嘘つき騎士を置いていく…の3
ルリのマナ玉を食したビニアスたちが満足そうに口を揺らす。
――…あなたは心がとても清らかな巫女のようですね。
当のルリは相当体力を使ったのか息切れをしていて、大きく息を吸いながら呼吸を整えていた。不安そうに駆け寄るフリティア。乱れる彼女の体を支えて、アルバートとキーウィの元へ戻ってきた。
「海神様、お願いします。」
ルリは頭を下げた。ビニアスは威厳たっぷりに言う。
――わが力を見せて差し上げましょう。世界の海を、水を司る神として手始めにこの世界の汚れを…
神たちは一つの塊になり、ぶるぶると震えた。
すると、この異界に異変が起こる。
地鳴りがして、建物がかすかに揺れ始めた。それに合わせるかのように神の塊はゆっくりと天へ昇っていく。かすかに中央からあふれていた光がやがて、強くまぶしく輝きを増していき、最高潮に達したところで、
――はァっ!
無数のビニアスが空中で破裂したように飛んでいった。
濁った空気がどんどんと消えていく。後から入ってきていた冒険者も、沼に引きずり込まれそうになっていた冒険者も、この世界にいたすべての者の視界が開け、森に緑が戻り、泥が水底へと沈んでいった。湿地の水があふれてもともと足場のようになっていたところがすべて沈んで湖となった。
神殿の壁の穴々からも滝のように水が流れ出す。
そして海神の名に恥じない美しい水の世界に変わった。
「……」
その場にいた者たちはしばし足を止め、世界の変化に目を奪われていたという。
――どうです。この力が外にあふれてあなた方の世界の海も清く正しく時に荒々しくなりますよ。
「荒々しくなるのはなくならないんですか。」
――なければ航海が楽しめませんからね。
神の価値観は妙である。
――ここまでできたのは、救世の巫女、あなたの心の清らかさによるものです。この調子で世界を回りなさい。
「はい!」
ルリはしっかりと拳を握って決意を新たにした。これにて一件落着である。
ビニアスの力により、帰るためのゲートが開かれた。出る場所はあまり目立たない場所とのことだ。それはありがたい。出てくるところを誰かに見られては叶わない。
――ではごきげんよう。みだりにゲートを開いて入ってこないでくださいね。無礼にも入っている連中はみな強制送還します。もちろんあなたたちとは別の場所へ。
帰り支度をそれぞれがする中、ルリが自分の持ってきたバッグを見てギャッと小さな悲鳴を上げた。
「どうした?」
アルバートが急いでのぞき込む。
「いえ、森を抜けるときにくっついてきてたみたいで…」
黒と赤の斑点の小さな芋虫である。洞窟でルリの背中に入り込んだのと同じような虫の幼虫だ。
「うわぁ!」
アルバートは焦って、ルリの視界から追い出すよう叩き落とした。だが、ルリは意外なことを言う。
「アル、そんなに慌てなくても。」
「ん?」
虫で大騒ぎしていたのはどこの誰だったか。
しかしさらに驚くことにルリは石灰岩の床で這いつくばって必死にもがく芋串をつまみ上げた。
「えっ、ルリ…お前…?」
「この子を森の中に返してきます。」
と言って持って外へ持っていこうとする。
「おいおい、待てって…」
「はい?」
アルバートに必死に肩をつかまれきょとんとするルリ。
「お前、その、平気なの…か?」
アルバートはもぞもぞとルリの掌で動く芋虫を指さした。
「…あっ!」
来るか!ともう一度叩き落とすため身構えるがその必要はなかった。
「…アル!すごい!私、克服できたみたいです!」
「え、本当か!?」
「本当ですよ!やった!」
しかし何がどうしてそうなったのかわからない。キーウィが口をはさんでくる。
「やはりうごめく大量のビニアス様を見たから感覚がマヒしたんじゃないでしょうかね。」
「何つー荒療治だよ…」
「ビニアス様に失礼ですよ!」
ルリがプンプンと怒って二人の男をたしなめる。ここぞとばかりにしたり顔のフリティアがそばについて二人で森の中に虫を逃がしに行ってしまった。