誰かさんを忘れてる…の3
誰かに頬を撫でられたような気がしてアルバートは目覚めた。すでに日が昇り、朝日が自分を照らしている。
アルバートは飛び起きると枕にしていた荷物に顔を突っ込んだ。
「なくなってるものは…ないな…」
一安心してルリから少し分けてもらっていた干しイモを噛んだ。
(普段ならこんな不用心なことはしないんだが…)
寝起きの頭を抱えながらアルバートは地べたに横になった。干したイモが口の中でふやけて甘い唾液が寝起きのどを潤す。
帰り道を見つけることが先決だが、体の汗や汚れも落としたい、など思案にくれていたが、かすかな足音が聞こえ何者かの視線も感じた。
アルバートは体を起こし剣を手繰り寄せる。
どんな音も逃さないよう耳を研ぎ澄まし、辺りをにらみつける。
森の中が全くの無音になった。逃げたのではなく相手もこちらを見ている。アルバートは直感した。
「さっきからジロジロ見てやがるのはどこの誰だ。」
アルバートは脅すように言葉を放つ。
相手からの反応はない。だが怯えたのかかすかに動いてしまった。その茂みに向かいアルバートは瞬時に飛びかかる。
「きゃっ!!」
少女のような悲鳴を上げ尻もちをついた少年が一人、草木の影にいた。
ブルブルと震え青ざめる顔を見て、アルバートも剣を放り投げてその場にかがむ。
「いや…すまん。一人で遭難して気が立っててな。悪かったよ。」
アルバートは努めて笑顔で怖がる少年に話しかけた。なんにせよこんなところで人に会えたのであれば僥倖。お互い遭難者じゃない限り。
「俺はトロス。怖かったろ、立てるか?」
とアルバートから手を差し伸べた。
少年は終始無言だったがアルバートの手はとった。恐怖のせいか少年の手は汗でじっとりとしている。
つい染み付いたくせで嘘の自己紹介をしたが、ルリの顔が思い浮かんだ。少年はだんまりで、あまり目を合わせたがらない。
「君、このあたりに住んでるのか?」
少年はうなずく。アルバートはこの出会いを喜んだ。
「今、俺すごく困ってるんだ。」
アルバートは訴えかける。
「海神様の社に参拝したあとの帰りでな、うっかり足を滑らせて森の中で迷ってたんだよ。昨日から。」
全く持って嘘はついていない。だからこそこの純真そうな少年は顔を上げてアルバートの話を聴くようになる。
「すまないが、君の住んでいるところまで案内をしてくれないか?」
うんうん、と少年は黙ったままだが了解してアルバートの手を引いた。
こうしてなんとか森を抜けることができた。
昼頃についた村は山間の、じいさまとばあさまと多数のおじさん、その奥さん、あと少しの子どもが住む小さな集落であった。
山へ遊びに行った子供が男を連れて帰ってきたので、なんだなんだと大人たちが心配そうに様子を見に来た。アルバートは不安を煽らないようにこれまでの経緯を話す。あくまで一人旅という体ではあるが。
「それは災難でしたなあ。」
村の識者が(少年の祖父にあたる)、一杯のお茶でもてなしながらアルバートの話を聞いていた。
「いやでもお孫さんには助けられました。ありがとうございます。」
お茶を受け取ろうと手を伸ばしたときに、手当をした患部がおじいさんの目に止まる。
「おや、トロスさん。あなた怪我を?」
ジロジロ見られるのが嫌なアルバートはさっと隠しながら照れ隠しに笑う。
「落ちたときに少しだけ。治療はしたんで大丈夫ですよ。」
だがこういうときに過度な心配をしてくれるというのが年長者である。
「いやいや、いけません。ちょうどいいことに今この村に旅の神官様がいらっしゃいます。その方に治療を頼みましょう。」
お構いなく、と断ろうとするが強引に押し切られてしまった。少年の家で待っているように言われ、おじいさんはその神官様を呼びに行ってしまった。
神官、聖職者は得意な魔法の最質上基本的に心が清らかな人物が多いのである、がアルバートはあまり信用をしていない。治療費、お布施、祈祷代、何かにつけてお金をせびろうとする。しかも笑顔で。人の弱っているときに優しそうな顔をして金をむしり取っていく神官のほうが、相手が疑わない分、盗賊よりもたちが悪いとアルバートは思っている。女性の神官は、なにやら異性に「サービス治療」を行うこともあると聞く。
先に出会ったシズはそんなことは全くない一般的で真面目な聖職者であった。
少し悩むように近くの縁側の柱に寄りかかっているとおじいさんが戻ってきた。
「神官様、こちらの方です。怪我をされておるようで。」
おじいさんが連れてきたまるで巨木のような筋肉がしっかりとついた男であった。
「はじめまして、トロス殿。私はオーギ・アエロ・ハルピュ・ド・モーキン。縮めてオーギ・ド・モーキンです。気軽にオーギとお呼びください。」