのソースの作り方を教えてくれ。」
今朝、ケネスはパンの焼き上げをしながらスープを、ショーンは挽肉のミートオムレツを作るという。それなりに数が必要だから、大変だ。スープとオムレツのレシピにはまだ手を加えられない。まずはポテサラとマヨネーズらしい。
「すまんな、団長のリクエストなんだ。」
あー、そういうことですか。
ダニアは苦笑いをしてジャガイモを洗い始めた。料理長がにんじんとタマネギをキュウリとハムをカットする。たっぷりのお湯を用意して洗ったジャガイモをふかすと、マシューと一緒にマヨネーズを作る。不思議だ、と言いながらマシューがマヨネーズを作っていく。ダニアより早くもったりしてくるのが悔しい。
ハンドミキサーさえあれば料理長にも負けないのに。
ある程度の量ができたところで、じゃがいもと合わせて潰していく。ダニアは料理長に粒マスタードはあるかと尋ねた。
「味が締まります。」
「・・・なるほどな。」
少し粒マスタードが入っただけで、ポテトサラダの味が変わる。試食したマシューの目が光った。
「朝ですから、爽やかな目覚めをお届けするために、このくらい刺激があってもいいのでは?」
「お主、やるのう。」
どうやらマシュー料理長はお茶目な人らしい。こうして今朝の朝食ができあがった。ケネスが入り口の黒板にチョークで書き込んだ。
いつものスープ
いつものミートオムレツ
いつものパン
新メニュー「粒マスタードのポテトサラダ」
「なぜ敢えて『いつもの』をつけたんですか?」
「そうすれば、ダニアが作ったものがどれか分かりやすいだろう?ダニアのためと言うよりも、昨日のあいつらのためだな。」
ケネスたちも昨日の朝のトラブルを当然見ていた。ダニアのポテサラサンドを食べた料理人3人は、あの女性たちに言いたいのだ。
うちのダニアを舐めるなよ、と。
働き始めたばかりなのにとダニアは思わずクスクスと笑い出した。仲間がいるっていいな、そう思えた。
・・・・・・・・・・
6時半になると、食堂が開く。騎士団によっては24時間営業の所もあるらしいが、アルテューマ騎士団では6時半から9時が朝食の時間、11時から14時が昼食の時間、17時から20時が夕食の時間、そのままカクテルタイムを兼ねて21時には食堂が閉まる。閉鎖中の時間は片付けや仕込みの他、清掃も行う。清掃は清掃担当の使用人が来るが、厨房の中は当然料理人で掃除することになる。実際朝は5時出勤で、途中休憩があるとは言え22時まで拘束されるのだ。前世の日本であれば労働基準法違反だと言われそうだが、3日働くと1日休みになる。2人で回す日もあって大変だったが、これからは3人で常に回せるから随分楽になるとショーンが言った。
「それだけでもありがたいのに、レシピの提供もあるだろう?ダニアが来てくれて、俺たちにはメリットしかないや。」
ケネスが笑った。この職場は明るくていい。トラヴァーさんと二人で店をやっていた時には、朝食の営業はなかったが、修行だから掃除も全部ダニアがやっていた。今は騎士団正規の料理人だから、給料も3倍以上出る。今朝だけで提供レシピが1つある。レシピ一つで100000ギルが支払われる。10万は安いとマシューは怒っていたが、みんなが美味しいものを食べて元気になればそれが一番だというと、ありがとうな、と言ってくれた。
朝食が始まると、飢えた騎士たちがまず雪崩れ込んできた。
「ちゃんと順番に並べ!今日から少しずつ料理が変わる!今朝はダニア特製のポテトサラダがあるぞ!味わえよ!」
マシューの声に、ほとんどの騎士たちは色めき立った。団長が絶賛していたポテトサラダの話は、騎士団内でも話題になっていたらしい。
トレーに乗せて、席に着くなりかき込み始めた騎士たちが、最後に恐る恐るポテトサラダに手を付けた。
「こ、これは・・・。」
「いかん、他のものが食べられなくなる!ポテトサラダは最後にしろ!」
騎士たちの騒ぐ声に、マシューが、いつも以上にうるさいな、と笑った。
「なあ、おかわりはないのか?」
そっとカウンターにやって来たのはロンだった。
「多めに盛ったんですが、足りませんか?」
「いくらでも食べられる。」
情けない顔をしたロンの様子を、他の騎士たちも見守っている。みんなおかわりがほしいらしい。
「ごめんなさい、その分お昼にまた美味しいものを作りますね!」
ロンの顔が輝いた。
「分かった!」
がっかりしている騎士たちのむこうに、昨日ダニアを囲んだ女性たちが見えた。一口ポテトサラダを口に入れ、放心したように目が宙を彷徨っている。片付けのカウンターにやって来た女性たちの一人が、ダニアに声を掛けた。
「あの・・・レシピって・・・」
「騎士団が買い上げてくださるそうです。騎士団内で販売されるのか情報公開されるのか分かりませんが、その時によろしくお願いいたします。」
「そ、そう・・・。」
ソフィアは黙ってトレーを持ってきた。
「悪くないわ。でも、これだけではあなたの評価を決められない。」
「はい。お休みの日以外は毎日いますので、時間を掛けて評価してください。」
「ふん。」
ソフィアが去った後、マシューが肩をトントンと叩いた。
「先制パンチは効いたようだな。」
「ですね。」
厨房内の穏やかな空気に、アレクサンダー団長が表情を緩めることなく安堵していた。そして思った。
おかわりがほしかった、と。
朝食のピークが過ぎたところで、ダニアはブイヨン作りに取りかかった。明日の朝からスープのベースはブイヨンに変える。ダニアは昨日縫った綿の袋に、ロンと出かけた時に薬草店で買ったタイム、パセリ、ローリエを入れ、セロリとにんじんとたまねぎの切れっ端、それにポテトサラダを作る時に出たジャガイモの皮と鶏ガラを入れて、大鍋に水と一緒に入れて弱火を付けた。
「それが例のブイヨンか?」
「はい。ブイヨンをベースにすれば、うまみが出ます。」
食器を片付け、鍋を覗き込む。昼食は鶏肉のトマト煮込みということで、鍋に油を少しひいてスライスしたニンニクを入れ、香りが立ったら色が変わる前に取り出してタマネギを炒める。炒めるよりも焼くように意識すると、火の通りが早い。ホットサラダとしてにんじんのグラッセを作るので、にんじんの下処理をしながら、また鍋を覗き込む。とにかく沸騰させてはいけないのだ。タマネギがしんなりしたところで、カットした鶏肉を入れてさらに炒める。またブイヨンの鍋を見る。おっと、沸騰しそうだ。30秒ほど火を止めて、再び弱く点火する。鶏肉が焦げそうになっているのに気づき、慌ててかき混ぜる。火が通ったところで、トマトジュースとサイコロ状に切ったトマトを入れ、同じ分量の水を入れる。底からかき混ぜて焦げ付かないようにしながら、トマトの形がなくなるまで煮込んでいく。ローリエとバジルも一緒に入れてある。やっぱり胡椒がほしい。こちらも弱火にして、ブイヨンの鍋を覗きこみ、にんじんのグラッセを作る。砂糖と水とにんじんを入れ、鍋の水気がなくなるまで煮詰めていく。最後は焦げやすいから要注意だ。最後にバターを入れて全体に回せば、にんじんのグラッセができあがる。レモンを加えればさっぱりした味になるが、レモンには光毒性がある。レモン果汁がついた皮膚に日光が当たるとアレルギーのような症状が出ることがあるから、午後にも鍛錬がある騎士さんたちには出さない方がいいだろう。
昼食はいつも以上に早くから列ができていたらしい。そして、鶏肉のトマト煮込みにうなり、にんじん嫌いなのにこのグラッセは食べられたとダニアは騎士から涙目でお礼を言われた。ソフィアたちは相変わらず目が宙を泳いでいた。朝、レシピの話をした女性は、これも騎士団に?と尋ねてきた。ダニアが頷くと、大きく頷き返された。ソフィアは眉間に皺を寄せたまま黙って食堂を出た。
「ソフィア、だいぶキているね。」
ロンが意味ありげにダニアにささやいた。
「私、ソフィアさんにどうして嫌われたんでしょうね。」
「そりゃ、アルテューマ騎士団のナンバー1とナンバー2の胃袋をかっさらったんだから、面白くないだろう。」
「ロンさんって、ナンバー2なんですか?」
「あれ、言っていなかった?俺、副団長だよ?」
「存じ上げませんでした。大変失礼致しました。」
「やめて、そんな遠い話し方、悲しくなる。」
「いえ、分をわきまえないと。」
「先が長いなあ~。」
ロンが去って行った後、もう残っている人は数人だ。夕食の仕込みが始まる前に、賄いを食べないと。
ダニアは夕食に出す予定のものを頭に浮かべ、悪い顔をした。
アレを食べた後に、ソフィアの感想を是非聞かねば。
読んでくださってありがとうございました。
ポテトサラダは、マッシュしてからマヨネーズを入れるよりも、マッシュする時に一緒に混ぜ合わせた方が味が馴染みます。
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