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鍋の中に小麦粉に塩と水と油を加えて、こねてまとめる。まとまったら濡れ布巾を掛けて10分くらい置く。その間にタマネギとにんじんとセロリを細かく刻み、薄く油をひいたもう一つの鍋に投入する。ニンニクをほんの少しだけすりおろして香りを立たせ、生ハムを厚めに切ってから短冊切りにし、ベーコンの代替として一緒に炒める。細かく刻んでいるから具に火が通るのも早い。火が通ったら水を加えて、見つけたローリエの葉と一緒に煮込む。前世のコンソメの顆粒やキューブが恋しい。ダニアの力でスープ状からもう少し煮詰めた所までは作れるが、どうしても乾燥させる間に雑菌が入ってかびてしまう。保存できる形のコンソメを早急に開発せねばとダニアは心に決める。
スープを一旦火から下ろして、フライパンを加熱する。生地を二つに分けてピザの生地のように広げ、フライパンで軽く焦げ目が付くまで焼く。焼けたら薄くバターを塗る。スープをカップに注ぎ、今朝見つけたチャービルを刻んで乗せる。
「ロンさん、朝ご飯できましたよ!」
水を入れた薬缶を火にかけながら、ダニアはテントを畳んでいるロンに声を掛けた。
「ありがと、すぐ行くよ」
のんびりとした声の後、ロンはダニアの隣にドサリと腰掛けた。
「いい匂い。いただきます!」
ロンは細かく刻まれて消化にも良い温かいスープを一口含んでほっと息をつく。昨日ダニアが、ローリエは食欲増進効果だけでなく、傷の治りを早くしたり、病原菌から体を守ったりする効果があるるのだと教えてくれたことを思い出す。遠征や作戦行動中の騎士にこそ必要なハーブではないかとロンは思った。
「今日のスープにも、ローリエが使われているんだね。他には?」
「上に散らしてあるチャービルは確か解毒効果があったと思います。それから、ニンニクには食欲増進、疲労回復などがありますね」
「へえ。ダニアちゃんはよく知っているね?」
「いえ、全てトラヴァーさんが教えてくれたことです」
生ハムから出た塩とうまみがスープ全体にしっかりした味を付けている。塩味だけのスープとは大違いだ。小麦粉をこねて焼いたものは、パンかと思ったらナンというらしい。パンのようでパンとはちょっと違うそれに驚いたロンを見て、ダニアがくすっと笑った。バターが薄く塗ってあるのが、とてもいい。何かを挟んだり付けたりしてもおいしいんですよ、とダニアが言う。
「何しろ、普通のパンのように発酵させなくても簡単に作れるので、野営向きかなと思って作ってみました。問題は手が汚れるってことですね」
ニコニコしながら、ダニアはナンを一口ずつちぎって口に入れている。
「あ、コーヒー入れますね」
ダニアに言わせれば、食事レベルは低いのに素材はしっかりと揃っている世界なのだ。コーヒーが思いのほか安価なのは、国内でコーヒー豆を生産しているかららしい。これは嬉しい誤算だった。さすが王都、田舎では手に入らないものがいくつもあった。食材の調達のために、年に一度くらいなら王都に行くのもありかもしれない。
「ダニアちゃん、このコーヒーも美味しいよ。淹れ方なのかなぁ? 温度なのかなぁ?」
「さあ? テキトーにやっているので、わかりません」
ダニアが食器や鍋を洗うのを、ロンはじっと見つめる。あの地震で親しい人や家族、財産も家も失ったのに、前を向いて生きるために頑張るダニアの姿は、家族から捨てられるように騎士団に入り、一時は荒れていたロンからは眩しく見える。一生懸命に頑張るダニアを側で支えたいという気持ちが日に日に大きくなるが、まだお互いをあまりにも知らないのだ。この旅がお互いを知る機会になればという思いを下心とは言わないでほしい、とロンは思う。
「すぐに片付けるので、ちょっと待ってくださいね!」
食器や鍋を洗い終え、箱に入れて荷馬車に乗せる。アルテューマ騎士団に持って行く荷物もあるため、ロンは荷馬車を借りてくれていた。歩かずに済むのは、やはり助かる。
「準備できました」
「じゃ、行こうか」
どうせなら町のある所を通って、ダニアと買い物もできたらよかったのに、とロンは思う。とは言え今回はあくまでダニアの見送りと荷物運びに休暇が付いてきているだけだ。今は任務中だから、買い物なんぞしていたと分かればあの騎士団長が許すはずもないから、いいのだ。
「今日も明日もダニアちゃんの手料理なんて、幸せだぁ~!」
ロンの言葉に、ダニアが目を丸くし、そしてケラケラと笑った。
「そういうのは、奥様に言ってあげてくださいね!」
「え、ダニアちゃん、まさか俺が所帯持ちだと思っているの?」
「違うんですか?」
「違う違う、彼女さえいないよ。」
「あれ? 指輪していたから結婚していると思っていました。」
「指輪? どうして?」
「へ? 指輪って、結婚している人が身につけるものなのでは?」
「どこの国の話? これは騎士が、自分の居場所を見つけてもらうための道具だよ。」
「GPS? スマートタグ?」
「じー?」
「あ、何でもないです! すごい道具なんですね。そんなものがあるなんて知りませんでした」
「騎士団とか、あとは護衛が付くような身分の人は、お互いにだけ居場所が分かるように組んだものを使っているよ。弓騎士は指に何も付けたくないからって、ネックレスに通していたり、イヤーカフにしている人もいるけどね」
「へえ。身につけていればいいんですね」
「そ。だからこの国の騎士は単独で動ける。他の国だと、こういう道具がないから、見失った人を探すのは大変だろうな、って思う」
「そうですね。こういう道具って、どんな人が作っているんですか?」
「詳しいことは俺もよく知らない。だけど、他の世界から来たっていう人がいて、その人が原理を教えて、それを元に魔術師が作っているらしいよ」
「え? 他の世界?」
「他の世界から来た人って、きっと大変だっただろうね。最初は言葉も分からなくて苦労したらしいよ」
「どんな人なんですか?」
「俺も分からないんだ。魔術省で保護されているらしいけど」
会ってみたい。
「会ってみたいの?」
「え、口に出して」
「ないよ。でも、そういう顔をしている。魔術省の人でもないとなかなか会えないんじゃないかな?」
「そうなんですね。ま、私の生活とは関わりがなさそうですもんね」
ダニアは将来、その女性と出会うことになる。そして、その女性と親しくなるのだが、その女性との出会いはもうしばらく先のことである。
読んでくださってありがとうございました。
ナンの作り方、いろいろあるんですが、すごくシンプルなものを乗せました。好みはあると思いますが、手軽で美味しいが一番!
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