危急存亡の秋…の10
フリティアは拍子抜けであった。先ほどから怪奇的な現象を幾度も目の当たりにしているのだが、どれにもこれにもタネも仕掛けも存在している。幽霊などは信じていないが、こうもこけおどしばかりだと、この地下牢の先で待つ数々の『恐怖の装置』を用意した人物がどういう意図を以てこの準備したのか気になるところだ。
(我々を奥へといざなうため…?)
壁から手が飛び出して来たり、牢屋の扉の一つが突然一人で開いたり。そのたびにルリは叫びだしそうになったが、見えない相手の攻めの手の激しさを感じ取り自ら口をふさいでいた。
「フリティアさん、まさかとは思いますが。」
キーウィが辺りを確認している。
「…ここ、お化け屋敷ですか?」
「ここは砦の地下牢ですよ、何言ってるんですか、キーウィ。」
ルリが代わりに答えて訂正をするが、キーウィが言いたいことをフリティアは理解していた。驚かせたりびっくりさせたりすることが目的だとしたら、つまりはキーウィの言う通りそういうことである。
「最奥まで行かなくてはそれはわかりません。先に進んで消えていった人々も気になりますし。」
「そ、そうですね。」
ルリは決意を新たにしたようだが、もしかするとそんなに焦るほどのこともないのかもしれない。そう思った直後。
後方からさび付いた鉄格子が開く音が聞こえた。
「ひゃっ!?」
ルリが驚いて後ろにライトを向ける。だがそこには何もない。また先ほどと同じように扉が勝手に開いていただけだ。
「…なんなんですか!」
少し怒ったような声で動いた扉に向かってルリが叫んだ。
「まあまあ、巫女様。」
キーウィはもうすでにここをアミューズメント施設だと決め込んだようで暗闇でもわかるほど気の抜けた表情でルリをなだめた。これまで危害を加えられるような危険な事態はほとんど起こっていない。その事実だけで3人はまだまだ続くこの長い地下牢を歩いていた。
「俺気になってたんですけどね。」
とキーウィがルリに話しかける。
「幽霊はマナだって言ってたじゃないですか、巫女様。」
「はい、そうですが。」
ルリもすでに落ち着いて、今は光の先に何が出てくるかを注視している。
「でしたら、巫女様の魔法で操ったりすることはできないんですか?」
「……それは。できなくはない…のですが。」
魂魄を操るのはどうやらルリたちにとっては禁忌とされているようである。穢れの満ちた邪悪な霊魂であれば打ち払うための呪い歌を唱えて鎮めるらしい。
「神官の方が得意なのです。生き死ににかかわるマナについては。」
マナにも種類があるということである。
「次に現れたらよくある悪魔祓いのように幽霊を吹き飛ばせるかと思ったんですが。」
「そんな。穢れをそぎ落とし乱れた魂を鎮静化するだけです。」
魂が穢される、とは。ルリたちの死生観、魂観によると現世に執着心を抱いたまま死ぬと、正しく天にも召されず、地にも落ちず、地上をさまようことになるそうである。ただ、生命のマナは世界に溢れるマナと相性が悪いらしく、世界のマナを邪魔してしまいその正しい流れが滞留してしまう。この循環できなくなったマナの力に影響され、霊魂のマナが抱いていた執着心を増幅させ歪めてしまう。この状態が穢れ、なのだそうだ。
「各地の天変地異もこういった正しき流れの滞留によるものだという考えもあります。ですから強力な力を有する四柱の神様に、私のマナをささげて各地で流れを止めている穢れを一気に洗い流してもらおうというのです。」
「なるほど。」
「キーウィ、お仕えする方のことはもう少しちゃんと調べてから合流するようにしてくださいね。」
フリティアは、マナの仕組みはわかっていなかったが、どういう意図があるかまではきちんと調べていた。
「気を付けます。」
とキーウィがにこやかに言ったとき、地下の一番端、行き止まりまで到着した。
「…あれ…?ここで終わり、ですか?何か見落としが?」
「……ライトがあるとはいえ何分、薄暗いですからねもう少し辺りを――。」
天井を揺らしながら轟音がする。
石の壁が三人のやってきた道を完全にふさいだ。