3-9
読みに来てくださってありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます!
よろしくお願いいたします。
宮中伯家に週に一度は行く約束だったが、気づけば全く行けていない。手紙だけは出しているが、この忙しさなのだ、許してもらうほかなかった。伯爵夫人からの返事には会えなくて残念なこと、無理強いされていないか心配だ、などと書かれていた。ただ感謝することしかできない。
クラウデンの国内がざわついている中、東の隣国スコルの魔術師たち30人が表敬訪問することになった。スコルはハティの兄弟国であり、クラウデンがハティを滅ぼした後1000年間、スコルとクラウデンの間に国交はなかった。一部の商人が商売のために行き来する程度である。他にはハティの一部がスコルに亡命して訓練を受けていたことくらいだろうか。メティを本拠地として活動していたハティたちの残党がスコルに逃げ込んだことは間違いない。
さすがの王家も用心して迎えたスコルだが、彼らは商取引に来たと言った。訪問団の代表マリッツは、王にある道具を差し出した。
「これは?」
「通信機でございます。登録した者どうし、遠くにいても音声で連絡が取れます」
「最大どのくらい離れていても通信できるのか?」
「そうですね、クラウデンでしたら国境までは連絡できるでしょう」
「何だと! それは素晴らしい道具ではないか」
「はい。我々は今後、クラウデンと交流していきたいと考えております。お近づきの印に20台お持ちしましたので、どうぞお納めください。それ以上につきましては、正式な取引としてお願いできればと思います。この台とこの台は既に登録が済んでおりますので、どなたか、この通信機を持って他の部屋に行ってくださらないだろうか。私の部下もご一緒しますので、使い方はその者からお教えしましょう」
騎士の一人が手招きされ、通信機を渡される。スコルの魔術師と二人になるのは不安だったのだろう、もう一人騎士が付いて三人で謁見の間を出ていった。
数分後、魔術師マリッツの持つ通信機から音がした。何事かと驚く王に、マリッツは何か操作をしてから王に言った。
「どうぞ」
恐る恐る手に取った王は、一言言った。
「お前はどこにいるのか?」
『はっ、私は現在近衛騎士団棟におります』
「近衛騎士団棟か。随分遠いが、余の声はよく聞こえるか?」
『はい。玉音が耳元ではっきり聞こえます。私の声は聞こえますでしょうか?』
「ああ、よく聞こえる。これはいいな。よし、戻ってこい」
『はっ』
王は新しい玩具を与えられた子どものように目をキラキラとさせている。
「これはよい。遠くの者を呼び出すのにこれまで随分時間がかかったが、これからは直ぐに来るだろうな」
「はい。登録してこの通話で指定した台どうしでしか通信できません。他の台から聞こうとしても聞こえませんので、ご安心を」
「つまり、内密の話もできるのだな」
「呼び出すのが憚られる相手であれば、先にこの通信機を渡しておけば、そのようなことも可能となりましょう」
「気に入った。宰相、これを買え。最初の20台は、全て王族のものとする」
「承知致しました。マリッツ殿、後ほど契約のための話し合いをお願いしたい」
「ええ、是非。どうもありがとうございます」
近衛騎士団棟から騎士二人とスコルの魔術師が戻ってきた。
「ここまで来る時間が不要となるのだな。素晴らしい。騎士団や各省庁にも持たせよう」
「それなりの数になりますな」
王と宰相が話し合っているのを、マリッツは歪に微笑みながら聞いていた。
通信機の便利さに、官僚たちが飛びついた。移動に食われていた時間は、通信機によって執務時間になった。その分早く帰れるようになったと喜んだ官僚たちは、すぐに高額ではあるが個人的にも通信機を購入し始めた。
スコルの魔術師が常に3人王都に待機して商会を立ち上げたが、そこでスコルから持ち込まれた通信機が飛ぶように売れていった。
通信機について聞いた玲は、自分もほしいと喚いたらしい。だが、ダニアは疑問を呈した。
「重要な情報はその通信機を使うべきではないと思います」
「どうしてそう思うの?」
「通話の内容がスコルに流れる可能性があるからです」
「え? 携帯とかスマホとかの通話って、グループ通話でもしない限り他の人と繋がらないよね?」
「違うんです。通信が傍受される可能性があるんです」
傍受、という言葉にベサール魔術師長の表情が白くなった。
「ダニア、もう少し説明を」
「はい。通信できるということは、情報を相手に与えたり相手から受けたりすることができる、ということです。台を指定して通信することができる。それならば、スコルの国内にこちらからは一見しても分からない形で受信できるように指定した台があってもおかしくないと思いませんか?」
「仕組みが分からない以上、その可能性はあるな」
「玲さんの世界では、通信機に何らかの仕掛けをして通信内容を傍受する専門の人もいたんです。もちろん、どうやって仕掛けたかは分からないようにして。素人だと分かることもありますが、プロの中のプロは、機密回線といって特別に通信が漏れないようにした通信でも傍受していました」
「なるほどな。つまり、スコルが王族や政治中枢・軍部にスコルの通信機を使って情報を集めようとしている可能性があるということなのだな」
「はい。他国が軍部の情報を集めるということは……」
「戦争か」
「私はそう疑っています」
ベサール魔術師長は白くなった顔を今度は赤くした。
「全く、血の気の多い奴らだ。何とかこのクラウデンを守らなければならないが、王たちはすでに通信機の虜だ。つまらぬことでも通信機でやりとりしているらしい」
「つまらぬことが重要な情報になるのです。例えば、お気に入りの菓子が分かれば、毒殺の確率を上げられますよね。引き出しの何段目に入っているこういう書類を持ってきて、それも必要な情報を盗み出すために使えます。陛下のお好みの女性のタイプが分かれば、該当する女性を探したり該当するように訓練させたりして、陛下のお側に送り込むこともできます」
「何と恐ろしい!」
「それから、通信機にもし位置情報の発信装置が付いていたら、もっと怖いと思います」
「位置情報? GPSか」
「はい。この通信機が今どこにあるのか、それがもしスコルに伝わっていれば、例えば陛下の寝室や騎士団長の部屋、武器庫の場所など、秘匿されるべき位置情報も暴露されます」
「危険だ。極めて危険ではないか!」
「騎士団長と陛下が騎士団の拡充を話し合った後、装備や食糧の発注がなされ、騎士や食糧などをとある地域に移動させる。そういう情報が、全てスコルに流れていくとしたら……我が国はスコルと戦争になった時、絶対に勝てません。上官が部下に作戦指示を通信機でしていたら、その部下たちは全滅するでしょうね」
「スコルの通信機を使わなければいいのか」
「ですが、もう遅いでしょう。一つだけ、提案があります」
ベサール魔術師長は何も言わず、ただじっとダニアの目を見た。
「私たちも通信機を作るのです。そしてそれをスコルのものよりも安価に売り、スコルの通信機を『下取り』すれば、スコルの通信機も回収できます」
「同程度のものなら、安い方が選ばれるか」
「はい。スコルの通信機はスコルの文字が使われています。クラウデンの文字にするだけでも民は喜ぶでしょう。今までのもの以上の付加価値がありながら、国内生産で安いとなればきっとうまくいくと思うのですが」
「私の所にも通信機が一台渡されている。おそらく魔術師棟の位置はそれで把握されてしまっているだろう。だが、奴らも馬鹿ではないはずだ。我らが分解して機構を知ろうとすることは織り込み済みのはずだ。分解したら爆発するか、認識阻害が掛けられているか。だが、一刻も早く作るためには一から作っている時間はないな」
「はい。急ぎましょう」
ロン、この国はどうなるのかしら。
ダニアはイヤーカフを握りしめた。こんな時、ロンと通信できたら、と心底思った。絶対に通信機を完成させてもらって、ロンと話をしよう、そう決めた。
魔術師棟は今までで最も忙しくなった。王族や貴族の依頼を一旦全て止めて、クラウデン式通信機の開発を急いだ。
スコルの通信機を分解する時、50cm四方に防御壁を展開した。ゆっくり動くものは出入りできるが、高速で動くものは壁に跳ね返される。爆破処理などで使われる魔術式だとベサール魔術師長は教えてくれた。
ゆっくりと手を入れる。その手にも防御壁がまるでゴム手袋のように貼られている。一つずつ、ゆっくりと分解していく。爆発することなく、全てのパーツが分解された。認識阻害を解除する魔術式も展開させているので、見間違いはないはずだ。
便利さに目を奪われた王族や近衛は重要な連絡を通信機で行ってしまっている。警備の穴や弱点が次々にスコルで蓄積されていることを、クラウデンでスコルの通信機を使っている人々は知らない。知らない人々がさらに情報を垂れ流す。
ベサール魔術師長は通信機を分解し、調べた。その結果、通話内容が全てある所に送信されていることに気づいた。地図で確認すると、そこは……
「ダニアの言っていたとおりだな。スコルの都だ」
クラウデンの魔術師たちの力で、クラウデン式の通信機が完成した。ベサール魔術師長たちはスコルの元と交換させようとするが、その情報さえもがスコルには伝わってしまっていたようで、価格設定は完全に赤字だ。
せめてもと各地方の騎士団長宛に情報を伝えて2台ずつ、そして魔術師全員にクラウデン製の通信機を渡した。
「我々は我々のやり方でスコルに対抗する。大型防御と大型攻撃の魔術式をそれなりの数量用意しておくように」
近衛騎士団と中央騎士団は正直に言うとあまり当てにならない。だから、魔術師棟の通信機は渡していない。地方の騎士団の方が信じられるという状況。スコルの手は確実に伸びてきているのだと、ベサール魔術師長は気を引き締めた。
ベサール魔術師長たちが機構を理解し、新しい素材で通信機を作っている間、ダニアは厨房での作業に没頭した。疲れた頭をフル活動させてもらわねばならないのだ。ダニアは手伝ってくれる玲と一緒に、おにぎりを厨房で作り続けた。
「お米も、スコル産なんだよね」
玲が力なく言った。スコルの魔術師マリッツから「転移者の方の心をお慰めしたい」と、米や醤油などの食料品が献上されたため、魔術師棟のパントリーには米が山のように積み上がっている。最初は喜んだ玲だったが、スコルの不審な動きを知るとげんなりした表情に変わった。
「なんで戦争なんかしちゃうかな」
玲とダニアの前世がいた世界にも戦争は常にあった。だが、二人のいた国には戦争がなかった。少なくとも二人が生きて生活していた時にはなかった。
「平和って、大事なんだね」
「そうね。ただでさえ自然災害への備えで大変な時に、戦争だなんて……まるで狙っていたかのようね」
「ダニア、もしこの噴火がスコルに誘導されていたらどうする?」
ダニアは思わず玲を見つめた。
「人工地震って、研究があったよね。もしマグマの上昇を人為的に早める技術がスコルにあったら……」
メティで死んだハティのボス、マクシーンの言葉を思い出した。
「金の瞳を持つ『ハティ』が現れた時に『ハティ』が解放される」
ロンはスコルに狙われているのだろうか。
ロンの存在に、何かがあるのだろうか。
ダニアは今すぐアルテューマに戻りたいと思った。だが、そんなことをしたらダニアを養女にした子爵家とその背後の宮中伯家が咎められてしまう。
嫌なことばかり考えてしまう、とダニアは両手に変な力を入れながら、おにぎりを作り続けた。せっかく海老を揚げて天むすを作っているのに、楽しくない。
やはり平和と日常こそが至高のものなのだ、とダニアは改めて感じていた。
読んでくださってありがとうございました。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




