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読みに来てくださってありがとうございます。

評価・ブックマークもありがとうございます!励みになります。

設定として・・・この世界は名字なしで行きますので、ご承知置きください。

よろしくお願いいたします。

 仲良くなれそうだったのに。


 狼の襲撃の後からダニアに線を引かれたような気がして、ロンは寂しさを感じていた。格好いいところを見せたつもりだった。ダニアが怖い思いをする前に、パパッと片付けたつもりだった。だが、それがダニアには違って見えたようだ。


 失敗したかな。


 その日の夕方には、アルテューマの街に着く。ダニアがアルテューマの街で店を開くとしても、それは随分先の話になるだろう。どこかで働きながら開店資金を貯めることになるはずだ。ダニアも18歳。この国では18歳から成人で、結婚できるようになる。地震で親と師匠を亡くしたダニアは1人で稼がねばならない。そうこうしているうちに、親しい男もできるだろう。そして、ロンが近づけぬ間に、そして開店資金を貯めることに疲れて、その男と結婚してしまうかもしれない。ロンは何が原因でダニアが自分から距離をとるのか分からず、ただ途方に暮れた。


 2人で食べる最後の昼食、ダニアは朝の残りの雉の骨からつくったスープに、これまた残っていた丸焼きにした雉の肉とにんじんとロンが取ってきたキノコを入れ、そこにすいとんを入れた。小麦粉と塩と水でこねてつくるすいとんは腹持ちもよいので、ダニアは前世から好んでよく作っていたものだ。


「小麦粉を丸めてスープに入れたんだ。面白いね」


 ロンの言葉にダニアは微笑むが、ケラケラと笑い合った時の笑みではなく、まるで愛想笑いのようだ。


「ダニアちゃん。今日の夕方にはアルテューマに到着する。だから、その前に聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」

「・・・どうして急に俺と距離を取ったの?」

「っ・・・」


 俯いたダニアは、少ししてから首を横に振った。


「距離を取ったというか・・・この数日、私、ロンさんが騎士だってことをすっかり忘れていたんです。ちょっと距離感を間違えて馴れ馴れしくしてしまっていたことに気づいたの。騎士様に本来ならこんな口を聞いてはいけないって・・・。アルテューマでこんなことしたら、きっと他の人からも叱られるわ。だから、アルテューマに入る前にきちんと本来の位置に戻らなきゃって思ったの」

「俺が仲良くなりたい、普通に話したいって言っても?」

「ロンさんと仲良くしている姿を、アルテューマの街の人が受け入れてくださるかどうか、心配なんです」


 そうか。街の人たちに、騎士にまとわりつく女だと思われたくないのか。


 ロンはそう理解した。アルテューマの若い女の中には、騎士との結婚を夢見る者も少なくない。公開見学日は、目当ての騎士に黄色い声援を送ることを日課にしているような熱烈なファンもいる。騎士団への就職希望も多く、事務官は優秀な女性しか採用されないことから、一種のステイタスとなっている。ロンとの距離が近い、それもアルテューマ以外の人間だなんてことが分かれば、ダニアが目の敵にされることは想像に難くない。そうなったら、またどこにも雇ってもらえずにアルテューマから去ってしまうだろう。ダニアが遠くに行くのは嫌だ。だとしたら、ダニアが街で受け入れられるまでは、こちらもおとなしくするしかない。


「そうか。王都の時みたいに雇ってもらえなかったら困るか」


 小さく頷いたダニアの手を取った。


「俺はダニアちゃんにアルテューマの街を好きになってほしい。そして、ダニアちゃんの店がオープンしたら、毎日食べに行きたい。他の人の前で馴れ馴れしくしないから・・・困ったら俺を頼ってくれないか?」


 俯いていたダニアが顔を上げてロンを見上げた。


「一つだけ教えてください。私がロンさんとお話ししても、本当に問題ないのでしょうか?」


 ロンははっとした。


「もしかして・・・見たの?」

「はい」


 そうか、とロンはつぶやいた。精神状態によって瞳の色が変わるのは、この国でも特別な血を受け継ぐ人間だけだ。だが、民には詳しくは明かされていないため、ダニアもロンのことをとにかく特別な人たち、と認識したのだろう。


「狼の時、変わっていたかい?」


 再び俯いて小さく頷いたダニアに、悪いことをしたとロンは唇を噛んだ。


「大丈夫。俺がいいと言ったんだから。それよりも、約束。困ったら必ず俺を頼って・・・友だちにもなれないのか?」

「友だち?」

「ああ。新しい街で生活を始めようとしているんだ。知り合いよりも友だちがいた方が、心強くないか?」


 ダニアは握られたままのロンの手をそっと握り返した。


「ありがとう」


 ダニアの眦からつうっと涙が流れた。


「ご迷惑をおかけしたくありません」


 ロンは頷いた。


「今はそれでいい。俺もこの瞳のこと、まだダニアちゃんに全部は説明できないから、おあいこだ」


 2人は黙ってすいとんを食べた。いつもより少しだけ塩味が強い気がした。


・・・・・・・・・・


 アルテューマ騎士団は、王都と辺境、さらには隣国を結ぶ街道上にある、軍事上交易上の重要地アルテューマの街を守るために置かれた騎士団である。


 アルテューマ騎士団団長であるアレクサンダーは、人にも自分にも厳しい。アレクサンダーが赴任してから騎士団員が問題を起こすことはほぼなくなったし、治安も良くなった。そのアレクサンダー団長が厳しい顔で、ロンとその斜め後ろで震えながら俯いているダニアを見ている。


「なぜ私が見ず知らずの娘の身元保証をしてやらねばならないのだ?」

「このアルテューマで誰よりも公正な人物が団長だからです」

「私は確かに公正であることを心情をしている。だからこそ、見ず知らずの娘の身元保証はできない」

「では、彼女の料理を食べていただけませんか?」

「待って、ロンさん。いいんです、私1人で頑張れますから」

「駄目だ。王都にいる仲間に、ダニアちゃんを1人で出て行かせたなんて知られたら、俺が殺される」

「ですが・・・」

「そんなにお前たちはその娘の料理が気に入ったのか?」

「はい。正直に言うと、騎士団の食堂に入ってほしいくらいです」

「そんなことをしていただくわけには参りません」

「ですから、一度試食してください。食べてみて気に入ったら、身元保証してやってください。あの地震で身近な人を失って、身元保証できるものが何一つないからって、何も無くなった故郷の町に戻ろうとしたんです。戻っても、30人弱の村だ。店を経営していくのは難しいでしょう。彼女の才能を、そんな形で埋もれさせたくはないのです」

「ロンがそこまで言うならやってみろ。夕食のメインは今の時間からでは難しいだろうが、何かできるものがあるだろう?」

「本当にいいのですか?」

「駄目ならそれまでだ」


 アレクサンダー団長はそう言うと下を向いて書類仕事を始めた。出ていけという意味だろう。


「じゃ、ダニアちゃん。食堂に行って厨房を借りよう」


 ロンはダニアを食堂に連れて行き、アレクサンダー団長の指示で料理を作るので場所と食材を貸してほしいと交渉してくれた。気のよさそうな料理人が3人いたが、みんな忙しい時間を過ぎているせいか、ご自由にと言ってくれた。


「俺は食堂の方で待っているから」


 ロンはそう言って厨房を出た。ダニアは考えた。メイン以外で、私が作った方が絶対に美味しくなるもの。あ、あれを作ろう!


 ダニアは4分の1ほど残っていたタマネギを薄切りにすると水にさらした。キュウリを薄い輪切りにして塩を振り、ザルの上に置く。ジャガイモを5つほど洗い、蒸し器を借りて、ジャガイモをふかす。酢と砂糖と塩を混ぜて甘酢を作ると、水にさらしたタマネギをぎゅっと絞るようにしてから布巾の上に置き、更にふきんごと絞る。水気が抜けたタマネギを甘酢に漬けておく。


 卵・塩を泡立て器で割りほぐし、少しずつ油を入れて混ぜる。絹糸を垂らすように細く、そして少し入れたらすぐに混ぜ、しっかり乳化させる。もったりしてきたら酢を同様に少しずつ入れて混ぜ、また油を細く垂らして混ぜる。繰り返していけば、だんだん白っぽくなってくる。こしょうがあった方が味が締まるが、この世界ではまだこしょうを見たことがないので仕方がない。丁寧に混ぜれば、基本のマヨネーズの完成だ。


 マヨネーズが仕上がったところで、甘酢に漬けたタマネギを甘酢から引き上げて水気を絞る。蒸し器のジャガイモに串を刺すと、いい感じで火が通ったようだ。ダニアは火傷しないようにジャガイモを取り出すと包丁で軽く十字に切り込みを入れ、皮をむいた。包丁で8等分くらいに細かくしてから、ボウルに入れる。まだ熱いジャガイモにマヨネーズを半分くらい入れて、木べらで潰す。ポテトマッシャーもほしいな、と考えながら、マヨネーズとよく混ざり合うように潰していく。混ざったら水洗いして絞ったキュウリと甘酢タマネギを混ぜ込み、大さじ一杯ほどマヨネーズを加えて最後にもうひと混ぜして、ポテトサラダのできあがりだ。


 ちらと見ると、食パンが置いてある。


「食パン、少しいただいていいですか?」

「いいよ。後で少し味見させてよ」

「はい」


 料理人が興味を持ってくれているようだ。ダニアは食パンにマヨネーズを塗ってきれいに洗ったレタスを敷くと、ポテトサラダを挟み、パンを重ね、斜め半分に切った。ポテサラサンドのできあがりだ。これを5セットほど作れば、15個のポテサラサンドが完成した。ダニアは3個取って皿に盛り付けた。3個をもう一つ別の皿に載せ、9個をトレーに乗せて料理人達の所に持って行った。


「ロンさん、お待たせしました。これはロンさんの分。それから団長様にこちらを持って行っていただけませんか?」

「わあ、俺の分もあるの?ありがとう! って、ダニアちゃんは団長のところに行かないの?」

「お借りした道具を洗わないと。あ、料理人のみなさんも、試食なさってくださいね」


 ロンはアレクサンダー団長のところにポテサラサンドを運びに行った。料理人たちはひょいとつかんで食べている。


「これ、マッシュポテトじゃない!」

「なんだ? でも、うまいぞ。」

「タマネギもいいな。ジャガイモの潰れ具合がバラバラで、食感が面白い」


 ロン用の皿を死守しながら、ダニアは借りた道具をきれいに洗った。団長さんのお口に合うといいのだけれど。


 その時、廊下の方から大きな足音が聞こえてきた。誰かが走ってきたようだ。え?と思った時には、ダニアの目の前にアレクサンダー団長がいた。じっとダニアを見つめている。


 え、何? 怖い!

読んでくださってありがとうございました。

最近水か牛乳を加えるだけでマッシュポテトになるジャガイモの粉末を手に入れました。

同様に水で混ぜればカスタードクリーム、というものもあるんですね。

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