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スクセの巫女がチョロすぎて…  作者: アホイヨーソロー
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世界が闇に包まれる…の6

 難を逃れた3人が目的の街へ着いた頃には、日がすっかり沈んでいた。

 この湖に面した大きな繁華街は旅行者たちの暑さをしのぐリゾートスポットになっている。彼らのほとんどは車を運転して、あるいは誰かにさせて、峠を越えてくる。夜になっても街にはライトの光であふれて、一定の賑わいを見せている。

 道中では小腹を満たすために昨日の残りの焼いた肉をかじったりしゃぶったりしていた。ただルリだけはそう簡単に動物の肉を食べたくはないらしく、いつも懐に隠し持っている(本人はそのつもりの)干した芋をかじって飢えをしのいでいた。

 芋をかじりながら、他の二人が食べる動物の肉をよだれを溢れさせて見つめていた様子に当然アルバートは気づいている。そろそろどこかで何かを食べないと…。

 ここは一種のリゾート地。山奥で賊に襲われることはあろうと、奴らはここまでやってこれない。やってきたところで金のない連中が少し暴れただけでは警吏が飛んでくる。駐在している兵隊たちの厳めしい軍用車両まで街の隅のほうに置かれているのがみえた。下手すれば町一戸籠城に使えるかもしれない。

(一面火の海にすりゃ何かしら奪えるだろうけどそれ一回限りだろうな…。)

 何も用意せずに一面火の海…ができるのはここにいる巫女様だけだろう。アルバートは首を振った。

「アル、今日はどこに泊まりましょうか。」

 一晩過ごす宿が必要だ。

「あんまり無駄遣いはしたくないからなあ…。」

「こういうのはグレード落としすぎると痛い目にあうのでちょっといいところにしましょう。」

 キーウィにしてはもっともなことを言ったと、ルリもアルバートもうなずく。本来の目的は明日へとまわそう。

 3人は今晩の宿探しのために辺りをうろついた。だがやはり観光地だ、値段が高い素泊まりですら予算を軽く超えてくる。男二人と女一人の二部屋借りるせいで跳ね上がるのだ。

「一室にするのはだめでしょうか。」

「ダメだろうが。キーウィみたいなトンチンカンなこと言ってんじゃないぞ、ルリよ。」

「しかし一室なら予算を超えない宿が2つほどありましたよ!」

 自分のことをわかっていってるのだろうか、この娘は。

「でも確かに同じ部屋なら守りやすいですね。」

 アルバートは秒でキーウィをはたいた。

「いいか、ルリ。お前もいい年なんだから自覚持てよ。男二人と同じ部屋で不安を覚えないのはおかしいだろ。」

 まあ、万に一つ過ちを犯そうとしてもあの激しい抵抗が待っている。それを耐えてコトに及ぼうとしても絶対に苦痛が勝るのは目に見えている。

(それの俺の信条に反する。)

「私は二人のことを信頼しているので何も不安は…」

 おいおい。

 ここまでくると呆れを通り越して感動すら覚える。今までどれほど安全なカゴの中で暮らしてきたのだろうか。まっすぐした瞳に、アルバートは優しく語りかける。

「お前も大人の女なんだからさ、愛してもない男たちにそう易々と寝顔を見られちゃダメだろ。」

「アルバートさん今の言葉良いっすね。」

 アホが。

 ルリはそういわれると急にしおらしくなって、手を合わせてもじもじ指をいじり始める。これが出るともう一押しでこちらの意見が通せる合図だ。

「あ、アルは…その、私が……大人の女の人、に見えるんですか…?」

 瞳を潤ませて上目遣いをしてくる。赤い唇は緊張したようにきつく結ばれアルバートから言葉をもらおうと耳を真っ赤に染めている。

 アルバートはほくそ笑む。

「少し危なっかしいところもあるけど…それでもルリは女として成長してるぞ。」

(体つきはもう申し分ないんだけどな。)

 アルバートの笑顔にそんな下賤な思いが隠されているとはつゆ知らず、出会ってまだ1月にも満たない仲間の言葉に口元が緩みそうになる。しかし「大人の女」と言われてはここでハシャグわけにはいかない。ルリはできるだけそっけなく答えることにした。

「それは、どうも。」

 ツン、と横を向いて表情を悟られないように隠す。騎士様に認められるのは、なんて心躍ることなんだろう。そこへあの男が余計な一言をぶち込む。

「でも巫女様、まだ人形握ってないと寝付けないんでしょう?」

「キッ、キーウィッ!!」

 キーウィは羞恥の業火をお見舞いされた。

 人でごった返す大通りはさすがに予算内で泊まれるような宿が並んでいない。安く泊まれそうな場所はすでに満室になっている。少しわき道にそれた酒場を抜けた先の宿を当たっていく。この辺りになると少し地元民の柄も悪くなってくる。酒癖が悪いのか、地元の者たちが集まる酒場なのか、時々何か言い争う声が通りのほうまで響いてくる。

「酒場ってのは金があろうとなかろうとどこも同じだねえ…。」

「あまりいい感じはしないですね。」

 手先指先をピンとそろえていつものもたもた歩きではなく、ススっと滑らかな歩調でアルバートの隣を歩く。気に入ったのかさっきからずっとそうだ。だがその裾が大きく広がった鮮やかな朱の下履きでは地面にどうしてもずってしまうではないだろうか。

 こういう路地で意外と良物件が見つかるのも、どの街でも同じである。一行はようやくいい雰囲気のところを見つけた。まず門構えからして清潔感が漂う。そして誰が設計したのか、ちょろちょろと小さな川が作られていて、入り口近くで木製の水車が回っている。入り口の戸は格子に白い曇りガラスが張られている。ガラスの先から仄かに色づく暖色の明りが3人を引き寄せた。

「高そうですけど…?」

「…アル、キーウィここにしませんか?皆さんがいいなら私はいいと思います。」

 自分の意見を言いたいのか、相手の意見を尊重したいのか。おそらくルリの中で童心とませた心がせめぎあってるのだろう。

「ま、俺だけ行って聞いて来るよ。キーウィは持ち場を離れないように。」

 ガラガラと引き戸を開けて宿の中に入っていく。

「夜分に失礼。女将さん、男二人と女一人で二部屋に一泊したいんだけど空きはあるか。出来れば隣り合った部屋にしてほしい。」

 はいはい、と受付の女将さんは宿帳に目を落とす。その髪の艶といい控えめな紅といい、なかなかつつましやかな女性だ。仕事がなければちょっとひっかけてたかもしれない。

「はい、ございますね。ご用意しますのでそちらでしばらくお待ちください。お飲み物などは何か?」

「ああ、大丈夫大丈夫。」

(いつか一人になったらここに来よう…。)

 アルバートはしみじみと感慨にふけり、外で待つ二人を呼びに行く。目の端に映った全身を黒い布で覆い隠した人間がソファに腰かけていなければ最高だった。

 いったん見えてしまったものを気にしないようにしてアルバートは戸に手をかけ出ていこうとする。

「もし。」

 いつの間にかその黒布の人間に詰め寄られていた。声音からして女性だと悟る。

「つかぬことをお聞きしますが、この女性に見覚えはございますか?」

 黒の女性は懐から一枚の紙を取り出した。

 最近流行りの写真。景色の瞬間瞬間を細部まで焼き付けて保存することができる非常に優れた写し絵である。

 それに切り取られていたのはいつも見慣れている少女の笑顔。

「……さあ?人探しならもっとあっちの大通りとかでやったらいいんじゃねえかな。」

 アルバートは何食わぬ顔でその怪しげな女性を素通りして出ていく。

 一歩外へ出た瞬間、水車の影に座り込んで体を休めていた二人の元へ駆け寄った。

「あっ、アル!泊まれそ…泊まれるなら多数決を。」

「それどころじゃねえ!ここからすぐ離れるぞ!」

「えっ、えっ!?」

 アルバートはルリの手を引く。あまりの血相にルリは驚いた。

「キーウィ、後ろから誰かついてきてないかチェックしてくれ!」

「あ、はい!」

「何があったんですか!?」

「何かあったから急いでんだよ!」

 ルリは『救世の巫女』。ただしこの情報は協会が選んだ旅をサポートする者たちとごくごく近しい者たちしか知りえない。しかし、『救世の巫女』の存在は世間一般に広まっており、当然その強大な、四神に近づくことができる特別な存在を着け狙う者たちが存在する。そんな輩にこの心がまだ未熟な少女を奪われてみろ、それこそ世界が闇に包まれる。

(あの女、いったいどうやって…。)

 女将に一瞬見惚れていたとはいえ、過去の習慣から他者の接近をそうそう許さないアルバート。そんな男が全く気配を察せず真横まで黒い布の女が近づいてきてしまった。明らかに自分より上手の存在であることを意味する。

「キーウィ!目ぇ見はっとけ!いつどこから来るかわからん!」

「えっ!後ろからじゃないんですか!?」

「そういう可能性もあるってことだよ!いいから誰も近づけさせるな!」

 一つ、二つと角を曲がり遠くへ遠くへルリを引っ張って逃げていく。次の角を曲がった先にあの女が現れたら…

(ええ、うるせぇ、出たらそん時だ!)

 アルバートはルリを振り返る。案の定、突然のことに動揺を隠しきれない。揺らぐ心に反応して少し暗雲すら立ち込め始めている。

「ルリ!大丈夫だ、俺もキーウィもいるんだから!けど、この手だけは離すなよ!」

「はっ…はい!」

 ルリの顔に少しだけ明るさが戻った。

(…おっきな手…。)


「特に誰も来ませんでしたね…。」

 息を切らしてキーウィが話す。

「そうか…撒けた…か?」

「一体、何があったんですか…?」

 謎の女から声をかけられた、そいつはルリの身を狙っているようだった。

(言えるわけねえ、こんなこと言って不安を煽れるかよ…。)

「や、その…」

 ずるずると背中を石垣にこすりつけながらその場にへたり込んだアルバートを二人は真剣なまなざしで見つめる。

「女だ…。」

 口で呼吸をして息も絶え絶えに急ごしらえの物語を話し出す。

「昔、縁のあった女が…その、そいつとは、ひどい別れ方したもんで…向こうが、俺に気づくまで…ちょっと猶予があったみたいだな…へへ、気が付かれたら刺されるかも…。」

「………はっ?」

 ルリはあまりのくだらない内容に口をぽかんと開けたままだった。

「やりますね、アルバートさん。」

「へへ、だろ?」

 にやつく頬をルリに殴られた。

「おっ女の人悲しませるなんて…アル!もう!アル!チジョウノモツレですか!私、それに巻き込まれたの!?」

 ほっとしたのかルリがアルバートの胸当てをポカポカ殴り出した。

「もー!びっくりしたぁ!今度会ったらちゃんと謝ってくださいね!」

 頬を大きく膨らませる。機嫌は損ねたが不安は吹き飛んだようだ。アルバートも少し笑った。

「なんで笑ってるんですか!わかってます!?」

「わかってるわかってる…謝るよ。」

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