誰かさんを忘れてる…の6
現場では今も土砂の除去作業が続いていた。働くものはみな歳を重ねた年長者たち。山仕事にはなれてまだまだ現役だろうが、流石に若者と同等に、といった動きはできない。
えっちらおっちら河の外側に泥を積み上げたり猫車に乗せどこかに運んでいく。
「一発で吹き飛ばせればなぁ…」
いくらなんでもプレッサーでどうのこうのという量ではない。
「じいさん、替わりな。そこ俺がやるよ」
しかたなく、アルバートも腕をまくり汗水垂らしながら働く老人をどかしてスコップを受け取った。
その様子をオーギはじっと眺めている。なにかに狙いを定めるように、じっと。
アルバートは背中にその不気味な視線を受けながらも目の前の作業に集中した。
「神官様ぁ!すまねぇ!」
オーギを呼ぶ声がして彼はその場から離れた。朝からの作業で流石に疲労が溜まっていた何人かのご老人を治療魔法で癒やしてほしいとのこと。もちろんオーギは快諾するが、彼は老人たちに忠告した。
「魔法は不調を取り除くのではなく、人が本来持っている回復力を高めて癒やすものなのです。故に、私がこれをかけたらすぐ作業に戻ったりせず、しばらくは力仕事を避けてくださいね。」
先の海神の聖域で出会ったリアも話していたエレメントとマテリアルの話なのだろう。
マナ由来のものがエレメント、自然由来のものがマテリアルなのだという。風や地磁気、水流などなど目に見えない現象に術者が支持を出して自由に操る。エレメントの作用で物体のマテリアルが変化するという具合だ。
「はいはい、じっとしていてくださいね。」
オーギはポンポンと軽く手当をして回っていった。
あとからオーギに聞いた話だが、治療師は患者を全快させないことのほうが多いのだという。良くなったと言って、すぐにまた活動して体を酷使してしまう人が出てくる。そうなるとまた治療師が出てきて回復させる。何度も何度も繰り返されると治療師もへばり、患者側も体を壊しかねないそうだ。
アルバートは脇目も振らず一心不乱にどろを掻き出している。その甲斐あってかだんだんとせき止めていた泥から水が滲み出していた。
「トロスさん、そこからお退きください!」
頭上からオーギが跳んできた。ズシンとぬかるんだ川底に足を沈ませ、仁王立ちになる。
「あっ?何を…」
オーギはニコリとする。
「ここまでくればあとは私にお任せください。」
「…?」
アルバートは何が起こるのかわからなく、川から上がるふりをしてこっそり側の影からオーギを眺めた。
これから起こる出来事を見ようと周りに人が集まりざわついてきた。
オーギは呼吸を整えているのか腰をゆっくり落とし右半身をきる。武道の構えである。小鳥のさえずり、木々のざわめき、暖かな陽光がオーギを包んだ。
「破ァっ!!」
掛け声とともに左手を突き出した。
同時に最後の泥の壁が破裂する。あたりに残った泥を撒き散らしながら濁った激流がオーギめがけて流れてきた。
「あっあああっああああ〜〜!!」
水流に押し出され下まで流されるアルバートの視界には、押し寄せる水ももろともせずただじっと巨岩のように川中で佇むオーギの背が映った。