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誤字報告は今までIDしか表示されなかったんですが、ユーザ名も出るように変更されていました。戸惑いつつ更新しています。
よろしくお願いいたします。
フィーニスは土煙に覆われたメティの町の上空をホバリングしている。上空から、町が一つ、巨大な穴に飲み込まれていくのを、ダニアとロンは黙って見つめていた。空気が固い。フィーニスがずっと何か言いたげにしていたが、ようやく意を決したようだ。おずおずとロンに話しかける。
『あのね、その~・・・怒らない?』
「内容によるな。」
『あのね、あのね・・・町にロンの友だちを置いてきた。』
「置いてきた・・・まさか、あの穴に飲み込まれたかもしれないってことか?」
真っ青になったロンとダニアだったがどうにもならない。戻れというロンと、今行ったらロンとダニアも巻きこまれると言って譲らないフィーニスが暴れる。巻き添えを食ったダニアがフィーニスの背から落ちそうになって、ロンとフィーニスは慌てた。下を見ると崩落が収まってきたようだ。土煙もまだ立ってはいるが、口元を覆えば何とか歩けそうな状態だ。
地上に下りようとした時、声が聞こえるのに気づいた。アルテューマ騎士団の騎士服が、穴の少しだけ外側の辺りを歩いているのが見える。こちらを見て手を振っているのはエヴァンだろう。そのエヴァンの傍には、サルミス騎士団の騎士服の上に『ハティ』の黒いローブを羽織ったフィルがいる。少し離れた所にももう一人、黒いローブ姿の人が横たわっている。
「生きていたか。みんなの所へ行こう。」
『よかった。ロンに殺されるんじゃないかってヒヤヒヤした。』
フィーニスは柔らかく地面に下りた。ダニアを抱えて飛び降りると、ロンはエヴァンに無事だったか、と安心したように言った。
「フィルと・・・レックスが、道案内をしてくれた。2人がいなかったら、俺たちはまだあの穴の中だ。生きてはいなかっただろう。」
みな埃を被っている。
「ただ、レックスがな・・・。」
少し離れた所に横たわっていたのはレックスだった。だがその目は固く閉じられている。そして、ローブの胸元がボロボロに破れているのが見えた。
「フィルが最後尾を、レックスが先頭を走ってくれた。レックスは先頭にいたせいで、前から来た『ハティ』の攻撃をもろに受けた。あいつには攻撃や防御の魔術はなかったらしくてな。相手は俺たちが切って、レックスがどんな状況か分からないからとりあえず連れてきたんだが・・・息をしていないんだ。」
ダニアとロンは、エヴァンの足元でうなだれているフィルを置いてレックスに近寄った。レックスはまだ成人したばかりだったはずだ。それなのに『ハティ』の血を持つからという理由で3歳から迫害され、仲間からは服従を強いられた。誰よりも自由を望んでいたレックスは、命を失って初めて自由を得たのだ。
ダニアはローブの破れ目から何かが覗いているのに気づき、手を伸ばした。紙だ。広げてそのメモを読み始めたダニアの目に、みるみる涙が溜まっていった。
「ダニア、見せて。」
それは魔術によって失われた声を取り戻すための術式が書かれたメモだった。走り書きをしているということは、おそらく他の『ハティ』たちに見つからないよう調べてこっそりと書き写し、いつかダニアの声を戻そうとしていたに違いない。たとえそれがマクシーンの怒りを買うことになったとしても、レックスはやるつもりだったのだろう。
「レックスにこの術式が使えたかどうか分からないが、ダニアの声を取り戻そうとしてくれていたんだな。」
ロンの声に、ダニアは冷たく動かないレックスにしがみついて泣いた。組織の末端メンバーは、命令に従うほかないものだ。レックスにアルテューマ騎士団から連れ去られてから、レックスのことは毎日一回は思い出し、恨みもした。それでもレックスが「自由に生きたい」と言っていたことだけは真実だと思えたし、同意もできた。あの穴の中に埋もれていった『ハティ』たちの中にも、レックスのように上からの命令で、あるいは身近な人を人質に取られて、仕方なく罪を犯した者はたくさんいただろう。善なる『ハティ』を助けることはできなかったのか。ダニアは感情も思考もごちゃ混ぜになり、ただ泣くことしかできなかった。
「レックスの奴、フィルが俺たちと一緒にいるのを知ってほっとしていたんだ。ダニアに悪いことをしたから、罪滅ぼしさせてくれって言ってきてさ。信用できないって突っぱねたんだが、わざと道を間違えるとか騙そうとかしていたらフィルが分かるからって言ったんだ。最後の言葉はごめんなさい、だったよ。誰に言いたかったのは・・・分かるよな?」
泣きじゃくるダニアにそっとロンが寄り添った。
「『ハティ』の本拠地は、計画よりずっと早くなってしまったが壊せた。これからは善なる『ハティ』を救済しなければならないだろう。それに、テロリストのままの『ハティ』の生き残りがまだまだいるはずだ。そいつらを追い込むことは、今となっては却って難しい。それに、俺も『ハティ』だと分かった以上、今後どうなるか分からない。フィーニスのこともある。王が俺をどう扱うかは全く予想も付かない。それでも俺たちはやらねばならないんだ。だからダニア、お前は俺たちの精神的な支えでいてくれ。もういなくならないでくれ。頼む。」
ダニアはロンを見上げた。優しい目をしている。
「帰ろう、アルテューマへ。」
もちろん隣の領主にメティで起きたことを通報しなくてはならないし、王都への報告も必要だ。だが、ダニアが帰る場所はもうアルテューマなのだ。ロンに手を引かれて、ダニアは立ち上がった。
フィルはまだ思考が追いついていないようだったが、レックスがダニアのために声を戻す術式を持っていたという話の部分は聞こえていたらしい。何とか立ち上がると、術式のメモを見せてほしいと言った。フィルの魔力は「温度変化」だが、術式があれば余り難しくないものなら扱えるという。フィルはロンからもらった術式を起動させた。
「声を戻せ。」
フィルの命に、浮かび上がった術式がダニアの喉を取り囲んだ。そのまま体内に吸い込まれる。
「あーって言ってみて。」
「・・・あー。」
フィルの言葉に、ダニアは恐る恐る声を出した。かすれてはいるが、声が出る。また泣き始めたダニアに、フィルがそっと言った。
「俺にはこれくらいしかしてやれないが・・・色々悪かったな。」
ダニアはかすれる声で大丈夫、と言った。声を出す練習はこれから必要だが、何とかなりそうだ。
「それからロン。あんた『ハティ』でもあったんだってな。俺はアルテューマで軍部の審判に掛けられるんだろう?アルテューマに到着するまでの間、魔力さえあれば誰でも使えるような魔術なら俺でも教えられるが、どうする?」
「ああ、頼む。だがその前に一つ聞きたい。どうしてダニアを連れていった?」
「あんたの弱点になると思ったから、メティの主に報告した。囮として使えるってな。ただ、サルミスに連れて行けって言われた時は、よく分からない命令だと思った。もっと有力で人も多い騎士団に行かせると思ったから。多分、騎士として紛れ込んでいる『ハティ』は俺しかいなかったんだろう。このあと各地の騎士団に順次行かせる予定だったらしいが、その時にどういう手段で潜り込ませるつもりだったのかまでは知らされていないんだ。」
フィルはダニアに向き直った。
「いろいろ、本当に悪かった。許してくれとは言わない。ただ、あんたの料理で俺の心も、俺が大事に思っていたサルミスの地も救われた。それだけはどうしても伝えたかった。」
ダニアはじっとフィルを見つめた。そして、かすれた小さい声で言った。
「アルテューマに着くまでは、しっかり食べてくださいね。」
頭を跳ね上げてダニアを見るフィルに、ダニアは少しだけ微笑んで言った。
「おいしいごはん、作りますからね。」
フィルが涙ぐんでいる。エヴァンがフィルの肩を叩いて、連れて行ってしまった。
「妬けるなあ。」
背後から抱きしめられて、ダニアはロンの存在を忘れていたことに気づいた。
「で、何を作ってくれるのかな?」
「食材を見てからじゃないと決められません。でも。」
「でも?」
ダニアはくるりとロンの腕の中で180度回転した。
「アルテューマに戻ったら、ビーフシチューを作りますね。」
「ああ、覚えていてくれたんだね。」
「当然です。」
ダニアの右頬の傷を優しく撫でながら、ロンの顔が近づいてくる。
「お取り込み中すいませ~ん!夕食の相談に来たんですが!」
ザカリーの声にダニアがロンを押しのけようとしたが、ロンは全くダニアを離す気がない。
「俺も聞きたいな。」
「あなたに言ってもどうしようもないでしょうが。」
「いいんだよ。傍にいないと、いつまた攫われるか心配で、夜しか寝られない。」
「それ、寝ていますよね?普通のことですよね?」
遠巻きに見ていたアルテューマ騎士団の面々から笑い声が上がった。昨日の今頃は、サルミスでバンシーを必死で茹でていた頃だ。この24時間は、いろんな事がありすぎた。夕焼けの空のオレンジ色が、妙に目にしみるとダニアは思った。
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第一部は残り2話となりました!
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