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第161話 最後の試練

「お前たちに課す試練は次で最後だ。最後の試練をクリア出来れば、約束通り浮遊石を与えよう。さあ、階段を上れ。最後の試練に挑むがいい!」


 塔の守護者アリスの言葉に、歓喜の表情を見せる一行。


 これまでの試練で本気で挑まなければならなかったものは数えるくらいしかない。大半の試練は多少汗をかく程度の運動や、そもそも試練と呼ぶのに異議を唱えたくなるようなものばかりだった。


 彼らを苦しめていたのは試練の内容などではなく、いつ終わるとも知れない試練の数々だ。その試練もこれが最後と聞けば喜びもしよう。


 クライヴが部下達を振り返る。


「最後もふざけた試練を課すつもりか、それとも最後こそクリア困難な高難度の試練を用意しているか……。まあ、どちらにしても俺達は挑まざるを得ない。気を引き締めていくぞ」


 クライヴの言葉にオットが応える。


「何となく高難度の方が来る気がするな。ああ、何だか枯れ果てた闘志がまた湧き出てきたぞ」


 オットの気合の入った言葉に、カリーネが顔をしかめる。


「やめてよ。ふざけた試練には腹も立つけど、楽にクリアできるならそれに越した事はないわ」

「そうだ、そうだ! 俺達はオットみたいな戦闘狂じゃないんだ。変なフラグが立ったらどうしてくれるんだよ!」


 タツヤの抗議に首を捻るオット。


「変なフラグって何だ?」



 ◇



 慎重に階段を上るクライヴ達一行。

 最後の試練が待つフロアは、なぜか照明が点いておらず周囲は真っ暗だ。

 アクセルが警戒感を露わにし、何も見えない暗闇を睨んでいる。


「気を付けろ。何だか分からんが、かなりやばい予感がする」


 その時、立ちすくむ一行の前方に一筋のスポットライトが照射された。


 スポットライトの光の中に女が一人立っている。豪華な騎士服を着た、長い金髪をなびかせた女だ。

 エデン帝国の常として、この女も仮面で目元を隠している。


「皆さん、よくここまで登って来られました。私はエデン帝国皇妃エバ。バベルの塔最後の守護者であり、あなた方に試練を与える者です」

「皇妃だと?」


 クライヴの目がすっと細まった。


「あなた方に課す最後の試練は、これまでの試練とは趣旨が異なります。気を抜いていると大怪我をします。十分に注意して下さい」


 皇妃エバが右手を暗闇に差し向けた。すると腕が指し示した方向に、新たなスポットライトが灯った。

 スポットライトが照らし出した先には、剣や槍の武器類、それに盾や鎧などの防具が所狭しと並べられている。


「最後の試練として、あなた方には魔物と戦っていただきます。ここに用意した武器や防具は自由に使って構いません。魔物を倒したり行動不能に追い込んだ場合、もしくは私があなた方の勝利を宣言した時点で、この試練はクリアとなります」


 皇妃エバが腕を別の方向に向けた。その腕の方向にまたスポットライトが灯る。

 第三のスポットライトの光が、何か大きな物体を照らし出している。


「隊長! 飛竜です! ワイバーンがいます!」


 フロア全ての照明が一斉に灯された。周囲の状況が露わになる。


 フロアの中央に黒く大きな飛竜が立っている。

 翼は畳まれているものの、鋭い牙の生えた口を大きく開き、赤く光る両目でクライヴ達を威嚇している。太い尾はゆっくりと左右に揺れている。


「おい! 冗談はよせ! あんなのと戦えって言うのかよ!」

「私達はただの密偵なのよ! 飛竜なんかと戦える訳ないでしょ!」

「おい、どうしてくれるんだ! オットが変なフラグを立てたせいだぞ」

「だからフラグって何だよ!?」


 騒然となる一同を皇妃エバが宥める。


「確かに飛竜が全力を出せば、あなた方に勝ち目はないでしょう。ですがここは塔の中。この階層に飛竜が自由に飛び回れるだけの高さはありません。飛べない飛竜が相手なら、あなた方にも勝機はあると思いますが」


 イングリッドがじっと皇妃エバを見つめている。


「隊長。もしかしてあの皇妃、巷で噂の飛竜の騎士では?」

「そうだな。飛竜を従えた長い金髪の騎士がそうそういるとは思えん。飛竜を駆り帝都バベルの治安を守る皇妃とはな。この国には本当に驚かされる」


 彼らの会話が聞こえていたのだろう。皇妃エバがはにかんだような笑顔をみせた。


「お恥ずかしい限りです……。では十分後に最後の試練を開始します。準備を整えて下さい」



 クライヴが皆を振り返り指示を出す。


「オット、アクセル。使えそうな装備を選べ。飛竜との戦いとなると、お前達だけが頼りだ。強敵だが奴を倒さん限り俺達は前に進めん。頼んだぞ」

「本来なら大人数で包囲して戦う相手ですが、飛べないのであれば確かに俺達にも勝機はあります」


 オットは用意された装備の中から長い槍と重厚な鎧を選び出した。

 そしてカリーネとタツヤに手伝わせ、重たい鎧を全身に着込む。


「これでいい。……カリーネ。もし……、もし俺が暴走したら……、その時は……」

「分かってるわ。ちゃんと面倒見てあげるから、間違ってもイングリッドの方に行くんじゃないわよ」

「すまん」


 オットがその場を離れると、タツヤがカリーネに訊ねた。


「カリーネ。今のは何の話?」


 カリーネはしばらくためらっていたが、やがて重い口を開いた。


「オットは常人の数倍の力を出せる『剛力』ってスキル持ちなの。発動させれば数分間効果が続くし、一分くらいの待機時間で再発動も可能よ。使用回数の制限なんてないから、スキルを使いこなせれば戦闘で無双が出来るわ」

「凄いじゃないか。普通、身体強化系のスキルって持続時間が短いし、連続使用が出来ないんだよな。いや待て。……さっき暴走って言ったな」

「ええ。剛力のスキルは何度も連続して使えるけど、限度を超えると突然理性を失って暴れ出すの。限界値はあいまいでスキルを二十回使っても平気な事もあれば、五回で暴走した例もあるわ」

「限界が分からないってのはやっかいだな」

「ええ。一旦暴走するともう誰にも止められないから」


 タツヤがカリーネの顔を正面から覗き込んだ。


「カリーネの魅了のスキルで、暴走したオットを止められるのか?」

「私の魅了のスキルは関係ないわ」


 カリーネがタツヤから顔を逸らした。


「オットは昔、エルドラ帝国軍の兵士だったのよ。自慢の剛力で敵の武将を何人も討ち取り、将来を有望視されていた。ある時、攻め込んだ街でスキルを使い過ぎて意識を失い暴走。気が付いた時には街娘を捕まえて乱暴してたそうよ。まあ、攻め込んだ街での乱暴狼藉なんて戦場の常だから、何も問題にはならなかったようだけど」

「いや、問題大ありだろ……」

「オットは自分を責めたけど、それでもスキルの使用は止めなかった。確実に戦果を挙げるには、暴走の危険を冒してでもスキルを使い続ける必要があったから。それで何度か同じような事件を繰り返した結果、周囲の者もやっと気が付いたわ。暴走しても女をあてがえば止められるってね」


 何とも言えない重苦しい雰囲気が周囲に漂う。


「剛力で暴れ回るオットを放置もできないでしょ。女を抱けば理性が戻るっていうなら、私が彼を引き受けるわ。流石に生娘のイングリッドに相手をさせられないでしょ」

「カリーネ……」


 タツヤが泣きそうな顔でカリーネを見ている。


「気にしなくていいわ。私は元々男好きな女なのよ。男と寝て情報を引き出すのが仕事だし、それを嫌だと思った事はないの。仲間内で関係を持つと面倒事になるから普通はしないんだけど、こういう状況なら仕方ないわ」

「…………」


 しばしの沈黙の後、タツヤが口を開いた。


「カリーネ、君が犠牲になる必要はない。もしオットが暴走したら俺が奴を止める」


 カリーネが驚いた表情でタツヤを見る。


「ありがとう。言葉だけでも嬉しいわ」


 カリーネがタツヤの顔を引き寄せ、そっとキスをした。


「私達は皆、スキルの力を暴走させて居場所を失っているの。もう後がないの。ここで浮遊石を手に入れない限り、もう国にも帰れない。だからオットも暴走覚悟で戦うし、私も自分に出来る事をするまでよ」


 タツヤがカリーネの手を取った。


「大丈夫だ。浮遊石は必ず手に入る。国にもすぐに帰れるよ。……すぐにね」


 カリーネとタツヤが熱心に話し込む傍らで、クライヴはアクセルとイングリッドを相手に指示を与えていた。


「イングリッド。何とかしてあの飛竜を鑑定しろ。奴の弱点を調べるんだ」

「隊長。私の鑑定は物専門です。生物の鑑定なんて、よほど調子が良くないと出来ません」

「俺の勘だが、たぶんあの飛竜は生き物じゃない。エデン帝国が生み出したゴーレムだ」


 以前、エデン帝国の飛竜がエルドラ帝国から不法に連れ出されたものでないかと疑念を抱き、通信用の魔道具を使い本国に問い合わせた事がある。

 だが返って来た答えは『所在不明となっているワイバーンはいない』だった。


 ということは、エデン帝国の飛竜はエルドラ帝国から盗まれたものではなく、元々エデン帝国領に生息していた種なのかも知れない。

 確かにエデン帝国とエルドラ帝国の飛竜では、若干特徴が違うような気がしないでもない。


 だがこの地域で飛竜の存在が明らかになったのは、ここ数か月の事である。

 怪しい。怪し過ぎる。


 前にイングリッドが鑑定した鬼ごっこの鬼は、機械仕掛けのゴーレムだった。

 だとすれば、目の前の飛竜がゴーレムだとしても、何の不思議もない。


「正面から戦ってもあの飛竜に勝てる気がせん。奴に弱点があるならそこを衝きたい」

「あの飛竜がゴーレムだとしても、直接触れないと鑑定は出来ませんよ」


 クライヴがアクセルの肩に手を置いた。


「アクセル。お前のスキルでイングリッドを抱かえて飛竜に迫れるか?」

「無理だよ。そんな事したらイングリッドが加速の衝撃で気絶する。……いや、そこは俺が力を加減をすれば大丈夫か。……そうだな、何とかなると思う」


 クライヴが大きく頷く。


「よし。作戦を伝える。オット、飛竜と対峙し奴の注意を一身に引き付けろ」

「了解。そうなると大盾が必要だな」

「アクセルはイングリッドを抱かえて突入のチャンスを待て」

「了解」

「イングリッド。アクセルがお前を飛竜まで連れて行ったら、すぐに鑑定だ。飛竜の弱点を探れ」

「分かりました」

「奴の弱点が分かったら、オットとアクセルでその弱点を攻め立てろ。残りの者は二人の支援だ。鑑定に失敗、もしくは弱点が見つからなかったら……、その時はその時だ。とにかくやってみよう」


 作戦というにはお粗末な内容だ。だがクライヴは密偵であり、魔物との戦闘など門外漢だ。そうそう的確な指示を出せはしない。


「準備は整ったようですね。では最後の試練を始めます」


 開始の宣言と共に皇妃エバの姿がかき消えた。

 残された黒い飛竜が雄叫びを上げる。


「グオーーーーーーッ」


 最後の試練の幕は切って落とされた。


「さあ、こっちへ来いや。この黒トカゲ!!」


 タンク役のオットが大盾を構えながら、大声で飛竜を挑発する。

 飛竜が翼を大きく広げオットに襲い掛かる。

 鋭い爪でオットを狙う飛竜と、大盾でその攻撃を防ぐオット。


 暴れる飛竜の背後で、イングリッドを横抱きにしたアクセルが飛竜へ飛び掛かるタイミングを計っている。


「おーい! こっちを見ろ!」


 槍と盾を構えたタツヤが、飛竜の前に躍り出た。

 タイミングが掴めず、動けなくなったアクセルを見て、加勢に出て来たのだ。


 オットとタツヤを交互に見比べた飛竜が、タツヤを目標に定め襲い掛かった。

 飛竜の鋭い爪が、タツヤの持つ盾を弾き飛ばす。


「ぎゃーーー! オット、助けてーー!」


 盾を失い一目散に逃げ出すタツヤ。それを庇うように飛竜との間に割り込むオット。

 オットは大盾を構えながら、背後のタツヤに称賛の声を掛けた。


「やるじゃないか、タツヤ!」


 飛竜がタツヤに襲い掛かるタイミングを逃さず、アクセルが飛竜の背後へと飛び込んだのだ。

 アクセルに抱えられたイングリッドが、素早く飛竜に手を伸ばし鑑定を行う。


 飛竜は背後に現れた気配に驚き急いで振り返るが、鑑定を終えたイングリッドとアクセルは既に離脱した後だ。


 イングリッドが大声で叫ぶ。


「あの飛竜は確かにゴーレムです。皮膚は防刃対策がしてあり切り裂くのは困難。槍による刺突、もしくは鈍器による打撃が効果的。口から火炎を吐きます。首の動きが止まったら火炎攻撃の前兆なので注意。体内に閃光弾を隠してます。小さな玉が転がり出てきたら目を閉じて。構造的に両翼の付け根が一番脆そうです。翼の付け根を破壊出来れば、破壊口から槍で体内を突けます。胸の中心に魔石あり。魔石を破壊すれば活動は停止します」


 そう言い終えるとイングリッドは崩れ落ちた。慌てて抱き留めるクライヴ。

 イングリッドは目と鼻から赤い血を流して気絶していた。

 どうやら無理にスキルを行使した反動のようだ。


「イングリッド、よくやった。後は俺達に任せろ」


 クライヴはイングリッドをカリーネに預けると、並べられていた武器の中から戦槌を手にした。


「全員、聞こえたな。イングリッドの情報を無駄にするな。狙い目は奴の腕の付け根。オットは正面から、アクセルは背後から、俺とタツヤで左右からだ。ここが正念場だ。かかれ!」




 三十分後。


 フロアの中央に、右腕を失い無残な姿で横たわる黒い飛竜の姿があった。

 破壊され金属部品が覗く右肩には、太い槍が突き刺さっている。

 槍の穂先は飛竜の胸の中心を貫いているようだ。


 倒れた飛竜の上では、槍を高々と掲げたオットが雄叫びを上げている。


「どうだ! 倒したぞ! とうとう飛竜を倒したぞ! 俺達の勝ちだ!!」


 飛竜は倒された。最後の試練はクリアされた。


 だが勝った側も惨憺たる状態だ。


 金属鎧で炎のブレスを受けてしまい、全身にやけどを負ったオット。

 飛竜の鋭い爪に引き裂かれ、腕に深い裂傷を負ったアクセル。

 太い尾で強打され、全身打撲のクライヴ。

 鑑定スキルを使用した反動で、全身から血を噴き出したイングリッド。

 ひたすら逃げ回ったおかげで、擦り傷、切り傷程度で済んだタツヤ。


 無傷なのは、直接戦闘に加わらなかったカリーネだけだ。

 幸いな事に何度も剛力のスキルを使ったオットに、暴走の気配はない。


 満身創痍で勝利を喜ぶクライヴ達の前に、皇妃エバが姿を現した。


「最後の試練はクリアされました。最上階への階段を解放します。……ですがその前に」


 いつの間にかクライヴ達の前に、幾人かの男女が立っていた。

 例によって目元を覆う仮面で顔は隠されている。


「ご安心下さい。彼らは治癒魔術師です。最上階に上る前に治療しておきましょう」


 治癒魔術師は持参したポーションをクライヴ達に飲ませ、その上で治癒魔法をかけていく。

 ポーションと治癒魔法の併用で、彼らの負った傷がみるみる消えていく。


「これでいいでしょう。さあ、階段をお上がり下さい」


 課された試練は全てクリアした。

 約束通り、エデン帝国は浮遊石を渡し彼らを地上に戻してくれるのか。

 クライヴの胸中に一抹の不安がよぎる。

 あの階段を上がれば、全ては分かる。


「皆、行くぞ」


 クライヴはゆっくりと階段を上り始めた。他の者もそれに続く。

 カリーネも後に続こうと階段に足を掛けたが、タツヤの姿がないのに気付くと足を止めた。


 振り返ったカリーネは見た。


 倒され動かなくなった飛竜を、哀しそうな表情で見つめる皇妃エバの姿を。

 そしてそんな皇妃を慰めるかのように、何か小声で話しかけているタツヤの姿を。


 カリーネが呟く。


「タツヤ……。あなたは……」


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