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切れ目の加減で、短すぎか長めかだったので、ちょっと長めです。
よろしくお願いいたします。
2日もたてば、さすがのダニアももうベッドから離れたくなってきた。なんとか床上げにこぎ着けると、食堂へ行って料理長たちに謝った。料理長たちは全く気にしておらず、むしろダニアの体調を気遣い、これから頑張ってもらうから気にするなと言ってくれた。優しい人たちでありがたい。
どうやってロンと連絡を取ろうかと思っていた時、アレクサンダー団長が歩いてきた。
「もう体調はいいのか?」
「はい。ご迷惑をおかけしました。」
「緊張が続くような任務の最中には誰も倒れない。戦闘中に怪我をしても動けることさえある。それなのに、騎士団に戻ると倒れたり動けなくなったりするということがある。安心できるところに来たと思うと、体が本当の意味で休もうとするようなんだ。騎士でさえそうなるんだ、一般市民のダニアが熱を出すのは当然だろう。3日後から食堂に出てくれ。」
「ご配慮、ありがとうございます。」
「騎士団の案内と街への買い出しは、ロンに言いつけてある。あいつは騎士寮にいるだろうから、行くといい。騎士寮は、この先の右側にある赤煉瓦の建物だ。寮監に言えばすぐに呼んでくれるだろう。」
「本当に、何から何まで・・・。」
「うまいものを食べさせてくれれば、それでいい。食事は体作りの基本だからな。」
「そうですね。おいしいごはん、頑張って作りますから。」
「ああ、期待している。」
団長が立ち去るまで頭を下げたダニアは、頭を上げようとして誰かに頭を押さえつけられた。
「あなた、どうしてアレクサンダー様とお話ししていましたの?」
「それに、ロン様がどうのって、どういうことです?」
頭を上げないと話もできないのに、若い女性の声は頭をずっと押さえ込んでいる。ようやく頭を上げると、明らかに庶民とは違う服を着た若い女性2人とお仕着せの女性が1人、ダニアを見ていた。
「あの、何のご用でしょうか?」
「何のご用でしょうかって、どうしてあなたみたいなへんちくりんがアレクサンダー様と話なんかしているのかって、聞いたでしょう?」
「この度こちらの騎士団の食堂で働くことになったものですから、そのことで・・・。」
「食堂で働くって、給仕なんて雇っていないはずよ?」
「いえ、料理人として」
「女が料理人として騎士団で働く、ですって?冗談言うんじゃないわよ。」
「団長様自ら試食なさって、料理長も許可してくださいました。」
「あなた、どんな手を使って入り込んだの?アルテューマ騎士団はどんなに人手が足りなくてもなかなか新しい人間を採用しないのよ?」
「私は他所から参りましたので、詳しいことは・・・。」
「薄汚い泥棒猫!私のアレクサンダー様を返しなさい!」
「私のロン様に手を出すんじゃないわよ!」
ああ、ファンかぁ・・・
2人の後ろにいる侍女さんと思われる人の目はあきらかにごめんなさい、と言っている。侍女さんも大変なのだろう。
「お2人とも、そんなことをご本人に聞かれても大丈夫なんですか?」
「当たり前よ。このアルテューマで私たち姉妹以上に美人で気が利く女はいないわ。その上、お父様は爵位があるし、この街の有力者よ。私たちを選ばなかったら、誰を選ぶというの?それこそあり得ない話だわ!」
「あの、ステファニーお嬢様、ブリアンナお嬢様、もうじき男爵様がお戻りになる時間でございます。お屋敷に戻りましょう。」
侍女さんが声を掛けると、2人はダニアをキッと睨み付けた。
「あんたみたいなの、お父様に言えばいつだって消せるんだから!」
「へえ、このアルテューマ騎士団の中で殺人予告かい?それだけでもあんたたちを逮捕することができるけど?」
「あ、違いますの、ごきげんよう、ロン様。私、この娘に礼儀を教えていただけですわ。」
「へえ、消せるってそういう意味なの?」
「・・・きょ、今日は失礼しますわ!」
ブリアンナお嬢様と呼ばれた娘は、慌てた様子で走っていった。
「お待ちなさい、ブリアンナ!」
ステファニーお嬢様と呼ばれた娘も慌てたように逃げ出す。
「失礼致しました。」
侍女さんは頭を下げてからお嬢様方を追いかけた。侍女さんが一番礼儀正しいな、とダニアはぼんやり考えた。
「ところでダニアちゃんはこんな所で何をしていたのかな?」
ロンがダニアの顔を覗き込んだ。
「元気になりましたので、食堂にお詫びに行って・・・そうしたら団長様にここでお会いして、ロンさんが騎士寮にいるから行けと仰って立ち去られたので頭を下げていたら、頭を掴まれました。」
「あいつら・・・!」
ロンがお嬢様方を追いかけそうになったので、ダニアは咄嗟にロンの袖を引っ張った。
「きっとこれからもこういうことはあると思います。私のお料理で、いつかきっと黙らせてみせます!」
ロンは何か言いたげだったが、ふっと息を吐いた。
「分かった。でも、何かあったら必ず俺に知らせてくれ。いいね?」
「あ、では一つお聞きしたいことが。ブリアンナ様は、『私のロン様』と仰っていましたが、お2人はどのようなご関係なのでしょう?」
「向こうから一方的に好意を寄せられて困っているんだよ。ステファニー嬢の方は、団長を追いかけ続けている。こちらにそのつもりがないのに、こうやって敷地内に勝手に入り込んで追いかけ回されることもある。迷惑しているんだよ。」
「左様ですか。でも、おきれいなお嬢様でしたよ?」
「顔はきれいでも心があれでは、誰からも嫁にほしいとは思われないと思うが。」
「それは言わない方がいいでしょうね」
「直接的に言うと名誉毀損と言われそうだから遠回しに言っているんだが、そうすると今度は伝わらない。本当に疲れるよ。」
「お気の毒に。」
「あ、笑ったな?」
「人気のある騎士様たちは大変ですね?」
「はあ、頼むからからかわないでくれ。俺の癒やしはダニアちゃんなんだから!」
「食のことならお任せください。」
そういうことじゃないんだけどな、とつぶやいたロンの言葉は、ダニアには聞こえていない。
「さ、それよりも、騎士団の案内と買い出しだったか?買い出しの方は団長から財布を預かっているから、必要なものをしっかり買えってさ。気になる食材も買っていいそうだ。」
「それは楽しみです。」
ロンとダニアは午前中に騎士団の中を回り、昼食を兼ねてアルテューマの街に出た。ロンのなじみだという定食屋に入って、日替わりを頼んだ。
「この辺りでは一番コスパがいい店なんだ。」
周りの人が注文したものを見ると、バターこってりというよりは、シンプルな味付けなのだろうと思われる見た目だ。それに、なんというか、茶色い。そう、茶色いのだ。前世で言うところの、栄養バランスが偏った食事という奴である。定食からサラダと味噌汁をご飯を抜いて、パンと塩味のクルトンだけが浮いたスープを加えたものを想像してほしい。それがこの世界の定食なのだ。
やがて目の前に置かれたのは、豚肉の厚切りを焼いて塩を振ったポークステーキ。付け合わせはない。薄い塩味のスープと丸パンが2個付いている。
「食後にコーヒーかお茶ならサービスするけど、どうする?」
初めて若い女の子を連れてきた常連のロンに、店主はニヤッと笑っている。
「ダニアちゃんどうする?」
「それなら、お茶をお願いします。」
「じゃ、俺も同じの。」
「あいよ。」
いただきます、と小声で言ってから食べ始めたが、肉が固い。高温で一気に焼き固めたような堅さだ。小さくきってからでないとかみ切れない。その上、塩がこれでもかと振られていて、これでは高血圧になりたい人向けだ。
「どうだ?いきなり一人で店を出したらとんでもないことになるって料理長たちが言ったのは、間違いじゃないだろう?」
「ええ。トラヴァーさんがいかに素晴らしい料理人だったか、心の底から実感しました。」
ダニアはポークステーキをつつきながら何か考え始めた。ロンはじっとダニアの思考がまとまるのを待った。
「食べ終わったかって・・・まだそんなに食べていないのか?」
お茶を持ってきた店主が、気まずそうな顔をした。
「体力勝負の騎士や運び屋なんかには評判がいいんだが、若い娘さんにはがっつりしすぎかな。」
「ご主人、ちょっと厨房をお借りしていいですか?」
「はあ?」
「頼む、俺からもお願いする。ちょっと彼女にやらせてやってくれ。」
「ロン様が言うなら、仕方ねえや。」
ダニアは厨房に入ると、タマネギを見つけた。
「タマネギ一個いただきますよ。」
「ああ、何するんだ?」
「ちょっと実験。」
ダニアはタマネギをすりおろした。バットにまだ焼く前の豚肉を置き、すりおろしタマネギを両面に塗った。
「タマネギなんぞ塗ってどうするんだい?」
「食べてみてのお楽しみです。」
ダニアは厨房の食料庫を覗き込んだ。レモンとローズマリーとはちみつがある。
「レモンもいただきますね?」
「はあ、もう何だか分からんがいいよ。」
レモンを半分に切り、半分は櫛形に切る。もう半分は絞って果汁だけ取り出し、水差しに果汁とローズマリーと蜂蜜少々を入れておく。
「そろそろ30分くらい経ったかな?」
ダニアはフライパンに薄く油を敷くとすりおろしタマネギを塗った豚肉を焼き始めた。もう一つのフライパンにはバターとローズマリーを落としてから豚肉を同様に焼く。両面焼いたところでは半分ずつにカットして皿に取り、バターとローズマリーの方に櫛形に切ったレモンを添える。
「ご主人、食べてみてください。ロンさんの分もありますよ。」
店長はタマネギの方から食べてみた。
「あれ?少し柔らかくないか?」
タマネギを加熱したことで甘みのあるソースにもなっている。ロンも目を丸くしている。
「一晩漬け込めば、もっと柔らかくなります。ナイフがすっと入るくらいになりますよ。」
「はあ、タマネギが柔らかくなるのとソースになるのと、一石二鳥って奴だな。」
「はい。ハーブバターの方もどうぞ。」
ローズマリーを使ったので少し清涼感があるだろう。
「バターを使っているのに重く感じないな。」
「こちらの客層なら、ローズマリーよりもニンニクの方が好まれるかもしれません。体力仕事の男性には、疲労回復にも効きますから。あとは・・・。」
「ダニアちゃん、それ以上は駄目。レシピは財産なんだ。」
「あ・・・。」
「お嬢ちゃん、ダニアちゃんっていうのか?これ、うちの店で出していいってことになるのか?」
「そのつもりでした・・・だめですか、ロンさん?」
ごめんなさい、という目で見たら、ロンは顔を覆ってしまった。
「見せちゃったし、作っちゃったし、この匂いでみんな気づいているし、もうしょうがないよ。店長、他の店で出されたくなかったら、レシピ料払った方がいいぜ。」
「おう、いくらだ?」
「い、いくらと言われても・・・。」
「じゃ、とりあえずこのメニューの売り上げの3%でどうだ?1000ギルなら30ギルをダニアに払うんだ。月締めで、いくつ出たかも一緒に報告な。ただし、騎士団でレシピを買い取ることになっているから、そちらの金額が分かったら教えるよ。」
「分かった。ダニアちゃん、ありがとう!」
「あ、あと、そこにあるレモンハーブウォーターも、口がスッキリするので・・・。」
「ああ、レシピ対象は3つだぞ!間違えるなよ!」
「ありがたいぜ!」
1円が1ギルの感覚で換算できる。定食屋を後にしたダニアは、ロンが怒っているような気がして困惑した。絶対に手を離すまいという強い意志を感じるような握り方で手をつないで、せかせかと歩くロンについて行けず、ダニアは立ち止まった。
「ダニアちゃん?」
「私、いけないことをしてしまったんでしょうか?」
「そうだね、大盤振る舞いしすぎたかな。一つ、ヒントを出してやるくらいだと思ったんだけど、次々に言い出すから・・・。」
「それのどこがいけないんですか?」
ダニアは、この世界の料理レベルがあがれば、みんなが美味しいものを食べられるようになると信じている。金儲けのためにやるのではない。だから、ロンが何に怒っているのか、見当もつかない。
「ダニアちゃん、街を1人で歩けなくなったって気づいているか?」
「え?」
思いがけない言葉に、ダニアは首を傾げた。
「店長から話を聞いて、ダニアちゃんから新しいレシピを買って、自分の店の売り上げをあげようとする奴らがこれから出てくるだろう。場合によってはダニアちゃんを誘拐して、無理やり料理を作らせようという奴があらわれる可能性だってある。それに、騎士団で男爵のところの姉妹に絡まれただろう?消してやるとまで言われたんだ。今日は俺が付いているが、これからも誰かを護衛にしないと歩けなくなったんだよ。」
「そんな・・・。」
「レシピは発明と一緒だ。だから、美味しい料理のレシピが次々に出てくるダニアちゃんは、金の卵を産むガチョウと同じなんだ。君の価値は、君の知らない所で付いていく。ダニアちゃん、俺は君のことが心配なんだ。」
前の世界でもレシピ本は新しいもの、高級なものほど高かった。中学生高校生のお小遣いではなかなか手が出せるような値段ではないものもあった。自分がこれからしようとしていることは、アルテューマの料理界に挑戦状をたたきつけたようなものなのだろうとダニアは理解した。
「これからは気をつけます。」
「うん。じゃ、買い物に行こう。」
街の娘たちが、じっとダニアを見ている。ロンが手をつないで歩いているのを、まあ、と顔をしかめて見ている。
「買い物が楽しくありません。」
「俺のせい?」
「おわかりなら離してください。」
「無理だね。護衛対象は、近ければ近いほど守りやすいのだから。」
料理と、女性たちの目。この2つの理由で、ダニアはアルテューマの街を一人で歩くことができなくなってしまった。
こんなことでお店なんて開けるのかしら?
ダニアは大きくため息をついて、大きな荷物を抱えてご機嫌に歩くロンの手に引きずられるように騎士団の寮に戻ったのだった。
読んでくださってありがとうございました。
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