誰かさんを忘れてる…の5
神官オーギの朝は早い。目覚めたらまずすることは太陽に向かって一礼。少しでも寝過ごしたりすると拝する方向が変わってしまうので、毎朝きっかり同じ時間に起きる。
その後身を清め、寝具を片付け、簡素な朝食を摂る。少し体を動かしがてら、村の中で一夜のうちに変わったところはないか駆け足でチェックを行う。
そして今日も何事もなく、穏やかな一日を過ごす。
「と、まあこれを毎日繰り返し、健やかな体作りをするわけです。」
朝っぱらから眩しい笑顔でオーギが後ろで思いがけない運動をさせられてへばるアルバートを見つめた。
アルバートの傷は昨日のうちに完治したものの、体を洗い汚れを落とし、ついでにルリの匂いに気づかれぬよう臭い消しをバックパックに振りまいて、食事を摂り…とあれこれ動いているうちに一日この村で過ごしてしまった。
「せっかくですからいかがですか。」と有無を言わさぬ圧迫感で朝からオーギに迫られて、彼の日課に付き合うことになった。
「神官様おはようございます。」
村人たちから信頼を寄せられているのだろう、会う人会う人がみんな彼に挨拶をする。
「おはようございます。今日も良い一日を。」
軽く礼をして笑顔で彼らの横を通り過ぎる。
「それで…気になってたんですが、神官どのはなぜこの村に?」
オーギは口元に手を添える。
「待ち人がいるのですが…なかなか現れませんで。」
こんな山間の辺ぴな村を待合場所に指定するような人物とは一体。
「その方との連絡手段は?」
「ありません。通信機などがあればよかったのですがね。」
通信機とは最近話題の離れた人物と会話のできるショルダーバッグ型をした機械である。電報を打ったり固定の電話よりも便利なものではあるが、いかんせん価格はとんでもなく高く庶民には手の出せない代物。
似たような道具がマジックアイテムでもあるらしいが、これは更に高級な上、魔法を使えるものにしか扱えないので全く普及していない。
一切の連絡手段も持たず、こんなところで来るかわからない人を待つとはますます違和感しかない。だがどうしたことか、発言からは嘘らしさが見て取れない。
(ある程度、本当のことを話しているということか…)
でなければここまで落ち着いて嘘がつける怪人であろうか。
「どうかなさいましたか。」
岩石のような顔からは想像できない穏やかな笑みである。
「神官さまぁ〜!!」
遠くから彼を呼ぶ、じいさまの声が聞こえた。
「はいはい、只今。」
離れた相手までズバッと届くはっきりした声である。
アルバートはこれ以上ここにいる理由もないと考えルリたちの足取りを確かめるべく海神の社に一度戻ることにした。その場から去ろうとした際にアルバートはオーギに遠くから声をかけられた。
「トロスさん!少しよろしいでしょうか!」
見ると大柄なオーギの横にドロドロに汚れたおじいさんが三人集まっている。反応してしまっては行くしかない。アルバートはそちらまで寄っていった。
「いやぁ大変でさ。」
「ん。川がせき止められててよ、村まで水が流れてこねえってんの。」
「俺なんか長靴がハマって抜けなくなったもんだから裸足できたよ。」
泥んこのおじいさんたちが口々に何があったかを説明してくれる。
「泥の除去に男手が必要なのだそうです。厚かましいかもしれませんが、どうでしょう。トロスさんにも手伝ってはいただけないでしょうか。」
(また泥か…。)
おととい、急に村の用水路を流れる水の量が減った。何事かと村人数人が川を上がって貯水池まで確認しに行くとその途中、川の一部が大量の土砂で埋まっていた。
このところ雨などもなく土砂崩れなどもちろん考えられないのだが。起こってしまったものはしょうがないと、村人が手分けをして泥を除けていたところなのである。力仕事はあまり好かないが、流石に遭難から救われ飯までもらった身としては頼まれごとを断るような不義理はできまい。
「俺は借りたままにしない主義なんだ。良ければ手伝うよ。」
こうして旅人二人はじいさまたちとともに山に入っていった。