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 ダニアを背に庇うようにして、ロンは剣を構えた。たき火の向こう側から狼の群れがうなり声を上げてこちらを見ている。火が狼とロンたちとの間にある今はいい。だが、背後を取られたら危ない。ロンは守りながら戦うことに慣れていない。普段は突撃部隊の先頭にいるからだ。その上、相手は群れときている。だが、ロンは落ち着いていた。たき火の火を大きくするために何本か細い枝と中くらいの幅の枝を放り込む。火の様子を見ながらボスを見抜くと、ダニアに小声で言った。


「たき火の傍から絶対に離れないで。もし狼が来たら、目の前に火を近づけるんだ」


 ロンはそう言うとたった一頭目がけてたき火を飛び越え、その鼻先を剣で叩いた。キャンという叫び声の後、体勢を整えたボスが大きく飛びかかる。


 怖い!


 目を瞑ったダニアは、狼の絶叫を聞いた。目を開けると、ロンが狼の下に潜り込むようにしている。


「ロンさん!」

「大丈夫だ。でもまだこっちに来ては駄目だよ」


 ロンは狼を上に放り上げるようにして立ち上がった。ドサリ、と狼のボスが落下する。下から心臓を一突きしたのだろう、狼ばピクリとも動かない。ボスがやられたことで、狼の群れは立ち去った。次のボスが決まるまでは、狼は群れの中で闘争を続ける。しばらくは安全だろう。


「もう大丈夫だよ」

「ロンさん、怪我は?」

「大丈夫。それに、かすり傷くらいローリエの成分がすぐに治してくれるさ」

「そ、そうですか・・・」


 返り血を浴びたロンがちょっとだけ怖いという気持ちもある。それ以上に、守ってくれてほっとした気持ちと妙な高揚感、そして・・・見てはいけないものを見たかもしれないという不安がある。心拍が上がったまま戻らない。


「あ~、顔洗って着替えてくるね」


 いつもの飄々としたロンのようだが、何かが違う気がする。ダニアは狼が近づいた原因と思われる雉の丸焼きをじっと見つめた。途中でロンが雉を狩ってくれたので、その場で捌いて血抜きをしながら進んだ。ダニアが雉の丸焼きを火に掛けてから、トルティーヤの生地を作っている最中だった。


 鍋の中の強力粉に塩と油を加えて混ぜ、ぬるま湯を混ぜてこねる。なめらかになったら乾燥しないようにほんのり湿らせた布でくるんで、しばらく置いておく。雉の焼け加減を見ながら、生地を切り分けて薄くのばそうかと思った時だった。雉の丸焼きの向こう側に、キラリと光る目が見えたのだ。もっともその段階でロンは既に剣を鞘から出してダニアの傍にいてくれたのだから、ロンはもっと前に気づいていたのだろう。


 ロンの目は、明らかにいつもと違っていた。いつもはふにゃりとした弟という感じだったが、確かに国と民を守る騎士の目だった。その強い光は狼たちの足を止めていたし、戦いをボス一頭に絞って一瞬で片付けた様も、普段からは想像できないほどの早さと力強さだった。


 ダニアの胸のある不安、それは戦っている時のロンの瞳の色が、いつもと違っていたように見えたことだ。いつもはエメラルドのようなきれいな緑の瞳をしているが、あの時は・・・そう、緑から青を抜いた、明るい琥珀のような、金色のような、そんな色をしていたような気がするのだ。


 瞳の色が変わる。前世では太陽光と人工の光とで色がかわるなんていうことを言っている人もいたが、実際にそんな人を見たことはない。だが、こちらの世界では、瞳の色が変わる人がいるという話を聞いたことがある。詳しいことは分からない。ただ、両親がそれは特別な人である証拠なのだと教えてくれたような気がする。ロンはもしかしたら、そういう特別な人なのではないだろうか・・・自分などが親しく会話などしてはいけないような人なのだとしたら・・・。


 ダニアは、たった4日一緒に過ごしただけで自分の胸に芽生えていた感情の名前をようやく理解した。そして同時に、ロンに対して抱いた感情は口にしてはならないものなのかもしれないと思った時、ダニアはそっと自分の感情に蓋をした。


 もしアルテューマの街でお店を開くことができたら、ロンにも時々来てほしいと思っていた。そんな未来はどうやらなさそうだ。


「あれ、ダニアちゃんどうかした?」

「え? あ、何でもないですよ」

「嘘だ、だって泣いているよ?」

「へ? あ、きっとさっきの狼が怖かったんですね。ほっとしてから知らぬ間に涙が出ることってないですか? あ、騎士さんだとさすがにそんなことはないのかな、ははは・・・」

「何があった?」


 突然ロンの口調が一変した。それはいつもの飄々としたロンの声ではなく、人に命じる者の声だった。


「何でもないんですって、本当に。狼に襲われるなんて生まれて初めてだったし、ちょっと怖かったんです。1人でアルテューマに向かっていたら、狼に襲われて死んでいたのかな、とか、そんなこと考えていたら」


 突然ふわっとダニアの体が騎士のマントに包み込まれた。


「大丈夫。俺がいる。ダニアのことは、ちゃんと守るから」


 ダニアは今自分がロンに抱きしめられているのだとようやく理解したが、体が全く言うことを聞かず、動くことができない。それに、いつもはダニアちゃんって呼ぶのに、今はダニアって言った。


 何? 何がどうなっているの?


 ダニアの頭の中は、もうパンク寸前だ。だが、雉の丸焼きの色が黒くなりつつあるのが目に入ったとたん、ダニアのスイッチが「入」になった。


「あ~っ、雉が焦げちゃう!」


 ロンの腕の中からするりと抜け出して、ダニアは雉の丸焼きに駆け寄った。


「ちょっと焦げちゃいましたね。焦げたところだけ切って捨てますね。あ、トルティーヤも焼くので、焼けたら雉肉を挟んで、ソースを付けて食べましょう!」


 先ほどから、昼間に見つけた数個のラズベリーを、カップ半分ほどの赤ワインで煮込んでいる。ラズベリーの酸味が効いた赤ワインソースは、雉の肉との相性もいいのだとダニアが力説していた。


 ソースの鍋をかき回してからトルティーヤの生地を焼き始めたダニアを、少し物足りない目でロンが見つめる。捕まえたと思ったが、やはりまだ早かったのだろうか。


「できあがったら言ってくれ」


 ロンはいつもの調子に戻ってそう言うと、たき火の火のために小枝を探すふりをしながら少しだけダニアから離れた。ダニアが顔を両手で覆っているのが見える。たき火に照らされたその耳が赤いのは気のせいではないだろう。


 ロンはこの時、自分の瞳の色が精神状態によって変わるのをダニアに見られたことに気づいていなかった。ただ、少しだけ、ほんの少しだけ、ダニアに避けられたような気がして、それが寂しかった。森の木々を見上げれば、その葉の向こうに星が見える。明るい星も暗い星もある。この国では、人にはそれぞれ守護する星があり、その星がいつも見守っていてくれるのだという言い伝えがある。だが、それがどの星なのかは、分からない。もしかしたら今、自分が見ていた星がそうなのかもしれない。


 守護星よ、俺が俺らしく生きるためにどうしたらいいのか教えてくれ。


 ロンは拾った小枝を持って立ち上がった。


「ロンさ~ん、焼けましたよ~!」


 ダニアの声が聞こえた。


「今行くよ~」


 今はこれでいい。ロンはそっと自分の思いを胸の奥深くにしまうと、ダニアの方に戻っていった。

読んでくださってありがとうございました。

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