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読みに来てくださってありがとうございます。

ブックマークもありがとうございます。

今日のダニアちゃんはお料理しておりません。ダニアちゃんの食べたいものが出てくるだけです。

よろしくお願いいたします。

 食堂には、騎士団員だけでなく、事務員や清掃員など様々なスタッフが食事を取りに来る。ピークアウトした時間ではあるが、夕食の後にゆっくりと酒やお茶を飲みながらくつろぐ中に、団長が足音も荒く走ってやって来たのだ。その後ろを焦った様子でロンがついてきたのを見て、何事かと人垣が作られる。

 

 厨房のカウンター越しに私を見つめるアレクサンダー団長は、突然右手を差し出した。


「お前が店をやりたいなら、私がオーナーになってもいいぞ。お前の料理は、きっと普通の店では出せないだろう。料理人たちは、自分の店の味がお前の味になってしまうのを恐れるはずだ。ならば最初から自分の店を持つ方がいい。そうすれば、お前が好きなように料理できるぞ」


 興奮しているアレクサンダー団長に、ダニアは極めて冷静に言った。


「急に、どうなさったんですか?」

「どうもこうもない、お前の作ったものがうまい、それだけだ。本当は我が家の専属になってほしいところだが、そんなことをすればロンたちに何をされるか分からん。ならば、投資の一つとしてお前に店一軒任せるのもいいのではないかと思ったのだ」


 なるほど。お気に召したわけですな。


 ダニアはしかし、お受けできません、と答えた。


「急に来て、スポンサーになろうなど・・・私が団長の愛人だと思われたらどうしてくださるんですか?」

「う、あ、愛人?」

「男性の力を借りて店を出す女は、たいていその男性の愛人だと思われます。私は、そのような目で見られたくありません」

「そ、それは・・・すまん、そこまで考えが至らなかった」

「分かってくだされば結構です」


 団長、まだ独身なんだよな。


 それを知らないダニア以外の全員の心が同じことを考えている。大したことではないと判断して、人垣が少しずつ離れていく。うなだれてしまった団長、ロン、ダニア、料理人の3人だけになったところで、料理人の1人が恐る恐るといった様子で声を上げた。


「あの・・・お金が貯まるまではここで働いてもらうのはどうですか? 彼女のレシピを僕らも覚えれば、彼女がお店を開いた後でもある程度なら同じようなものが作れると思うんです」


 アレクサンダー団長がバッと顔を上げた。


「そうだ! その手があった!」


 私はロンの顔を見た。ロンはなんとも微妙な顔をしている。


「料理長はいいのか?」

「ええ、私らも同じものを試食しましたが、あの不思議なソースの作り方だけでも我々にとって勉強になりそうですからね。それに、このお嬢さんの料理は他の店にとって脅威になるでしょう。若い娘の一人暮らしともなれば、店を荒らされる可能性もありますよ。それなら、騎士団の使用人寮に入れてここで働いてもらった方が安心じゃないでしょうか」


 団長とロンの顔がパッと輝いた。


「そうだよ、そうすればダニアちゃんの安全も保証できる! 団長! 今日からダニアちゃんを雇用してください!」

「いいだろう。今日はとりあえず空いている寮に入れ。明日の朝、雇用契約を事務部で作成する。その後、騎士団の中を案内してもらうといい。仕事は明後日からだ。料理長、いいか?」

「私らはいいですが、お嬢さんはそれでいいのかい?」

「あの、本当にいいんですか?」

「いいんだよ! ああ、これからもダニアちゃんの料理が食べられるなんて、やっぱり幸せだぁ~!」


 ロンさん、興奮しすぎです。


 ダニアは団長と料理長の両方に向かって言った。


「ありがとうございます。これからよろしくお願いいたします」


 こうして私は、アルテューマ騎士団の食堂に勤務することになったのだった。


・・・・・・・・・・


 私は翌朝、事務部で雇用契約書を作成した。給料は予想外に高い。これなら1年も働けば店を持てるのではないかと思うほどの額だ。その上、新しいレシピ一つにつきボーナスが上乗せされるという。あまりにも都合が良すぎる話に、ダニアは本当だろうかと頬をつねった。


「大丈夫、アルテューマ騎士団は給料をごまかすようなことはしないわ」


 事務部の、いかにもできる雰囲気を纏わせた女性文官に太鼓判を押されて、ダニアはほっとした。


「団長のサインをいただけたら、一部ダニアさんに渡します。1週間以内には渡せると思いますよ」

「ありがとうございます」


 ダニアが立ち上がった時、ダニアの所在を尋ねるロンの声が聞こえた。


「何しにきたの、ロン」


 女性文官がロンに近づいていった。


「俺、休暇中だから、ダニアちゃんに騎士団と街の案内しようかと思ってさ」

「あら、気が利かないロンが? 槍でも降るのかしら?」

「酷いこと言うなあ」


 親しげな2人の様子に、ダニアはなぜか目を逸らしたくなって俯いた。なかなか終わらないので、ダニアはそれではよろしくお願いします、と言うと事務部を出た。そして一目散に寮の部屋に戻り、ベッドに飛び込んだ。


 ロンとこれ以上親しくならないと決めたのは自分自身なのに、自分以外の女性と楽しそうに話すロンが嫌だと思ってしまった自分の心に、ダニアは困惑した。自分が自分ではないような感じがして、なんだか情けなくなってしまった。


 寮母さんがロンが来ていると呼んでくれたが、体が言うことを聞かない。部屋の扉までは這うようにしてたどり着いたが、頭は痛いし怠くてならない。ドアノブに手を掛けたところで、プツンとダニアの記憶は途切れた。


 ダニアは夢を見ていた。トラヴァーさんの店で大きな鍋をかき回している。コンソメスープの香りがする。


「ほら、沸騰したら味が落ちるっていったのはダニアだろうが! だったら寝ないでちゃんと見張ってろ!」


 厳しかったが、プロの料理人の基本をたたき込んでくれたのはトラヴァーさんだ。コンソメやブイヨンは洋食の命。和食の命が出汁であるのと同じだ。


 ああ、コンソメスープが飲みたい。それも冷たいコンソメスープがいい。


「お前はまだ生きているんだ。俺の名誉回復のためにも、お前の料理の味を国中に思いしらせてやれ。で、師匠はトラヴァーさんだって大きな声で言うんだぞ!」


 ああ、トラヴァーさんたら、何を言っているのかしら。


 笑っていたはずだったのに、なぜか涙が出てきた。そうか、トラヴァーさんやお父さんやお母さんに会いたくても、もう会えないんだ。3人とも地震で家の下敷きになってしまったんだった。夢の中でこうして会えたが、次はいつになるのだろう。


 ダニアはふと目を開けた。薄暗がりの中に、人がいる。


「目が覚めたか?」

「あ、え・・・?」


 ロンさんが気づかわしげにこちらを見ている。


「女性の部屋に入るのは良くないと分かっていたんだが、寮母さんがダニアちゃんが部屋で倒れたって慌てていたものだから、その、しばらく俺が付いているからって言って、あ、扉は開けてあって・・・」


 ロンが支離滅裂なことを言っている。


「地震の後、泣いていなかっただろう? ずっと無理をしていたんじゃないか?」


 ロンの手がためらいがちに伸ばされ、そっとダニアの頭を撫でた。


「仕事のことは、俺から伝えておく。まずはしっかり休め。熱が出ているから、しっかり薬を飲んで、治しきってから食堂に行った方がいい」

「ロン、さん・・・」

「欲しいものがあったら、寮母さんに言え。俺が買ってきてやるから」

「あの、ロンさん。買い物・・・熱が下がったら、連れて行ってくれませんか?」


 ロンははっとした様子でダニアを見た。


「いいのか?」

「私1人では、こんな大きな街、迷子になります。だから、お願いします」


 息も絶え絶えだが、ダニアは頑張って告げた。ロンの目が優しくなる。


「ああ、行こう。行きたい店、考えておけよ。」


 ロンさんは優しく私の頬を撫でると、立ち上がった。寮母さんが入れ替わりにやって来た。パン粥を持ってきてくれたようだ。病人食なのにバターこってりのミルク粥は、辛い。


 ああ、お米のお粥さんが食べたい。

読んでくださってありがとうございました。

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