誰かさんを忘れてる…の7
ちん、鼻をかんで奥にまで入ってしまった泥を吹き出す。まだちょっと舌触りがザラザラとして口の中が土臭い。
「申し訳ありませんでした。いやまさか、まだ上がられてなかったとは…。」
オーギも老人たちも気づかなかったことをしきりに謝り、ドロドロのアルバートに治療魔法をかけつつ、切り傷に包帯などを巻いた。
無事せき止められていた川が開通し村に水が流れてきた。2日分ほどの濁りがあるのでそれがキレイになるまでは生活飲水を山中の水神様の社から分けてもらうことになっている。
治療も終わったので、アルバートは自身の懐からずぶ濡れになった金貨袋を取り出し、その中から数枚オーギに投げる。
「これは?」
「治療費ですよ。追加の。」
そう言われてもオーギは金貨を受け取らず、そのままアルバートに返す。
「いりません、此度は私の不注意もありますから。」
オーギは強大な魔力を持っているようだ。しかも、このように謙虚さもある。だがアルバートはどうしても心を許す気にならなかった。神官嫌いもずいぶん根深いようである。
「俺は恩を受けたままにするのはいやなんです。あんたがそういうなら、好きな数取ってくれないですか。」
アルバートは二人の間に置かれた金貨をそのままにした。金を払うことで一定の距離を保ちたいそういう心の表れである。
「ふむ…。」
オーギはアゴに手を当てて並べられた金貨を見つめる。だが結局受け取ろうとせずに、代わりにこういった。
「では私の手伝いをしていただけませんか。」
「えっ?」
「はい。私には待ち人がいてしばらくここから離れられなかったのですが、もうこちらから探しに行ってしまおうかと考えていたところでした。この村もある程度落ち着きましたしね。」
(しまった。)
この怪僧は只者じゃないとわかっていたはずだ。
村人たちもうなずいてアルバートに頼む。
「トロスさんどうか、神官様を助けてやってください。俺たちも十分助けられたのでなんとか恩返しをしたいと思っていたんです。」
恩返しを一人に押し付けるつもりか。
だがオーギの支払いを前にした対応と村人たちの後押しがあって断りづらい空気が作り出されてしまった。
アルバートは当然一人でルリを追いかけなくてはならない。この男の頼みごとを聞いていたらそれが遠のいてしまう。
「わかった。俺も暇な旅人だからな。」
大事な用があるとは言い出せなかった。そもそもここに来たときについた嘘が、各地の社回りの旅の途中で気ままな一人旅をしていたところだと言うもの。今更ちぐはぐなことは言えない。アルバートはなんとか目を盗んで逃げ出す方法を探すことにした。
こうして穏やかな村を二人の旅人はあとにする。
「神官様!お元気で!」
「トロスさんもありがとうございました!」
ちょっとの村人たちに盛大に見送られながら二人は山を登っていく。
オーギは笑顔で手を振って応えた。神官の大きな体がより大きくたくましく見えた。
「で…待ち人とは誰のことなんです?」
アルバートはとにかく彼の目的を聞き出したい。
「あなたを昨日から見ていましたが、口ではうそぶいたりするものの、正しい心を持っていると感じました。故にこの任務の手伝いをお願いしたい。騎士号も持たれているようですしね。」
隠していた騎士号のことをいつの間にか知られていた。
「ただの旅人ではないでしょう?」
ニヤリとオーギが心の中を見通すように笑う。
油断ならない男である。
「まあ、俺の自慢はフリーランスってところですからね。」
よくわからないことを言って誤魔化す。
「はっはっはっ」天を仰いでオーギは笑った。
「それで、フリーランスのトロスさん。私の探しているお方なのですが。」
オーギは懐からこっそりアルバートにしか見えないようにして一枚の写真を取り出す。
「他言無用でお願いします。もしもこのことが漏れたら、私もあなたの騎士団に対してそれ相応の処置をしなくてはならないので…」
アルバートはその写真の少女を静かに見つめる。計らずも目的は一緒であった。
二人は別々の思いを胸にルリのもとを目指す。