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絶対にイタしません!  作者: Nixe(ニクセ)
3/9

お忍びデート①

 翌日は快晴で、お出かけ日和だと心が弾む。リコリスは城下町の出身ではあったが、私が転生した際には既に側室として後宮に召されていたので、実際には私も城下町に降りるのは初めてなのだ。側近の指定してきた時間と場所は『4の刻に勝手口の前』であった。3の刻は現代でいうところの朝の8時くらいだ。指定された時間に厨房の勝手口に向かうと、そこには既に黒鹿毛の美しい毛並みの馬とレオニード、そしてアンティークグリーンのマントを纏った男性が立っていた。

「おう、さま……!?」

 普段の気品の漂う衣装は当然ながら恰好良かったが、平民に寄せた今日の恰好は違った意味で素敵だった。チョハのような服で、腰がきゅっと引き締められて彼の体躯の良さを際立させている。

「来たか。では早速出発するとしよう」

 あまりの恰好良さに私がたじろいでいるとも知らず、王様は流れるような仕草で私の右手を取ると愛馬の元へと歩み寄る。

「我が愛馬のアンヴァルだ。アンヴァル、こちらは我が寵姫のリコリスだ」

「ちょ、寵姫!!?」

 突然何を言い出すの、この方は!! と茹蛸の如く真っ赤に染まっている私を他所に、アイザックはアンヴァルの首筋をポンポンと撫でてやっている。

「乗馬の経験は?」

「えっ!? 乗馬!?」

 未だ先程の衝撃発言にバクバクと煩い心臓を宥めていれば、唐突にそう問いかけられて声が更に裏返る。お忍びで良くという時点で考えるべきだった。共を連れていくこともないのだから、馬車ではなく、馬に乗るのが普通だ。

「ご、御座いません」

「そうか。でも、安心するが良い。アンヴァルは人を見るのでな。乗せたくない相手なら即座に振り落とす」

 えっ!? それって全然安心出来なくないですか!? 寧ろ私は振り落とされる側なのではと青ざめる隣で、アイザックはニッと笑みを深める。

「安心するがよい。流石に一人で乗せるような真似はしない」

 レオニードがアンヴァルの隣にサッと踏み台をセットする。どうやらそれを使って馬に跨れということらしい。いやでも、この子、人を見るんでしょう? 私確実に振り落とされると思うんですが……と、隣に立つアイザックを見上げれば。

「大丈夫だ」

 彼はそれだけいうと、愛馬の尻の辺りをポンポンと軽く二回叩いた。もう逃げるという選択肢は残されていないらしく、諦めてそっと黒鹿毛に手を伸ばす。私のその行為に気付いたのか、アンヴァルが首を捻ってこちらを見つめてきた。

 濡れたような大きな黒目と目が合う。彼もこちらを模索しているのだろう。本来であれば主である王様だけを乗せたいのであろうに、彼も耐えているのかと思うと、急にその巨体ですら愛らしく感じられた気がした。

「ごめんね、今日だけ乗せて貰える?」

 自然とそんな謝罪が口を突いて出てくる。それからすりすりと首筋を撫でると、アンヴァルはぶるるると鼻を一度鳴らしてから前を向いた。その様子を確認してから、私は一気に踏み台を踏んで鞍に跨る。

「乗れましたよ! 王様!」

 馬アンヴァルの上ではしゃいでいると、眼下でアレキサンドライトの瞳が見開かれていた。

「やはり、そなたは只者ではないらしい」

 それはどういう意味ですか? と尋ねる間もなく、アイザックが鐙に足を掛けてひらりと愛馬に跨った。瞬く間に私は彼に背後から抱きしめられる形になっている。

「……っ!」

「離れようとするなよ、バランスを崩せば流石のアンヴァルでも落馬する」

 背中から響く低音にコクコクと首を縦に振る。あぁ、今彼に背中を向けていて良かった。私の顔は再程の衝撃の寵姫発言の時より赤いかもしれない。

「では行ってくる。夕刻までには戻る予定だ」

「お気をつけて」

 レオニードとベルナが頭を下げるのを見下ろして、アイザックはアンヴァルの脇腹を軽く蹴る。それを合図にアンヴァルがゆっくりと歩き始めた。

「ひゃっ……!」

 臀部の下が突如グラグラと揺れだして恐怖に前のめりになりそうになるところを、腹部に回されてた腕がグッと引き寄せる。

「大丈夫だ、私にしっかり寄りかかっていろ」

「いや、でも、そうしたら王様が重いのでは?!」

 いわゆる座椅子の座面みたいになるわけでしょ? 王様を流石に座椅子代わりには出来ないと背中を離そうとすれば。

「離れるなと、そう言っている」

 ギュッと更に抱き寄せられてしまう。背後から爽やかな香りが漂ってきたのを感じて、硬直する。なんていい匂いなの!? イケメンは匂いまで爽やかなのね!! 初めて感じるアイザックの匂いに、鼻血が噴き出しそうなくらい顔が熱い。

 揺れる馬上に、腰に回された力強い腕、更には鼻を掠める彼の匂いに、もう何に酔っているのかすら分からない。クラクラする視界に押し黙っていると、アイザックがポンっと軽くアンヴァルの腹を蹴る。

「少し飛ばす。口をちゃんと閉じておけ」

「え、ちょ……!」

 答える間もなく駆け出したアンヴァルの馬上で、私はただただ舌を噛まないように必死に唇を引き結んでいた。

 時間にして15分ほど駆けただろうか。私がふぅふぅと息を乱していると、アイザックが手綱をやっと緩めてくれる。昔ロデオマシーンなるものが流行ったけど、確かに乗馬って凄い運動量なんだなと、今更ながらダイエットマシーンの開発者を称賛していれば、視界の先に街並みが見えてきた。常歩にまで落とされたアンヴァルの馬上で、王様が徐に口を開く。

「いいか、ここからは俺のことを『クシュカ』と呼べ」

「俺!? クシュカ!?」

 あまりの衝撃にガバッと振り返ると、積み荷のバランスが崩れたのか、アンヴァルがぶるると鼻を鳴らしてその場で数歩足踏みをする。

「馬上で暴れるな。アンヴァルが嫌がっている」

 どうどうとアイザックが首筋を撫でると、アンヴァルは落ち着きを取り戻して再び常歩を始める。

「きゅ、急に『俺』とか言い出すからです……」

「普段の口調では、明らかに民に訝しがられるだろう」

 そ、それはそうかもしれないですけど、なんかもう今日は心臓が幾つあっても足りないくらいです!

「王様とか、王とか決して呼ぶなよ?」

「ど、努力します」

 もう本当に色んなものに酔いそうと思いながら、私は近づいてくる街並みをじっと眺めていた。

 たどり着いた街はずれの厩にアンヴァルを預ける。流石に街中を馬で歩き回るわけにはいかないからだ。そこからは二人並んで中心地を目指す。

「今日は、一体何の視察に?」

 そういえば今日の目的を聞いていなかったと思い至り尋ねてみる。アイザックは前を向いたまま歩みを止めることなく。

「特に決めてはいない。リコリスの行きたいと思う所に連れていってくれ」

「え!? だって、お忍……むぐっ!?」

 急に振り返ったかと思えば、大きな掌で口元を塞がれる。そのままアレキサンドライトの瞳が近づいてきて、瞠目して固まる。

「お忍びや、視察と申すでない。勘づかれるであろう」

 耳朶を彼の吐息が擽って、私は思わず『ひっ!』と間抜けな声を上げて飛び退く。頬が燃えるように熱かった。

「……なんだ? どうかしたのか?」

 私のその様子に何か思うところがあったのだろう。アイザックは意地の悪い妖艶な笑みを浮かべて私を見下ろしていた。

「耳元で話すの、止めて下さい!」

「何故だ?」

 絶対この人、楽しんでる!! しかも明らかに私を揶揄っているのが解る。えぇ、そうですよ! どうせ私はこういうのに慣れてないですよ!! 現世での颯志とのお付き合いだって、キス止まりでしたからね!!

「く、擽ったいからです!!」

 この人にとったらこんな戯れ、大したことないだろうに。そんな彼の行為をサラッと流せない自分の経験値の低さが余計に悔しい。ドシドシと大股に歩き始めた私の背後でくすっと笑い声が漏れ聞こえてくる。えぇ、えぇ、どうぞ好きなだけ笑って下さいよ!

 大股で歩いていたはずなのに、即座にアイザックに並ばれて、改めてリーチの違いを痛感する。イケメンの上に脚も長いとか本当になんなのと、彼に過剰に祝福を与えすぎる神を罵りたくなった。

 そのまま並んで歩いて、とりあえず中央広場で開かれていた市をぶらぶらと歩き回る。ある程度覚悟していたが、店頭に並ぶ商品の値札が全く読めず、リコリスの識字の低さを改めて認識した。後宮に戻ったら、早速誰かに習わねばならないなと思う。

「どうかしたのか?」

 値札の前でしかめっ面で腕組みしている私に気付き、王様が声を掛けてくる。

「これ、幾らって書いてありますか?」

「これか? 350マールだな」

 あぁ、確かにこの世界の通貨はマールだったと小説の内容を思い出す。でも350マールがどれ程の価値なのかがよく分からない。その辺も後で誰かについて学ばないとならないかと頭が痛くなる。

「文字に興味があるのか?」

「そうです」

 この先、後宮でずっと暮らせるとは限らない。特に王の御子を宿すつもりがないことがバレれば、明日にでも後宮を追われる可能性はある。そうなったとき、一人でも生きていけるだけの力が欲しい。そのために、どんな知識でも叩き込んでおかなくてはと思う。

「そうか。ならばあとで教えてやろう」

「は?」

 教える? 誰が? と尋ねれば、当然のようにトントンと指先で自分の胸元を叩くアイザック。

「え!? おう……じゃなくて、クシュカが!?」

「十分な知識はあるつもりだが? 俺では不満か?」

 十分な知識どころか、貴方は最上位の教育を受けてるはずじゃないですか!! いやでも、そういうことじゃなくて!!

「不満はない、です。でも、そんな時間ないでしょう?」

 平民出身の側室のために。貴重な自分の時間を割いてまで教育を施す必要が何処にあるというのか。

「お前が望むなら、時間くらい幾らでも作ってやるぞ?」

「~~~っっ!!」

 『お前』とか言ってきた、この人!! 挙句、そんな甘い言葉まで吐いて! これ以上私を骨抜きにするの、本気で止めて欲しいんですけど!? カッカッと火照る顔が熱くて堪らない。ほんの僅かでも隠したくて、手の甲で覆いながらそっぽを向く。

「では、機会があれば、宜しくお願いします」

「わかった」

 傍でクッと喉が鳴るのが聞こえる。アイザックが笑った声だと思うと、更に羞恥が増した気がした。

 更に市を流し見しながら歩き続け、街中の商店も見て回る。市もそうだったが、街は買い物客で溢れ、活気に満ち溢れていた。これもアイザックの統治が安定的であることの証拠だ。

「いい街ですね」

 隣を歩くアイザックに聞こえるように零せば、彼の視線が落ちてくるのを感じた。

「これも王様の統治の賜物でしょう。この街も、この国も、現王を掲げることが出来て、幸せだと思います」

 ありのままを呟いた私に、アイザックが返す。

「どうして、そう思う?」

「市民を見ていれば、分かることでしょう。皆、生き生きと輝いています。例えば重税を掛けられていたり、圧制を強いられていては、ここまで皆輝けないでしょう。そしてこれだけ品物の流通が確保されているのは、この土地に合う農業と工業がきちんと営まれている証拠です。その地盤を築けているのは、王様の政策が正しいからです」

 どこかで子供がはしゃく声が聞こえてくる。小さな子が居るということは、この街が次の世代へときちんと引き継がれている証拠だ。アイザックは見た目だけではない。王としてもやはり優秀だったのだと実感すれば、私の胸がほっこりと暖かくなる。しかし、続くアイザックからの言葉に、生まれた熱が瞬時に冷やされる。

「お前……そんなことを何処で学んだ?」

 ハッとして右隣を振り仰ぐ。アレクサンドライトの瞳が、探るように私を見つめていた。

「いえ、特には……。思ったことを言ったまでで」

 しまったと思ったが、全て後の祭りだ。確かに今の発言は、平民出身の娘が話すような内容ではなかっただろう。現世で学校教育をある程度受けたからこその発言だったと、自分の失言に臍を噛む。

 今の発言に、アイザックは何を思っただろう? 少しばかり頭の切れる娘だとでも思ってくれれば有り難いが、彼の先程の発言からその程度の軽傷で済んだとはあまり思えなかった。

 その後は特に訝しまれることもなく、街中で気になったサンドイッチと串焼きと果実水を購入し、その足で少しだけ郊外へと足を伸ばす。大きな木の下に青々と茂る草原を見つけ、二人並んで腰を下ろした。早速先程購入した商品を広げて、二人で噛り付く。どうして外で食べる食事って、こんなに美味しいのかなぁ!

「美味しい~!」

 もくもくとサンドイッチを味わっていると、隣でアイザックも『そうだな』と相槌を打ってくれる。まぁ、彼の普段の食事からしたら、かなり質素だとは思うけれど。

「外で食べる食事って、味わいが違うと思いません?」

「状況による」

 『状況』という彼の言葉に首を捻っていると、アイザックが解説してくれた。

「こうやってお前とのんびり食べる分には旨いと感じるが、戦場で隙を見て掻き込むような食事は決して旨いとは感じられない」

 彼の言葉に、グッと喉を詰まらせた。そうだ、アイザックの統治が始まってから戦らしい戦は開戦していないが、この先戦を全くすることなく統治を続けることは難しいだろう。

「すみません。私のような者には解りかねる状況でした」

「いや、だからこそ、だろう」

 さぁぁっと風が吹き抜け、頭上の木の葉を揺らして去っていく。サファイアブルーの髪が陽光を受けて、キラキラ煌めいていた。

「こんな風に、お前と外で食べる食事が旨いと余計に感じられる。こういう瞬間を大切にしたいと、そう強く思う」

 木漏れ日で緑と赤紫の混じった瞳に引き寄せられる。本当に美しいと感じた。

「リコリス、またこうして外で食事をしよう」

 なんだかそれが切望に聞こえてしまって、私は何の考えもなしに、ただ『はい』と頷いていた。

デート、もう少し続きます。

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