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読みに来てくださってありがとうございます。
本日もお料理ありません。
胡椒を手に入れたいダニアに、一筋の光がさしますよ。
よろしくお願いいたします。
この世界に胡椒はあるのか。それが目下ダニアの料理上の悩みである。ダニアには前世の記憶がある。高校3年の秋までに勉強したことだけだろうと言われそうだが、それをきちんと理解して覚えていれば相当な知識量のはずだ。
ダニアはその時の知識を元に、コーヒーと胡椒の産地は赤道付近であり、ブラジルなどコーヒーの産出国が胡椒の産出国でもあるということも思い出していた。王都で見つけたコーヒーはこの国の南部で栽培されたものだと言っていた。ということは、南部に行けば胡椒があるはずだ。それともこの世界の胡椒とコーヒーは、前世の世界とは育つ環境が違うのだろうか。
ダニアは休みの日に図書館に行こうと考えた。だが、ロンに以前指摘されたとおり、1人で街に出ない方がいいだろう。とは言え、ロンが副団長だと知った今、簡単には声を掛けづらい。ロンは休暇を終え、王都に戻ることなくアルテューマでの勤務に戻っている。食堂にいれば勤務日は必ず食べに来るので分かるが、ロンの周りには他の騎士たちもいる。ロンにだけ声を掛けるのはそもそも難しいのだ。
ダニアは悩んだ挙げ句、ソフィアに相談した。
「あら、そんなことなら一緒に行かない?次のお休みっていつなの?」
「明後日なんですが・・・。」
「いいわ、シフトを変更してもらうから大丈夫。」
「いえ、そんなお手数をおかけするわけには・・・。」
「じゃあ、アイスクリームの作り方を先に教えてくれないかしら?レシピは騎士団からちゃんと買うわ。でも、1日でも早く領地の特産品を作りたいの。基本のアイスクリームができなければ、他の研究なんてできないわ。」
「わ、分かりました・・・。」
当日、ダニアは白いブラウスにバーガンディワインカラーのミモレ丈のスカート姿で女性騎士と事務官たちが住む寮の前に立った。子爵令嬢であるソフィアの私服がどのようなものかはわからないが、平民としてこざっぱりした服を着ていれば問題ないはずだ。
「ダニア、ごきげんよう。」
現れたソフィアも、同じような格好をしている。ダニアはソフィアがドレスを着てきたらどうしようかとそわそわしていたのでほっとした。図書館に歩きながら向かう途中で、ソフィアはダニアに女性が好みそうな店の情報を色々と教えてくれた。
「そこは雑貨店なのだけれど、女性向きのかわいいものがたくさん置いてあるわ。」
「あそこはパンケーキが美味しいのだけれど・・・きっとダニアの作ったものの方が美味しいでしょうね。」
「ここは王都で選んだ服を置いているセレクトショップなの。」
ソフィアが教えてくれる店は、きっと女性どうしで楽しめる店なのだろう。だが、ダニアは8歳から料理の道に入った。最初の1年はトラヴァーさんの店に押しかけて、2年目からは弟子として、ずっと料理関係のことしかしてこなかった。料理に付随するものとして数字や計算、メニューや注文、食材の調達のために文字の読み書きは一通り学んだし、食材に関するものは相当な知識がある。鶏を捌くこともできるし、臓物や部位の名前、位置、毒を持つ食材、そういったものの知識もある。その代わり、女の子らしいと言われるようなこと・・・おしゃれを楽しんだり、メイクやヘアスタイルを工夫したり、刺繍やリボンやアクセサリーを楽しんだりする暇はなかった。いや、そういうものよりも料理の方がダニアにとって大切だったのだ。優先順位が違うのだから、他の同年代の女の子たちと話をするのはダニアにとっては苦行である。
反応の薄いダニアに違和感を持ったのだろう、ソフィアは具合でも悪いのかと聞いてくれた。
「違うんです。私、料理のことしか知らなくて、同じくらいの女性がどんなものに興味があるのかさえ分からないんです。だから、どう反応したらいいのかも分からないし、これがかわいいといわれてもそうなんだ、これがかわいいものなんだ、としか思えなくて・・・。」
「あなた、何歳からお料理を?」
「物心ついた時には。きちんと教えてもらい始めたのは9歳です。王宮の料理人だった方なのですが、理不尽な理由で王宮から追い出されて、私の故郷で店を開いた人が私の師匠です。」
「王宮の料理人?それはすごいわね。」
「はい。師匠・・・トラヴァーさんというのですが、トラヴァーさんは薬草を料理に使うことで美味しくて体に良い料理を目指していました。トラヴァーさんの知識と私のアイディアを組み合わせて、故郷の店では料理を作っていました。王宮の料理人らしく、盛り付け、飾り切り、皿と料理の色の組み合わせ方・・・いろんなことを教えてくれました。それを勉強するのが楽しくて、他のことに興味が持てなかったんです。持つ余裕も時間もなかったし。」
「そう。だからあなた、いつも髪を一つに括っただけだったのね。どうしてお化粧をしていないのかと思っていたの。今日もすっぴんでしょう?」
「化粧は・・・肌に何か異物が付いたようで、あまり好きではないです。それに、化粧品の香料の匂いで、食材の匂いが分からなくなることがあるんです。食材やできあがった料理の匂いを嗅いで、いたんでいないかチェックしなければならないので、化粧品は邪魔というか・・・」
「でもね、化粧は相手に対して、あなたのためにきちんと身ぎれいにしました、準備しましたっていう意味もあるのよ。だから、仕事の日は仕方がないとしても、今日のように休みで外に出かける時には、薄くでいいから化粧をした方がいいわ。濃くない色の口紅を差して、顔に粉をはたくだけでも違うの。」
「匂いがないものってありますか?」
「あ~それはないわね。素材の匂いを消すために香料を使うと聞いたことがあるから。」
「外でお食事をいただく時、香料の匂いがあると料理を研究できません。」
「本当に熱心だこと。」
ソフィアは半分呆れてしまった。ソフィアから見たら、ダニアは女を捨てているようにしか見えない。それなのに、アレクサンダー団長もロンも、ダニアのことになるとまるで態度が違う。特にロンは、他の騎士や文官たちをできるだけダニアに近づけないようにしているとしか思えない。
本当に不思議な子だわ。
ソフィアはそんなダニアを、妹枠で見るようになりつつある。何となく目が離せない、離したらとんでもないことに巻きこまれそう、そんな気分にさせるのだ。
まあいいわ、私がこれからいろいろ教えてあげようじゃないの。
ダニアは何だか急に寒気を感じたが、気のせいだろうと思うことにした。
図書館に到着すると、ダニアは急いで薬草について書かれた本を探した。そして、前世の香辛料やハーブを片っ端から調べ、メモした。名前が違うだけで同じものはたくさんあったし、植生も前世の世界と同じだ。胡椒は「ラダ」という名前だった。そして、コーヒーと同じく南の暖かい地域に育つ植物だと分かった。ただ、国内では生産されず、南隣の国で生産されているらしい。輸入品は高くなる。だからこの国で胡椒が使われなかったのだろう。
胡椒は大航海時代、金と同価値であった。この国ではどうなのだろう。
「ダニア、そろそろどうかしら?」
「ソフィアさん、お待たせして申し訳ありません。」
「大丈夫よ、私も乳製品のことで少し調べ物をしていたから。」
図書館を出たダニアは、ソフィアに「ラダ」というものを聞いたことがあるかと聞いてみた。
「ラダ・・・ああ、外国の香辛料ね。とってもお高いから、なかなか手が出せないのよね。」
「やっぱり・・・。」
「ラダがどうかしたの?」
「ラダの実を砕いたものを使うと、お料理がとても美味しくなるんです。一度だけ使ったことがあったのですが、その後どうしても入手できなくて。」
「そうでしょうね。王都の市場でも滅多に出ないのではないかしら?高すぎて市場に出ずに、王宮や貴族家に直接流れるでしょうから。」
「デスヨネ~・・・。」
ダニアは騎士団の敷地の傍にある雑貨屋でソフィアと別れた。アイスクリーム作りの講習会をする約束になっているが、今日は材料が揃っていないので後日行う約束になっている。ソフィアは一緒に雑貨屋に行こうと言ってくれたのだが、来月のメニューを考えたいと言えばソフィアはダニアの気持ちを優先させてくれた。
カロリー控えめで美味しいデザートは、前世の知識を借りるしかない。寒天がほしいが、今日は天草の存在まで調べることはできなかった。
騎士団の敷地に入ろうとした時、誰かが道ばたで倒れていくのが見えた。ダニアははっとしてその人に駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「あ・・・。」
浅黒い肌のその男性は、そのまま意識を失ってしまった。ダニアは慌てて騎士団の入り口の守衛さんを呼びに行った。守衛はすぐに医務部に連絡すると、騎士を何人か連れてきてくれた。担架に乗せ、医務部に連れて行く。ダニアはいても仕方がないと思ったが、一応ついて行った。男性は目をつぶったまま汗をかいている。
「ダニアちゃん、どうした?」
ロンが走ってきた。副団長にまで連絡が行ったようだ。
「騎士団に戻ろうとしたら、この方が倒れるのが見えて・・・・。」
「そうか。後で話を聞くかもしれないが、とりあえず寮に戻っていて。できたらいつでも話が聞けるように、外に出ないで居てくれると助かる。」
「分かりました。寮の部屋にいます。」
ちらと、倒れた人を見た。ベッドの上に苦しそうにうなされている。早く良くなりますように、と口の中でつぶやいて、ダニアは医務部を出た。
読んでくださってありがとうございました。
名前のネタばらし①
ダニア・・・ヒンディー語で「コリアンダー」です。パクチーですね。
ロン・・・ヒンディー語で「クローブ」です。丁子とも言いますね。
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