2-9
読みに来てくださってありがとうございます。
評価・誤字報告・ブックマーク・いいねなど、本当にありがとうございます。
前回の「くるぶし」の部分、ご指摘ありがとうございました。
よろしくお願いいたします。
その夜発熱したダニアを、ロンは一睡もせずに看病した。毒や有害なものを検知する術式をペンダントに組み込んでおいたが対人仕様ではなかったことで、あの魔術師にやすやすと術式を展開される羽目になった。フィルは申し訳ない、改良すると言って、四徹目に入ろうとしたので、ロンは止めた。
「しっかり寝て、スッキリした頭で考えながら作業してほしい。その方が、いい物ができるんじゃないか?」
フィルははっとして唇を噛むと、分かった、と言って部屋を出ていった。自室で寝たと信じたい。
ダニアは意識のないまま、うわごとのように「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら泣いていた。転生者だということを黙っていたことを、隠しごとだったと罪悪感を感じているのだろうか。
「でもダニア、転生者だなんて言えるわけないじゃないか。そんなこと言ったら変な奴だって思われて、下手したら家族に監禁されるだけだろう。それにダニアは一言も転生者だなんて言っていないよ。アイツが勝手にダニアの頭の中をかき回しただけだ」
絶対に許さない。ロンの怒りは、フィーニスの怒りでもある。フィーニスは今、ダニアの抱き枕になっている。何か嫌なことを夢見ているのだろうか、呻きながら体に力が入ると、フィーニスを抱く腕の力も強くなる。フィーニスは小さな体に変化しているが、元々は巨大なドラゴンだ。ダニアの力程度で潰れはしない。
『ロン。ダニアが見ているもの、見たい?』
「何を見ているんだ?」
『僕に触れて』
何の気なしにフィーニスに触れた途端、見たことのないものが周囲に溢れている光景の中にいた。
「な、何なんだ」
『これが、ダニアが今見ている前世の世界。あの渡り人の女がいたのと同じ国だよ』
金属の塊の中に人がいる。馬に牽かれずに走って行くその塊は、大きいものも小さいものもある。人々の服装は全く違う。そして髪と瞳の色は、あの玲と同じ黒目黒髪の者も、金髪の者も、茶色の髪の者もいる。玲が来たばかりの時は金髪だったらしいが、元が黒髪なのでどんどんプリン状態になっていき、恥ずかしいといって金髪の部分を切ったと聞いている。髪の色を自由に変える技術がある世界と言うことか、とロンは思った。
次に、人々がプレートのようなものを見ながら指で触ったり、そこから聞こえる声と話をしたりしているのに気づいた。
「なんだ、これは?」
どうやら遠方の者と話ができる道具のようだ。騎士団にも是非欲しい。
突然夜になった。夜のはずなのに、妙に明るい。様々な色の明かりが、まるで昼間のように煌々と灯されている。こんなに明るい中で眠れるのだろうか?周りを見れば、月の位置から真夜中だと分かるが、まだまだ人がたくさん出歩いている。女一人で酒に酔ってフラフラしている者もいる。
「安全なのか、どうなのか、よくわからんぞ」
『不思議な世界だよね。こんな所だけど、食べ物はすごいよ』
またふっとダニアの見ているものが切り替わる。一緒にいるのは家族だろうか、あのカレーを何人かで食べているのが見える。色も、匂いも、ダニアが先日アルテューマで作ったものと同じだ。
「ダニアは、前世でもカレーをつくっていたんだな」
また画面が切り替わった。あのプレートのようなものを使って話している。
「お母さん?私!合格した!これで調理師の夢にまた近づいたよ!」
ダニアが話しながら道を横断していく。次の瞬間、危ない!という声がロンの耳に届いた。ダニアの体が右横から来た大きな鉄の塊……人が乗ったあの塊と衝突し、跳ね飛ばされていく。宙を舞ったその手から、例のプレートが地面に向かって落ちていく。
「ダニア!」
思わずロンは叫んだ。だが、ダニアの体はゆっくりと地面に向かい、そしてたたきつけられた。
「くっ」
頭から血を流して横たわるダニアの前世を、ロンは見ていることしかできない。
そうか、ダニアはこうやって死んだのか。
料理のことで頭がいっぱいなのは、前世の未練を引きずっているからなのか。
ロンは料理好きなダニアが大好きだ。ダニアの作る料理も大好きだ。一方で、ダニアの料理への執着に違和感を覚えることがなかったわけではない。ただ、それがダニアなのだと自分を納得させていたように思える。今こういう形でダニアの前世の思いを知ったロンは、ダニアの心の奥底に、叶えられなかった夢を悲しむ気持ちと、それを今度の人生で実現しようとする強い意志とが存在することを知った。知った以上、ダニアから料理を奪う者は許さないし、ダニアが思う存分料理に没頭できる環境を整えてやりたいと思った。
「ダニア、早く良くなって。この世界で、ダニアから料理を取り上げようとする者は、俺とフィーニスが鉄槌を下してやるから」
『下してやるから!』
ふっと、血を流して道に倒れたままのダニアの前世と目が合った。
「ありがとう。それなら……そっちにいくね」
ダニアの前世の目が一瞬笑い、そして光が消えた。消えると共に、ダニアのうめき声が聞こえた。
「ダニア?」
「……ロン?」
「戻ってきたね?」
「戻って、来た?」
「そう。前世に引きずられていただろう?」
「……怒らないの?」
「どうして怒るんだい?ダニアは前世から料理が好きだったんだな。それに前世でも一生懸命料理のことを勉強していたから、この世界でもおいしいものを作れたんだ。だから、ダニアが後ろめたく思うことはない」
「でも……」
「俺は……ダニアがこうして戻ってきてくれたから、それでいい」
ロンはダニアの額にそっと触れるだけのキスをした。眦にはまだ涙が残っている。
「気持ち悪くない?」
「全然。だって、ダニアはこの世界の人間から生まれた、この世界の人間だ。魂はどこから来てどこへ行くのかって宗教家がいろいろ言っていたが、とうとうその論争もおしまいになるかもしれないな」
ダニアはロンに手を伸ばしてその手を握った。
「私も監視対象になるの?」
「多分な。俺だって監視対象だ。同じじゃないか」
「ロン……」
手に取ったロンの手を両手で包むと、ダニアはその手を額に引き寄せて泣き始めた。
「俺もいる。フィーニスもいる。アルテューマに戻れば、みんなもいる。ダニアはこれからノトスへ行って、楽しく料理や食材のことを勉強する。そうだろう?」
「行けるのかな?」
「行くんだよ。大丈夫、俺たちも圧掛けるから」
「ロンとフィーニスの圧じゃ、言うこと聞かざるを得ないね」
弱々しく微笑んだダニアの頬を、ロンは開いている方の手でそっと包んだ。
「心配するな。せっかく生まれ変わって夢を叶えている最中なんだ。誰にも邪魔なんてさせない」
「うん」
泣き疲れたのだろう、ダニアはそのまま再び眠ってしまった。熱は少し下がったようだ。人の記憶は、深層心理と呼ばれる蓋の下の記憶の方が多いらしい。ダニアには思い出せる前世の記憶以外に、蓋をされていた前世の記憶もあるはずだ。それがあの魔術師によって暴かれ、知恵熱を出したのだろう。すやすやと、今度は呻くことも体に力が入ることもなく眠っているダニアの隣に、ロンはそっと添い寝した。今日はこうした方が、自分もダニアも落ち着くような気がした。これ以上のことはしない。ただ、添い寝するだけ。ダニアの寝息を子守歌にして、ロンもいつしか眠りへと落ちていった。
翌朝目が覚めた時、ダニアは妙に温かく柔らかいものに包まれているのに気づいて身じろぎした。
「おはよう、ダニア。目が覚めた?」
はっとして声のした方を見れば、無精ひげを生やしたロンの顔がそこにあった。どうやら向かい合わせに抱きしめられた状態のようだ。
「ロン?どうして?」
「ダニアが昨日ひどい熱だった。うなされていてね、だから、ずっと隣にいた。フィーニスもずっと一緒だったよ。」
「そ、そう……」
「もう熱もなさそうだね」
ロンがコツンと額を合わせてきた。
「うん、大丈夫。これなら朝食も食べられそうだね。食堂に取りに行ってくるよ。ダニアはまだ寝ていて。フィーニス、ダニアの傍にいてくれるかい?」
『いいよ~』
ロンは騎士服の上着だけ脱いで添い寝をしてくれていたらしい。ソファに上に無造作に置かれていた上着をそのまま羽織ると、ロンはダニアの部屋を出ていった。
「フィーニス、私、昨日の晩、そんなにひどくうなされていたの?」
『うん、前世の記憶を引きずり出されて、ずっと苦しんでいたよ。熱も出ていたし、僕を潰す勢いでぎゅって何度もしていた』
「い、痛かった?ごめんね」
『僕は大丈夫。ロンがすごく心配していたよ。傍を離れられなくて、昨日の晩から何も食べていないもん』
「え……それは、悪いことをしてしまったわね」
『ザカリーたちも心配していたよ。フィルなんてまた徹夜しそうになっていたから、ロンが止めていた』
「そうね、四徹なんてしたら、おかしくなってしまうわ」
『ダニア。僕たち、どんな手を使ってでもダニアを守るからね。だから、ノトスに行って、美味しいもの、食べようね?』
「ええ、フィーニス。ありがとう」
ダニアはロンが持ってきてくれたスープを飲んだ。塩味だけの、味気ないスープだ。
「ザカリーとも話をした。何があってもダニアを王都に置いて行かない。一緒にノトスに行くぞ。どんな手を使ってでも、ね」
ロンの目に強い力が宿っている。
「俺の瞳は、相手の弱点と効果的な攻撃を見抜く。どんな攻撃も、ハティとしての魔力で反射できる。最近フィルと、反射を厚くしたら防御になるんじゃないかって試していたんだが、ある程度なら防御できるようになってきた。これだけでも、結構いい線行っているだろう?」
「ロン、私の前世にはね、勧善懲悪っていう考え方があったの。正義の味方が、悪い奴らをやっつけるっていう考え方ね。今のロンは、まるでその正義の味方、『ヒーロー』みたいよ」
「正義の味方ねえ。邪念があってもいいのかな?」
「ふふ、聖人君子ばかりじゃ、この世の中つまらないと思うわ」
「それなら安心だ」
ロンはダニアがスープを飲み干したマグカップを受け取ると、言った。
「王都の魔術師か、宰相か、王家か、どこからかは分からないが、近々呼び出しがある。そこでけりを付ける。ダニアは、守られていて。いいね」
ゆっくり頷いたダニアの頭をポンポンして、ロンは立ち上がった。
「何かあったら呼ぶんだよ?」
「ええ、ロン、ありがとう」
「ん」
ダニアのスープには、睡眠薬が混ぜられていた。疲労がまだ抜けないダニアをしっかりと眠らせるためだ。扉の所で振り返ったロンは、既にダニアが眠りに落ちたのを確認した。
「さて、フィーニス。ゴミを片付けに行こうか」
ダニアの前では絶対に見せない厳しい、凍り付きそうなほどの目をしながら、ロンとフィーニスは宿を出ていった。
読んでくださってありがとうございました。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




