色づく腐れ縁。 〜ググレカスに傷ついた幼馴染みに、急加熱でとろけさせられました〜
「なぁなぁ、海砂、腐れ縁ってどんなのをいうんだと思う?」
まさにその『腐れ縁』であろう小学校からの幼なじみ、山田 賢汰が、テレビを眺めながらそう言った。
人の家の、人の部屋の、人のソファに寝そべって。
部屋の主である私は、その足元の床に座っているというのにだ。
……まぁ、私が好きで座っているんだけども。
弄っていたスマホから目を離さずに「ググレカス」と言ったら、山田が勢いよく起き上がって、私の頭を両サイドからグワシッと掴んできた。
頭全体をワシャワシャに掻き乱されて、鳥の巣みたいにされてしまった。
つい先日の二十七歳の誕生日に、背中の真ん中まで伸ばしていた髪を、顎のラインまで切って、毛先に軽くパーマを掛けてもらった。
オシャレで大人っぽい髪型になってとても気に入っていたのに……。
「ぶはははは!」
「もぉっ……」
山田が笑いながらも、髪の毛を手櫛で整えてくれた。
その手付きがとても優しく感じてしまって、ちょっとソワソワッとした気分になった。
「よし、綺麗になったぞ」
「ありがと。……ん? ありがとうっておかしくない? ぐちゃらせたの山田だし!」
「ブフッ」
「汚っ、いま絶対に後頭部にツバ掛かった!」
二十も後半になったのに、小さな頃から何の進展もなく、双方の部屋でダラダラするだけの関係。
これこそ『腐れ縁』だと思うんですけどね?
「おーい! 賢ちゃーん、夜ご飯も食べてくのよねー?」
「うーん! 食べてくー」
階下から母が普通に叫んで話し掛けてくる。
こういう感じ、正に『腐れ縁』。
実家の近くの会社に就職しちゃったもんだから、実家から出ていき損ねて早五年。
山田もそんな感じのよう。
スマホを見るのをやめて、テレビに目をやると、お昼のバラエティ番組で、芸人さんが汚部屋のお掃除をしていた。
「ねー、山田。山田の汚部屋は片付けた?」
「まだ。汚部屋いうなや」
「汚じゃんよ。汚じゃなかったらゴミ溜めだよ」
「ゴミじゃねぇし。俺はあのくらいの乱雑さが好きなんだよ。ゴミはほとんどねぇよ」
空のペットボトルが何本も転がっていたり、ゴミ箱からはお菓子の空袋がこんもりはみ出ていたり。
脱いだ服があっちこっちに散乱し、洗濯した服もあっちこっちに散乱し、それらが混ぜこぜ。
なんかよくわからない小物もごちゃごちゃ。棚においてあったり、壁に貼り付けにされていたり。
「服とかゴチャッてるのは……ゴチャッてるけど。棚とか壁のあれ、殆どお前のくれたやつだけどな? 大切だから捨てねぇよ」
「あ、えと…………」
なんか、変な墓穴掘っちゃった。
そりゃ、私があげたんだから覚えてるけど。
…………大切、なんだ。
「あっ、制服のある仕事場で良かったね!」
「まぁ、それは思うけどな? 何をキョドってんだよ」
リハビリテーション病院に務めている山田は、病院が貸し出ししている白衣が仕事着で、クリーニングも病院が一括で行っているので、衛生面的には安心だ。
うん、安心安心っ。
「でよ、腐れ縁ってさ、海砂はどんな関係だと思ってるんだ?」
腐れ縁。
それは……切れない縁。絡まりまくった蔦のような。解けない縁。
「――――かな?」
「ふぅん」
何だ、聞いといて『ふぅん』って。モヤッとするやつだなぁと思って、スマホで『腐れ縁』を調べてみた。
「へぇ。断ち切れない、好ましくないものなんだ? それで『腐れ』なのかぁ」
「…………海砂も、そう思うのか?」
山田の妙に低い声が部屋に響いた。
別にそんなに大きい声でもなかったのに。
山田がザッピングしていたテレビで、芸人さんが爆笑していているのに。
「やま、だ?」
山田がのそりと動いて、ソファに座り直した。
なぜか私の両脇に脚を下ろすから、山田の足の間に座っているような格好になった。
なんだコレ。
今日の山田は何か変だ。
挙動不審に右見て左見て、そっと後ろ向いてみたりしていたら、後ろからスルリと脇に手を差し込まれて、グンッと持ち上げられた。
「ぎゃっ! ちょ、なにっ」
浮遊感は一瞬だけで、すぐにふかふかで妙に温かいところに降ろされた。
……多分、ってか、間違いなく山田の膝の間。
「で、海砂も、そう思ってるのか?」
「ちょ……」
後ろから耳元で、ゆっくりと、心臓を締め付けるような寂しそうな声で、囁かれた。
腕は私のお腹の前に回して、なぜか下っ腹を撫でて来ている。
何だこの手は。
何だこの格好。
何だこの熱さ。
全身が茹だるように熱い。暑い。
「なぁ、海砂。俺たちの関係って何だと思う? 俺は、『腐れ縁』だとは思いたくないんだけどさ。海砂はそう思ってるのか? なぁ、海砂が俺を名前で呼ばなくなったのは何で? なぁ、海砂――――」
「っ! 海砂海砂うるさいっ!」
名前を呼ばれすぎて、色々と問い詰められすぎて、キャパ超えして、怒鳴ってしまった。
部屋がシンと静まり返る。
耳元で、低く柔らかに。
空気を僅かに震わせるくらいの小さな声で、名前を呼ばれた。
中学に上がって、『男子を名前で呼ぶのはダメ』みたいな変な空気があった。下の名前で呼ぶのは、そういう関係だから。みたいな、何か変な空気。
だから、『賢汰』から『山田』に変えた。
もっと昔は『けんちゃん』だったけども。
さらに年齢が上がっていくと、良くも悪くも異性を遠ざける事がある。
男女交際禁止な高校だと、特に。
私と山田も、そうだった。
いや、私は山田に対してそうだった。
山田は、ずっと私のことを『海砂』と呼んできていた。
「ひきゃっ……」
右耳の後ろに、唇を寄せられ、吸われた。
山田の腕に囚われて、逃げられないから、それを大人しく受け入れた。
…………たぶん。
別に嬉しくないし。
別に好きじゃないし。
なんとなく、良いなって思うこと、何度か、割と、結構、あったけど!
山田、彼女が途切れたこと無かったし。
まぁ、山田は専門学校出たくらいからは、いなかったみたいだけど。
仕事が忙しいから、とか言ってたし。
なのに、何でこんな空気になってるの?
「なぁ、また名前で呼んでくれよ」
「山田? どうしたの? 今日の――――」
「けーんーたー!」
「もうっ、今日の賢汰、変っ」
「っ!」
お腹に回された腕が、ギュッと更に締め付けてきた。
「ちょっ、苦しい」
「嫌なら、暴れろ。殴れ」
肩と首筋の間に柔らかくて温かい感触、そしてビリッとした痛み。
「やややややまだぁっ?」
「……賢汰」
「けんった、待って待って、何でこんなことになってるの⁉」
今日は、ただ単に二人の休みが合わさっていて、『することなくて暇。今日、かぁちゃんいないから、そっちで飯食う』って言って家に来ただけなのに。
「……誕生日来た。髪切った」
急に電報レベルの会話文⁉
「二十七になったね。切ったね」
とりあえず、そう答えるしかないよね?
「……似合ってる」
「えっ? あ……ありがと」
「……可愛い」
「ひえっ? ありがとうございます?」
急にどうした⁉ 山田⁉
「今年の目標は彼氏作ることって言った」
「あ、はい」
メッセージアプリでおめでとって言われたから、今年の抱負を言いましたね、はい。
「…………いま、付き合っているやつは?」
「今というか……ずっといませんけど。いた記憶が皆無ですけど。だのに、この数日で出来るとでも⁉」
そう言うと、さらにギュムムムムッと締められた。
これ以上締められると、お昼が出てくる。
乙女の尊厳の危機!
「海砂、俺と付き合えよ。今年の夏くらいに結婚前提で」
「今年の夏⁉ 今、春だよ⁉ てか、結婚⁉ 急に現実的! しかも性急だね⁉」
「…………そんで……転勤に付いて来い」
「そっちが本題くぁっ⁉」
あまりの衝撃的な告白らしくない告白に、びっくりして振り返ったら、山田の唇が直ぐ側にあって、私のそれと軽く触れた。
「ふひゃっ⁉ いまっ、あたっ、くちっ」
「おぉ、当たったなぁ。海砂の唇、柔らけぇ」
「っ、今の、ファーストキスになるの⁉」
「…………おま……キスさえもまだだったのかよ」
「っ! うるさいっ!」
プイッとそっぽを向くと、またもや両脇に手を入れられて、ぐりんぐりん動かされてしまった。
そして、気付いたら山田の膝の上で、山田と向かい合わせ。
なんだコレ⁉
ドラマとか漫画とかの、イチャイチャバカッポーがやる格好じゃないの⁉
「海砂、返事」
「いや、あんた、それで私がオーケーするとか思ってんの⁉」
「まぁ、九割九分は。顔、真っ赤だし?」
「っ!」
そりゃあ、真っ赤だろうね!
全身熱いし、脇汗すんごいし、心臓ドコドコうるさいし。
って、あれ? 私が『彼氏が欲しい』って言ったからなの? 施しなの? 転勤に付いて来てくれる便利な女が欲しかっただけとか? そうぽそりと呟いたら、山田がムッとした顔をした。
そして、結構本気めのデコピンをされた。
「いたい」
「何でそんな斜めな思考回路なんだよ。ばか」
「だって……」
「なぁ、結婚、しようぜ」
いつもと違う目の高さ。
コテンと首を傾げて、上目遣いで見てくる。山田が。
「……付き合って、じゃなかったの?」
「あー……そこは通過イベントっつーか。最終的には、結婚して、何なら死ぬまで一緒にいてくんねぇかなぁと」
『付き合う』じゃなくて、『結婚』が目的? あれ?
「山田って、私のこと、すすすすすきだったの?」
「どんだけ噛むんだよ。ずっと好きだけど?」
「いいいいつつつづぐわっ…………いたい、噛んだ」
「だろうな。いつから? 小学校から」
「は?」
じゃあ、今までの彼女は何だったんだっていう。
「来るもの拒まず、去るもの追わず? 多少の煩悩とはけ口」
「……最低だな」
「だって、お前が俺から離れてくから……」
私がいつ離れたよ?
小中高大学、山田は専門学校だったけど、ずっと一緒にいたじゃん。
ずっと家に来てたじゃん。
ずっと山田の部屋の掃除とか手伝ってたじゃん。
「そういうことじゃねぇよ」
「どういうことよ?」
山田いわく、――――私が急に『山田』と呼びだして、距離を取った。
二人きりで遊びに行こうって言っても、友達含めての大人数ならとか、家で遊ぶんならいいとか言って、外で二人きりの所を他人に見られたくない、って雰囲気を出してきた。
バレンタインのチョコが他のやつと同じものだった。
中学校も高校も修学旅行の自由時間に会うのを嫌がった。
大学に行って、可愛くなった。
サークルの先輩が、とか何か他のヤツの事を話すとき、女の顔するようになった。――――だそうな。
チョコは……包装紙が一緒だっただけです。
自由時間は、まぁ、単に別クラスの山田との待ち合わせとか、冷やかされそうで恥ずかしかったから。
「…………女の顔?」
「胸強調するようなタイトな服とか着るようになった」
「いや、流行りとかさ……てか、まだ続くんすか?」
「香水も。急に付けだしたよな」
「香水――――」
香水は、山田の最後の彼女が付けてたみたいで、移り香が鼻について離れないから…………打ち消したくて、付けるようになった。
「へぇー」
山田がニヤニヤしながら、私の首筋に鼻を擦り付けた。
何かエロい!
行動が、物凄くエロい!
「この匂い、好き」
「っ、どぉぉおもっ」
ふふっと笑われて、その漏れ出た吐息に首筋を擽られて、身体がビクリと震えた。
「まぁ、そういうわけで、ずっと燻らせててた想いを、今日伝えようかと思ってた訳ですよ。ふとテレビで流れた『腐れ縁』を糸口にと思ったら『ググレカス』ときたもんだ。純情少年の賢汰くんのメンタルがボロボロですよ。こりゃもう、今日中に決着、したくなるよな?」
「な? と、言われましても……」
純情少年、に突っ込んだら駄目なんだろうか?
あと、いつまで膝に跨がっていなきゃなんだろう?
ちらりと見た山田の手は、私の後ろの腰辺りでガッチリと組まれている。
軽く引っ張ってみたけど、うんともすんともいわなかった。
「で? 結婚してくれんの?」
「ま、まぁ、いいけどぉ? そう言わないと、離してくれないんでしょ?」
「ん、まあな! ほら、屈め」
首の後ろに手を添えて、前屈みになれと言ってくる。
ラブい経験はないものの、ある程度……結構いい大人なので、何をするかは分かるわけで。
そっと、山田の唇に、自分の唇を重ねた。
――――腐れ縁。
それは……切れない縁。絡まりまくった蔦のような。解けない縁。
私と山田、もとい賢汰のような――――。
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