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翌日、ダニアはベサール魔術師長に指示された通りに、フードプロセッサーの機構と使用方法をざっくりとまとめたものを提出した。家電について詳しく知っているわけではないので、こんな感じ、というイメージ図を添えてある。チョッパーでもいいが、せっかくなので少しでも楽に作れるフードプロセッサーの方をお願いしたい。もう一枚の用紙には「液体を乾燥させるためのもの」というあまりに大雑把な文字が大きく書かれている。
「それでは、ダニア。検討したいものがあるのですよね?」
ベサール魔術師長に促されて、ダニアはまずフードプロセッサーの説明を始めた。
「食材を細かく切ることができたらいいなと思ったことはありませんか?」
誰もがどうして? という顔をしている。
「ナイフで切ればいいじゃないか」
「細かく、ですよ。2ミリとか、1ミリとか、何なら粉末にしたいこと、ありませんか?」
どうやら伝わらないようだ。料理をしたことがないような人ばかりなのだ。それを見越してダニアはちゃんと準備していた。
「この肉は、庶民が食べるような安い肉です」
みんなの目の前に、以前玲のアイディアから作られたBBQ用コンロを置き、厨房で熱したもらった炭でさっと焼いてハーブソルトを添えて試食させる。こんなもんだよね、という顔が広がる。
「このハーブソルトが欲しい」
「今はその話じゃありません!」
ダニアは続いて肉団子サイズのミニハンバーグを取り出した。
「これは、同じ肉から作ったものです」
厚めのフライパンにミニハンバーグを置くとジュッと焼き目を入れて、焦げ目が付いたらひっくり返し、蓋をして蒸らす。小さいから直ぐに焼ける。
「ではこちらをどうぞ」
「肉を細かく刻んだのか?」
「はい」
今回はハーブソルトを付けない。だって、もう下味としてハンバーグの中に入っているからだ。
「お、何にも付けないのに美味いぞ」
「肉も固くなくて、食べやすいな。これなら小さな子どもでも歯が弱くなった世代でも食べられる」
「みなさん、追加のハーブソルトなしでもおいしいですよね?」
「おいしい!」
玲など目がキラキラしている。
「ところが、この料理『ハンバーグ』は簡単には作れないのです!」
魔術師たちの目がギラリと光る。
「肉をここまで細かくするのが大変ということか」
「魔術式で……」
「みなさん、これが平民の家庭でも食べられたら、と思いませんか? カットの具合で中途半端になったお肉も、こうやってミンチにすれば美味しく食べられるんですよ?」
みんなの喉がゴクリと鳴った。
「細かく刻むことができる『フードプロセッサー』があれば、肉だけでなく、野菜も細かくできます。ニンジンが嫌いなお子様も、このようにハンバーグの中に刻んで入れれば」
「待て、ニンジンが入っているのか?」
かつてダニアの記憶をかき回したジェルバが、口を覆った。
「はい、入っています。ついでに言うと、ブロッコリーの茎と玉ねぎのみじん切りも入っていますよ」
うええ、という声と、全然気づかなかった、という声が同時に上がった。
「ついでに言うと、玉ねぎのみじん切りをすると成分の問題で涙が出るのですが、これを使えばそんなつらい思いをすることもなくなります」
魔術師たちの目が、ダニアに一心に向けられる。
「野菜嫌いの子どもにも無理なく野菜を食べさせられる。料理人はそういう料理を作りやすくなる。いかがでしょう?」
「いいぞ!作ろう!玲も知っているんだろう?」
「ああ、そう言えばママがポタージュ作る時に使っていたかも」
「ポタージュにも使えるのか?」
「ええ、細かくする機械ですからね。切り刻む時に水分を適切に加えれば、ペースト状にできるんです」
「よし、ではこれは製作することにする。それで、もう一つあるんだよな?」
「ええ、ただ、これはちょっと難しいかと」
ダニアはただ「液体を乾燥させて固形化する」と書いた紙を出した。魔術師たちのテンションが下がる。
「どういうこと?」
「ええとですね」
ダニアは困ったような顔をしながら説明した。
「この世界の料理を美味しくするためには、うまみを加えることが必要なのです。クズ野菜や肉を取った後の骨などを使ってブイヨンやフォンといったスープの素を作ることで、私はアルテューマ騎士団やサルミス騎士団の食堂の料理を改善しました。美味しい食事は健康につながり、それは騎士団の雰囲気にも影響すると思うのです。ですが、一つだけ問題があるんです」
「何だい?」
ベサール魔術師長が優しく聞いてくれる。
「大鍋で作るスープの素は、携帯できません。玲さん、コンソメっていうとどんな形を思い出しますか?」
「コンソメ? キューブとか、顆粒かな」
「そう、玲さんのいた世界には携帯できる形にする技術があるんです。でも、それがこちらにはありません。どうしたらいいか、ご意見をいただきたくて。これができれば野営料理ももっと簡単に美味しくできるようになりますし、材料を揃えて一晩中見張っていなくても、誰でも簡単にスープの素が作れるんです」
「それはいいな。問題は、どうやってスープの中にあるうまみ成分だけを取り出すか、ということなのだな?」
「はい」
「乾燥させればいいんじゃないの? ほら、山の塩は岩から削るものだが、海の塩は海水を乾かして残った結晶なのだろう? 同じようなことはできないのか?」
ジェルバの意見に、それを何とかして欲しいのよ、と思う。
「あのさ、うまみって野菜とか骨から出るんでしょう?」
玲が大きな声で尋ねた。
「それ、フードプロセッサーで全部砕いて混ぜたら顆粒のコンソメにならない?」
「骨を粉末にするほどとなると、一般人には扱いが危険かもしれないぞ。それに、使う魔力の量が増えるか、魔術式が難しくなるから、価格も高くなるだろう」
「じゃさあ、骨以外の物は最初からフードプロセッサーで細かくして置いて、骨だけ別にしておいてさ、スープの素ができたら煮詰められるだけ煮詰めたら? 骨も途中で外してさ、海水みたいに残ったのをさらにフードプロセッサーに掛けてみたらどうよ?」
「あ」
ダニアははっとした。煮詰めてしまう所までは考えたことがあったが、素材そのものを使ったっていいはずだ。灰汁取りをしっかりしているのだから、問題ないはずだ。
「玲さん! そうする!」
ダニアの言葉に、その場の全員が一瞬固まり、次いで大爆笑が起きた。
「たまには玲が役に立ったな」
「うわー、失礼な奴ら!」
玲がぷんと横を向いた。
「玲さん、ありがとう。私、一つのやり方に固執していたんだわ」
「違う視点があるといいってやつだよね?」
「ええ。玲さんがコンソメのキューブや顆粒を知っているからこそ、気づいたことだもの。私、会議が終わったら早速やってみる!」
「うん、あたしも楽しみにしているよ。だけどさ」
玲がもじもじしながら言った。
「和食、早く作ってよ」
「そうね、今日の晩ご飯、私と玲さんだけ別メニューにしない?」
「え、ほんと?」
「大丈夫よ。2人分なら料理長に言えば何とかなるわ。ついでにスコルから仕入れたものをしっかり確認したいし」
「ああ、もう今から晩ご飯が楽しみだ」
「ほらそこ、次の議題に入って居るぞ」
「「すみません」」
玲とダニアはお互いの顔を見て、クスクス笑い合った。友だちってこんな感じだったかもしれない、そう思った。
その日の会議では、フードプロセッサーの開発だけが決まった。他のものは需要があまりにニッチで量を販売できないこと、販売量が少なければ単価が上昇して誰も買わない可能性があることから、一般化した用途、もしくは貴族、特定の業界でなら恒常的に必要とされる用途を見つけなければ製作は許可できないとベサール魔術師長が判断したのだ。
「今日は、各自でフードプロセッサーの設計や試作に入ってくれ。3日後一番良さそうなものをプロトタイプとして、チームでの開発に移ろう」
「面白いものが作れそうだな」
「ああ、俺のを選んでもらえるように頑張らないと」
「今度こそ私がいい仕事をしてみせるわ」
「皆さん、楽しみにしていますね」
魔術師たちが、自分たちのチームの部屋に帰っていく。
「みんな久しぶりに力が入っているな。ダニア、この後少しいいか?」
「はい、ベサール様」
玲が何か言いたげな顔をしていたが、そのまま会議室を出ていってしまった。
「あのフードプロセッサーができたら作りたいと言っていたコンソメとかいうもののことなんだが」
「はい」
「それは乾燥させる前の状態のものは、魔術師棟の厨房でも作れるのか?」
「材料さえあればできますよ」
「以前からアルテューマ騎士団の奴らが来る度に、ここの食堂のスープは塩味しかしない、ダニアのスープを飲みに早く帰りたい、と言われていてな。ずっとどんなものなのか気になっていたんだ。早めに作ることはできるか?」
「今日はこの後、私がこちらでするべきお仕事はありますか?」
「いや、今日は会議で意見を出してもらうだけのつもりだった」
「今日の夕食は、玲さんと2人分だけ作ることにしていたんです。明後日まで厨房勤務を許していただければ、明明後日にはコンソメスープをお出しできますよ」
「よし、料理長には私から連絡しておこう。ダニアは一度寮に戻って、支度をしてきなさい」
「はい、かしこまりました」
ダニアは現在、鍋の前で鍋の中身とにらめっことしている。コンソメスープのベース、ブイヨンの作成に入ったのだ。玲との夕食を何にしようかと思ったが、今日は鶏の胸肉があるというので、磯辺揚げを作ることにしている。パラパラの青のりはないが、海苔はある。しその葉まである。
これについては後で種をもらえるように交渉しよう。
ただしそは繁殖力が強い。ミントもそうだが、一度生えると根絶するのに時間も体力も奪われる。とにかく種を落とさせないようにしないと、一度植えたら勝手に5年は生えてくる。一株で腰の高さくらいまで成長するし、管理が必要な植物でもある。
ダニアは醤油と酒とすりおろしたショウガの中に、削ぎ切りにした鶏肉を漬け込んでいる。食べる直前まで寝かせておけばいい。夕食の時間の一時間前になったら、ご飯の支度をしよう。
そんなことを考えながら、灰汁を取る。ひたすら取る。煮立たせないように注意しながら、ひたすら灰汁を取り続ける。
何しろ、ダニアは大鍋と小鍋の二つとにらめっこしているのだ。小さい方はもちろん、玲のアイディアを使って粉末のコンソメを作る実験のために、鶏のガラ以外は最初からみじん切りにしてある具材から作っている。灰汁を取ろうとして具材まで捨ててしまいがちなので、次回からブーケガルニのようにガーゼの袋に入れようと先ほどメモをした。
「さて、そろそろ玲さんのご飯の支度をしようかな」
ブイヨンの鍋に目をやりつつ、洗米してご飯を吸水させ、炊く。下味を付けた鶏ムネ肉に海苔としそを巻いておく。鰹節で出汁を取っておけば、あとはなんとかなるだろう。
「ダニア、ご飯できた?」
玲が顔を上気させている。走ってきたようだ。
「ご飯がもう少ししたら炊けるので、それまで待っていてね」
味噌がないので、おすましにするしかない。麩もわかめもないが、キノコが目に入った。シメジだ。ダニアは焼き網を取り出してシメジを椎茸や松茸のようにさっと直火であぶり焼きにすると、温めた出汁の中に入れた。醤油を少し入れて味を見る。
またどこかで食材が手に入れば、その時に色々作ろう、と決意する。
次いでご飯が炊けたので、蒸らしてから鍋の底からひっくり返すようにして再度蓋をする。
鍋に油を注いで、先に用意しておいた小麦粉と少量の重曹と塩を混ぜた天ぷら粉に水を加え、シャビシャビの状態でムネ肉をくぐらせ、揚げていく。ドロドロの衣では揚げ物はカラッと揚がらない。
「うわあ、いい匂い!」
玲の声に、食堂の魔術師たちの目がダニアに向けられる。小さめに切ったムネ肉に巻いた海苔とシソが加熱されていい匂いがするのは確かだ。さっと揚げて油切りすると、ご飯と磯辺揚げときのこのすまし汁を盛り付けてトレーに乗せ、玲に手渡す。
「温かい内にどうぞ」
「ダニアのところって、磯辺揚げに海苔を巻くの?」
「ええ、お菓子でもそういうのあったでしょう? ちくわで作るなら青のり一択だけど……良くなかった?」
「違うよ、ママは何でも青のり派だったけど、お店でこういうの食べたことあるもん」
「そっか、よかった」
「いっただっきまぁ~す」
玲の元気な声が食堂に響く。
「や~ん、おいしいよ~ 泣いちゃうよ~」
侍女らしい女性が玲の背中を撫でている。どうやら本当に涙が出たらしい。
ダニアは自分も磯辺揚げを一つ、口に放り込んでみた。重曹のおかげでサクサクとした衣になっている。ダニアは美味しいと思った。だが、郷愁は湧かなかった。
ダニアは自分がこの世界で生まれたこの世界の人間なのだということを、玲を見ながら改めて実感することになったのだった。
読んでくださってありがとうございました。
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