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読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 ダニアは王都に一旦戻って報告する騎士団の一行と一緒に王都へ向かった。そして、他の地域から移住を希望した人たちと共に、まずは王都騎士団の寮に入ることになった。ここから賃貸物件への斡旋をしてくれるらしい。ダニアは翌日から飲食店を回った。だが、トラヴァーさんの名前を出した瞬間に、うちでは雇えないと言って断られてしまった。腕を見るまでもなく、身元保証人がいないのだから駄目だという店もあった。2週間、あらゆる店を回ったが、どこも採用してくれない。採用してくれそうなのは、接待をするお兄さんやお姉さんがいる店だ。料理人として採用されても、実際の仕事がそうとは限らない。途方に暮れたダニアは、騎士団の食堂でその日の夕食をいただきながら、どうしたものかと考え込んだ。王都でトラヴァーさんがどれほど辛い思いをしたのかが分かったのも、その人柄と料理の腕を知るダニアにとっては重いことだった。


 私は王都の生活に向いていないのかもしれない。仕事が見つからなければ、賃貸物件を斡旋してもらうわけにもいかない。戻ろう。


 どうして町のみんなが王都へ行くと言わなかったのかがやっと理解できた。都会の人には、田舎者は受け入れられないのだ。


 ダニアはその日の内に、移住者の世話をしてくれている騎士団の事務員さんの所に行って、明日ここを出ていくと告げた。事務員さんはそうですか、と言って名簿のダニアの名前に何か書き込んだ。


「え、ダニアちゃん、行き先決まったの?」


 声を掛けてきたのは、王都に来る時に帯同させてくれた騎士団の騎士さんだった。


「こんばんは、ロンさん。料理人として雇ってくれるところが見つからないので、戻ることにしたんです。お世話になりました」


 ロンさんは目を丸くして、どうして戻るの、と聞いた。


「トラヴァーさんの弟子だと言うだけで、雇えないと言われました。王都では就職できそうにない以上、身元保証がないと仕事ができないなら、私が誰か分かる町に戻るしかないなって思ったんです」

「そうか。もったいないなあ、ダニアちゃんの料理、すっごく美味しかったのに」


 私たちの話が聞こえたのか、何度か顔を合わせた騎士さんたちが集まってきた。


「なあ、俺たちの町で雇ってくれるところ、ないかな?」


 誰かが言った。


「俺たち、今回の地震対応で王都に招集されているんだ。俺たちはアルテューマ騎士団の所属なんだよ」


 アルテューマ騎士団と言えば、ここから歩いて五日ほどの所にある地方都市だ。


「誰か、騎士団長に保証人になってもらえないか、頼んでみないか?」

「あ、じゃあ俺、明後日から休暇で一度戻ることになっているから、ダニアちゃんと一緒に行くよ」

「あ、お前飯作ってもらおうとしていないか?」

「ははは、ばれた? じゃ、決まり。ダニアちゃん、明日は食糧の買い出しを頼むよ。5日分、明日お金渡すから」


 ロンさんににこりと微笑まれた。ダニアの知らない所であれよあれよという間に話が進んでいく。


「みんな、任務が終わってアルテューマに戻った時に、ダニアちゃんの料理が食べたいんだよ。王都に来る途中、ダニアちゃんが作ってくれたスープがおいしくて、みんな胃袋掴まれているのさ」


 自分の作った料理が気に入ってもらえたなら、それはいいことだ。事務員さんに、出ていくのは明後日にすると伝えると怪訝そうな顔をされたが、二重線で訂正してくれた。


 明日の買い出しのために、5日分の献立を考えなくちゃ。


 ダニアは献立と材料をメモしてからベッドに入った。明日の買い出しが楽しみだ。


・・・・・・・・・・


 翌朝、ダニアは食堂で呆然としてしまった。ロンさんが騎士服ではなく普段着で待っていたからだ。


「明日出発だから、今日は準備のために休みなんだ。だから、一緒に買い物に行こう? お金出すの、俺だし」

「あ、はあ。よろしくお願いします」


 最短ルートで戻るために宿のあるような町を通らず、食糧の補給もできない野営になるのだという。ロンさんたちの足なら3日で到着するそうだが、ダニアがいることも考えて、プラス1日。食糧は更にプラス1日分。やはり5日分だ。ダニアは小麦粉、塩、重曹、パスタ、バターとにんじんやタマネギなどの日持ちのする野菜、それに生ハムを買った。肉は途中でロンさんたちが狩ってくれるというが、処理しながら移動するのだろうか、等と考える。


「ダニアちゃん、どうした?」


 考え事をしていたダニアを、ロンが気づかわしげに覗き込んでいる。


「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけです」

「疲れた? ちょっと休憩する?」

「そうですね、露店で何か飲み物を」

「分かった! すぐに買ってくるから待っていて!」


 ダニアが最後まで言う前に、ロンは投げられた棒を追いかけて走る犬のように走って行ってしまった。ロンがアルテューマ騎士団の騎士であるということ以外、ダニアは何一つ知らない。家族も、年齢も、階級だって知らない。だが、何となく弟枠なのだ。近くのベンチに座っていると、ロンが再び走って戻ってきた。


「ダニアちゃん、これでいい?」

 

 手にしていたのは、レモンソーダだ。これはこの世界でも文句なく美味しいとダニアは思う。重曹と砂糖とレモンさえあれば作れるから、露店でもよく売られている。砂糖とレモンの配合比率はそれぞれの店で違うから、お気に入りの店がある、という人もいる。いちごの季節なら潰したいちご派とジャム派で、林檎の季節ならすりおろし林檎派とコンポート派で、なんていうふうに、みんながそれぞれに好きな味を持っているのだ。


「ロンさん、ありがとうございます。ちょっと汗をかいていたから、こういうさっぱりしたものがうれしいわ」

「よかった~!」


 ロンはニコニコしている。同じベンチに座ると一気にレモンソーダを飲み干した。


「ベリーが途中で手に入れば、ベリーソーダを作るのもありですね」

「いいね。ダニアちゃんは潰す派? ジャム派?」

「新鮮なものが手に入った時は潰しますね。でも疲れている時はジャム派ですよ」

「どっちも楽しみだ」


 空はどこまでも青く澄み渡っている。地震の影響が少なかった王都は、故郷の町とは別世界に思えた。高い建物、まっすぐな道。商売をする人々、遊ぶ子どもたち。そんな日常の人の営みが、急になくなってしまった故郷。助け出せなかった人たちを、残った人たちが弔ってくれているだろう。薄情な奴だとみんなには思われたかもしれない。でも、両親もトラヴァーさんも生きていれば、お前は料理をしろと言うに違いない。だから、ダニアは料理を諦めない。料理できる場所を探すのだ。


「さあ、あとは調理道具ですよ」

「いいよ、荷物持ちは任せて!」


 ロンとの買い物は楽しかった。旅人が使うような、軽くて小さい調理道具セットを買ってもらうと、騎士団の寮に戻って荷物を詰めた。


「じゃ、明日朝食を食べたら出発する。早めに荷物を持って食堂に来て」

「分かりました」


 ダニアが寮の部屋に戻るのを見送ると、ロンは自分の部屋に戻ろうとして、同僚に捕まった。


「お前、抜け駆けするなよ?」

「いや、俺は決めた。あの料理のうまさ、一生懸命さ、それに謙虚なところ、それでいてあんなに可愛いんだぜ? あれ以上の嫁はいないだろ!」

「ずるいぞ! 俺だって休暇が合えば・・・」

「合わなかったんだから、仕方がないよな? まあ、アルテューマに戻ればみんなダニアちゃんの料理を食べられるようになるはずだ」

「ああ、お前は旅の間もダニアちゃんの料理を食べられるんだよなぁ。羨ましすぎる」


 そうだよ、ダニアちゃん。みんなが君を狙っているって、まだ気づかないんだね?


 ロンの口元がにやける。アルテューマ騎士団に戻れば、ダニアを狙う者は更に増えるだろう。ダニアの料理と一生懸命で真面目な所に、ハートをぎゅっと捕まれてしまったロンは、ここで一歩リードしておかなければと焦っている。


「ま、あまり急いで距離をつめると、ダニアちゃん逃げるかもしれないぜ。気をつけろよ?」


 同僚が離れていった。


 助言だけはいただいておくよ。


 ロンは、にやつく自分を怪訝に見る他の騎士たちを他所に、自分も出発の準備に取りかかることにした。

読んでくださってありがとうございました。

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