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スクセの巫女がチョロすぎて…  作者: アホイヨーソロー
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世界が闇に包まれる…の5

 難を逃れたと思ったアルバートは突如として窮地に立たされる。ルリから伝わる邪悪をはねのける聖なる力はビリビリと悶えるような痛みを常にフレッシュに与え続け、痛みに馴れる隙を与えない。まるで意思があるかのように緩急をつけてくる。インターバルののち鈍痛。皮膚をはじかれたような痛み。じりじりと焼けるように辛くて痛い。そんなもろもろの痛みを全身に受けつつアルバートは180°ひっくり返りそうなほど顔を歪めながら、前と後ろで総重量55kg。

 だがそれでもまだ序の口だ。本当の恐怖は…

(やべぇ…腹ぁ…)

 度重なる全身への刺激とお姫様抱っこの踏ん張りで、今朝の汁物がおなかにきていた。先ほどまで余裕だったのに今は脂汗で顔がびっしゃり濡れている。

「あ、アル…その、重いなら私をおろして…」

 成長期の娘に重いなんて直接言ったらこの大陸が四散しかねない。

 一緒に並んで走ると後ろから物を投げられた時に守ることができない。かといって前を走らせると、どんくさい巫女様に合わせて走るのでそれほど遠くへ逃げられない。結局痛みに耐えて抱っこするのが、追手との距離もルリが把握できるのでベストなスタイルなのだ。車に乗れてればこの悩みすらなかったのだが。

「馬鹿言うな!これが一番お前を守れるんだよぉ!」

 便意を耐えながら必死に言い返すので正直すぎる言葉が出てしまう。

「アル…。」

 こんな時でも頬を染めて口をつぐむルリ。抱きつく腕がキュッと締まる。

 もちろん接着面が広がるので痛みは増した。彼女は自分からどんな力が発せられているのか自覚がない。

(漏らしたくない!漏らしたくない!)

 大人として、男としての矜持が、腹の具合との戦いに意識を集中させていた。

「うっ後ろは!?」

「追手はだいぶ撒けたみたいです。そろそろどこかでキーウィと落ち合うために隠れなくては…。」

 もっともな意見。だが、一刻も早く隣の町につきたかった。

 呼吸が乱れに乱れ今にも目から涙があふれそうなとき、昨夜キーウィに対して言った言葉が思い起こされる。

(『男として女子の前で漏らすわけにはいかないな、と』…、漏らせって言ったけど…その通り過ぎる!)

 アルバートはうまく旅の一行の年長者として余裕のある男として立ち回ってきている。物事に冷静な判断を下し、さりげなく周りに気を配り、常にスマートな印象を与えている。すべては下心ありきでやっていることだが、ここで漏らすようならルリに…

「そんな偉そうなこと言うんですか、我慢できなかったくせに。」

「わかりました、ここはお尻の穴がゆるゆるの人に従いましょう。」

「え?ク〇漏らした人が何言ってるんですか?」

「…くっさ…」

 くっさ…くっさ…くっさ…

「…それはぁ!ダメだぁ!」

「っ!?」

 かつて、うらぶれた酒場で力自慢が言っていた。武道はへその下が肝だと。そこに己が気を練りこみ、精神を集中することによって岩をも穿ち、荒波もはじくような力を得られると。あいつは確か、威勢だけよくてすべての物事を自分の運と気力にかけようとするのでカモにした。最後は堂々と全裸で店を出て行った背中を覚えている。去り際のケツはキュッとしまっていた。

「んごぉっ!」

「アル?!」

(だめだ!尻のイメージはするな!今ちょっとでもゆるんだら最後だ!)

 猛道をける衝撃も本来ならつらいはずである。だが、驚くべきはアルバートの火事場の精神力。自分の身をこんなにまで離さないでいてくれる男の顔をまじまじと眺める少女には目もくれず、ただひたすらに意識はへその下の丹田に集中していた。

 すると突然後ろからけたたましい警笛が鳴る。アルバートは飛び跳ねた。

「…あっ。」

「アル!車です!車が追ってきました!」

 万事休す。いやもう色々アウトだろうか。別のことばかり意識が向かって頭がぐるぐるとしてきた。

 そんな色を失ったアルバートを見つめてルリは腹もくくる。

(守られているだけではダメです、アルもキーウィも大切な私の仲間!)

 勇気の力が手のひらに集まる。敵と見れば必ず一撃で葬り去るつもりである。

「アガガガガガガ…」

 急に狂ったような声を出すアルバート。手のひらに魔力が集中するので当然そこに集中してバリアが強力になる。首ががくがくする。それでもなお、立ち止まって踏ん張れるのはもはや無意識下で行われているプライドのおかげである。

「アル、私に任せてください!」

 ルリがアルバートの腕の中で振りかぶったとき、車窓からひょっこり男が乗り出してきた。

「おおーい、巫女様!アルバートさん!」

「キーウィ!よく無事で!」

 途端にあたりが明るくなる。

「何っ、キーウィ!?」

 運転手に軽くひらりとお礼をしてキーウィが鎧をガチャガチャ鳴らして駆け寄ってくる。

「いやぁ、運良かったですよぉ、さっき」

「それはいいから、お前、ルリの守りやってろ!」

 アルバートは恐ろしいほど矢継ぎ早にキーウィに用件だけ伝え、ルリを降ろした瞬間森の中に消えていった。

「な、なんなんですか…?」

「わからないです…ただアルは私たちが気づかなかった危険に気が付いてくれたのかも…。ここに来るまでも今まで見たことない顔をしていました。」

 なるほど、とキーウィはそれをきいてうなずく。

「なら、俺たちも加勢に行かなくちゃですね!」

「ええ、もちろん。やられっ放しではいけませんよね!」

 足を踏み入れようとしたその時、

「ふうぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 森の奥から響いて来るうめき声。恐ろしいほど凶暴な叫びはアルバートの者だと二人はわかった。

「戦っているのかも…!」

「くぅ、一人でいいかっこするなんて、アルバートさん水臭いですよ…!」

 キーウィとルリは臆することなくアルバートの後を追っていった。

 ほどなくして木にもたれ掛かるアルバートを見つけることができた。

「アルぅ!」「アルバートさん!」

 二人が声をかけると、聖騎士は突然の来訪者に驚いて手を突き出す。それ以上近寄るなという指示である。二人は息をひそめてその場にとどまった。

「異臭がします。なるほど…あの先にはおそらく敵の…」

「アル…あんなに息を切らせて…私がもう少しお役に立てれば…」

 疲労感とやつれ具合が見て取れる。よほど強大な敵だったのだろう。それをここまで少女を抱え続けて、走り続けたうえでやってしまうとは騎士の名に恥じない働きぶりである。

「アル…!」

 よろよろと腰のベルトを直しながら、二人の元にどこかすがすがしさを感じさせながらやってくる。

 我々の大変な危機を乗り越えてくれた。さすが騎士様。ルリは感謝の意を込めてアルバートの手を取ろうとした。

「やめとけ、俺の手は汚れてる。」

「あ…。」

 しかしアルバートは、彼女の手を拒みながらもなお、晴れやかな笑みを湛えていた。

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