危急存亡の秋…の8
「これは…まさか人の…」
キーウィが慎重にそれに触って確かめようとすると、ルリが叫びだした。
「触ルナ!!」
あまりにも猟奇的な現場に出くわしルリの心は完全にかき乱される。何かの力が働いたのか、禍々しい風が吹いたと思うとランプの火がすべて消えてしまった。
こんな状態でもなお明かりを放つダイオードライト、これのお陰でフリティアもキーウィも彼女を見失わずにすんだ。
「ルリ様!!」
荒れ狂う彼女をフリティアが抱きしめる。だがそれでは足りない。
キーウィが何を思ったのかその皮を拾い上げた。
「アアアアアアア!!」
ルリのおよそ普段の可憐な姿から想像もできないような絶叫である。耳をつんざくような金切り声が混ざり、轟々と闇の底から何かが這い上がってきた。
「キーウィ!早くそれを捨てなさい!早く!」
獣のように唸る主人を抑えながら、フリティアがキーウィを怒鳴りつける。
「いやっ!でもこれ…!」
「何!?」
「作り物ですよ!作り物!シリコンゴム製です!」
ペタペタとキーウィがその人の皮膚のようなゴムを伸ばしてみせた。女性型である。
「ほら!ルリ様!ただのおもちゃですって!」
顔のところを引っ張って本物の人皮ではないことを示す。
「ねっ!」
得意げに見せつけた瞬間、キーウィは斧の側面で強く叩かれた。
「それを見えないとこにすてりゃいいんだよ!!」
フリティアの乱暴な怒号がキーウィ浴びせられる。
だが確かにキーウィの言うとおり人の皮のような女人型のシリコンゴムである。誰がなんの目的で使うかは謎だが、キーウィはおもちゃだと言っていた。
「あーびっくりしたぁ…」
自分が何をしていたのかはっきりとした記憶は残っていない。怯えて騒いだ、という事実だけ。あの虫のときの騒動と同じである。
当然、しもべの二人は詳細を本人には伝えていない。落ち着きを徐々に取り戻し、視線を隠しながらルリはキーウィに訪ねた。
「……でもなんでそんなものが?」
フリティアもホッとする。自分がしっかりと彼女のことを抱きしめている喜びにも気づけた。
「わかりません。ただ、ここに誰かいるのは確定しましたね。」
誰がどんな目的で、このゴム人形をここまで持ってきていたのか。先に進んだ若者たちはどこにいるのか、まだまだわからないことを残しながらも三人は先へと進んでいくことにした。先程の叫びがここの潜むものを呼びつけていなければいいのだが…。
闇は魔を呼ぶ。
魔は恐怖を連れてくる。
それにめげないよう、ルリは逆に明るく進んでいく。
「そう!ティアも言っていましたが、幽霊や魔物のたぐいはこの世界にはいないのです。」
「そうですとも。」
「特に、伝承されるような魔物は聖域にしか存在していません。」
幽霊は生きていたもののマナという話は無視しているのだろう。だがこういうときに必ず余計なことを言うのがキーウィである。
「それがこちらにやってくるってこともありますよねきっと。」
フリティアはキーウィを睨みつけた。側面が少し凹んだキーウィの鎧がビクリと震える。
「やってこない…とは思いますが…。」
なにせ魔道士が、マナを操れる者が入り口を見つけてしまえば、その場所にいくらでも侵入できるようになるのである。となると逆もまた然り。出入り口を見つけた聖域の内側の魔物が飛び出してくることはなくはない。
「それとこれとは別でしょう。」
「ですよね!そうです、そうです!」
キーウィは冷たくあしらわれた。ただそれだけでは落ち込まないのがキーウィのいいところであり悪いところである。
「もしかして、ここが聖域って可能性は…?」
もはや永遠に思えるほどの暗く冷たい地下牢の道は確かに現実感を失っていた。
「そうなったら後ろに引き返せばいいだけですから。」
水神の聖域は開けた沼地のど真ん中に降り立っていたせいで出口を見失っていた。この一本道がそれなら、振り返ってまっすぐ戻ればいいのだ。
「まったく、キーウィは心配性なんですから。」
と、ルリは置かれた状況を整理することができて冷静さを取り戻した。キーウィは意図しなかっただろうが、良い方向に働いた。
「いや、ビビってはないですけども。」
「そうですか、そうですか。」
ルリはうんと頷いた。