ケルト神話詩『ダーナ神族讃歌』
世界の神話伝説や歴史を題材にした詩、第8弾の舞台は、かつてエリンと呼ばれたアイルランド。この国で今も語り継がれるケルト神話の神々、ダーナ神族とも呼ばれる女神ダヌの一族を讃えます。ケルト神話を題材にした詩は、正直自分がつくるのは難しいと思っていたのですが、なんとか完成させることができました。
大海原の彼方より 彼らは来たれり、エリンの島へ。
長老ダグザに王たるヌアザ、ディアン・ケヒトにアリアンロッド。モリガン、ゴブニュにオグマ、マナナン・マク・リル、オェングス――。
魔法の技に長けたる彼ら、人呼んで女神ダヌの一族、ダーナ神族とも呼ばれし民。
アイルランドの偉大なる 神々として後の世に 語り継がれし者たちなり。
彼らが持ち来たりしは四つの宝。
王者が踏めば、たちまち叫ぶ運命の石。
何人たりとも太刀打ちできぬ不敗の剣。
荒波ものともせずに海を行く、小さきながらも沈まぬ船。
そして、いくら食えども決して尽きず、常に食料あふれる大釜なり。
摩訶不思議なる魔法の力 秘めたる宝携えて、ダヌの御子たち 上陸したり、エリンの島に。
彼らに先んじこの島を 訪れし民なるフィル・ヴォルグ族、戦場にて打ち破り、先住の民フォモール族とも争いたり、エリンの島の王座をめぐり。
ダヌの一族率いるヌアザ王、フォル・ヴォルグ族と戦いし折、敵に片腕斬り落とされて、王の資格を失いぬ。
斬られし腕の代わりにと、白銀の腕つけ、フォモール族と戦うも、苦戦を強いられ、困り果てたり。
ダヌの一族が一人、凛々しきキアン、フォモール率いる魔王“邪眼”のバロルが娘、麗しのエスリンと恋に落ち、輝くばかりの御子もうけたり。
二人の息子“長腕”のルー、長じて美々しき戦士となり、馳せ参じたり、父の同胞が許へ。
己が技芸の数々 ダヌの御子らに示し、感服したるヌアザ王、ルーに王位を譲りたり。
新たな王を頂きて、ダヌの一族奮い立ち、フォモール族に決戦挑む。
ダーナ神族、この戦いで惜しみなく、己が魔法の力を振るいたり。
長老ダグザは棍棒振るい、その片端をもて並み居る敵を薙ぎ倒し、もう片方の端をもて、死せる同胞蘇らせぬ。
また白昼堂々、フォモール族の許へ赴きて、好物の粥をば振る舞われ、
「汝、残さず食わねば生きては返さじ、覚悟せよ」
とて脅されど、偉大なダグザは泰然自若、いざ馳走にならんと舌なめずり。
大地の大穴満たす粥、特大なる匙もて平らげて、敵の食料食べ尽くしたり。
鍛冶神ゴヴニュは鉄床に向かい、鎚を三度振るえば早出来上がりたり、切っ先鋭き剣と槍!
医神ディアン・ケヒトは泉にて、数多の戦士の傷をば癒し、
戦の女神モリガンは、不吉な烏に姿を変えて、その鳴き声をもて、敵の戦意を挫きたり。
かくてダヌの一族優勢となり、フォモール族は浮き足立ちぬ。
されどダーナ神族、彼らの前に立ちはだかりしフォモールの魔王“邪眼”のバロルは強大なり。
分厚く垂れ下がりたる瞼、配下の者四人がかりで持ち上げて、邪悪なる眼開きしとき、その眼差しは滅ぼさん――射抜きし者ども、ことごとく。
そのとき、魔王の孫たる“長腕”のルー、祖父の前へ出で来たり、石投げつけたり、投石器をもて。
まさに乾坤一擲! ルーが投げし石礫、開きかけし邪眼に当たり、頭の後ろへ突き抜けたり。眼球もろとも、フォモール族 数多隠れたる魔王の背後へ。
かくてバロルは討ち取られ、命運尽きたりフォモール族。
そしてダヌの一族、勝ち鬨上げて、エリンの島の新たなる 主となりて栄えたり。
されど、彼らの栄華もまた泡沫。
新たにエリンの島へ攻め来たる、ミレーの民との戦に敗れ、女神ダヌの一族もまた地の底へ――常若の国へと退きぬ。
長き時を経てその身は縮み、かつての神々、ついには小さき妖精となり果てたり。
されど彼らは今もなお、時折星降る夜に人知れず、地下よりこの世へ出で来たり、月明かりの下にて舞い踊る。
彼らの瞳に今の世は、果たしていかに映ずるや――?