第一話
九月二十五日。僕は刑務所を出所して自宅に帰った。
十年前、親友が犯してしまった罪の隠蔽の片棒を担いでしまった。親友のその泣きつくような必死の願い、我ながら人が良すぎると思いつつもその頼みを請け負い、共犯の徒となってしまった。しかしやはり今の時代の警察はそう見くびれるものでもなく、ものの数日後にはあっという間に僕たちのところへと辿り着いた。ところがこの親友、もう事件を隠すことができないと思うや否や、その罪の一切を全て僕へと押し付けた。友の策中にまんまと嵌められたのか、現場からはそれと思しき証拠が次々と発見された。僕はすぐに犯行の否認をした。事後の隠滅は共にしたが、犯行そのものは自分ではないと。しかし上辺だけの言葉よりもその根拠を重要視するこのご時世、僕の反発もむなしく結局僕は刑務所へと入れられた。
檻の中で僕は、一人失意の日々を過ごしていた。最初のうちは寄越されていた、家族からの手紙も日に日に少なくなっていき、やがて途絶えてしまった。手紙の内容は、僕自身が犯罪者のレッテルを貼られ、家族もまたそれで傷ついているということ、そして家族自身は僕のことをいつまでも信じ、待ち続けるということだった。僕はそれを読んで読んで何度も読み返して、言えぬ思いで胸が詰まりそうになった。 そうした日々が積むに積まれた今日この日、僕は自宅へと戻ってきたのだ。
家には誰も居なかった。それはみんながどこかへ出掛けている、ということではなく。あの長い長い時間は、いろんなものを失うのには十分な時間だった。父も母も、病気で亡くなってしまったということを面会の時間、数少ない知人から聞かされた。手紙の数が減り、途絶えたのもそのためだった。僕は頭の中で、母が病魔に冒されながらも手紙を書き続ける様子を思い浮かべた。そして僕はそれを思いながら、もう誰もいない居間で一人虚無感に酔いしれていた。
そんな中、インターホンの音が静寂な空間に鳴り響いた。僕は玄関の方へと向かった。ドアを開けると、そこには一人の少女が立っていた。身長などから見て高校生くらいに見えた。
「こんにちは、久しぶりね。私のこと覚えてる?」
彼女はそう言った。僕は何か、記憶の中につっかえるようなものを覚えた。この人、見覚えがある。確か、確かあの時。僕は一つの記憶を取り出した。
「確か君は、小学生の頃まで一緒にいた…」僕がそう言うと、
「ようやく思い出したみたいね。」
僕の予想は的中した。
「本当に久しぶりだな。けれどたしかお前、小学生のときにずいぶん遠くに引っ越したんじゃないっけか?」
「あなたが警察にパクられたって聞いて、こっちのほうにすっ飛んできたのよ。」
「そのわりには、僕のほうに面会に来なかったよな。」
「ムショの中で話す気にはなれないから…」彼女はそう言って俯いた。
「私はここに、あなたを助けにきたのよ。」
「助けに?」
僕は思わずその言葉に反応した。
「だって、あなたこの先、どう生活していくか迷う、迷っているんでしょ。だから私が、何とかしてあげようと思ったの。」
「助けるって、どうするつもりなんだよ。」僕は彼女にやや強い声で尋ねた。もう家族も何もない僕を、彼女はどうやって救うつもりなのだろう。僕は気になって仕方がなかった。彼女はただ、自信ありげに言った。
「過去に戻って人生をやり直すのよ。」
彼女の後についていった僕は、気がつけばやたらとコードが繋がれた椅子に座らされていた。
過去に戻るということは、タイムスリップでもするのだろうか。タイムスリップで思い浮かべるいろいろなこと。ドラえもんのタイムマシン。戦国自衛隊。バックトゥザフューチャー。『時をかける少女』のタイムリープ。
「けれど今回あなたには時代もあなた自身も遡ってもらうわ。」
彼女はそう言って僕にベルトを手際よくくくりつけていく。
「それにしてもあんな簡単に信じてくれるとは思わなかったわ。馬鹿馬鹿しいとか、そんなこと言われるかと思ったけど。」
「君が意味もなく馬鹿馬鹿しいこと言わないってことは、昔から知ってるからな。それに…」
「それに?」
「どうせ他にすることがなかったし、何より夢があるじゃないか、過去にもどるなんて。」
「こんな変な機械に座らされて、よくそんなことが言えるわね。」
「まあね。」
僕はいいながら彼女の方を見る。それにしても若い。自分と同年代の人とはとても思えなかった。
「君ってさ、あれから随分経ったのにあんまり変わらないね。」
「それは…まあ、自分なりの若さの秘訣を守ってるって言うか…」
「ふ~ん。」
僕はそれ以上聞かなかった。彼女の表情にもっと気を配れば、あるいは気づけたかもしれない。
「さぁ、準備出来たわよ。」彼女は赤いボタンみたいなものの前に立った。
「ちなみにこれ、記憶とかも遡ることになるのか?」
「う~ん、知らない。」
「知らないんか。まあいいや。」
「それじゃ、行くよ。」
「分かった。」
彼女はそのスイッチを押した。
「じゃ、頑張ってね。」
「何をだよ。じゃあな。」
荒々しい轟音と共に、あたりが眩しくなり始めた。それがしばらく続いた後、
僕の
僕の記憶は途絶えた。