八面六臂のしたり顔…の14
異界の霧は晴れることなく、肌にベタついて重い。霞みがかった森の先からは魔物のものか、不吉な低い声が聞こえる。カイたちはそれぞれが武器を携えて恐る恐るこの森を越えていく。
アルバートは頭にダイオードライトをくくりつけて後方から全員の姿を照らし続けた。前にブンブンと剣を振るうキーウィとカイ、真ん中に後衛三人、最後尾がアルバートだ。通った道の木の腹にコツコツとナイフで稲妻型の傷をつけていく。
「さっきから何してるんですか?」
後ろのアルバートの様子が気になって、シズは少しだけ振り返る。
「せめてあの小屋まで戻れないとと思ってな。その目印。」
そう言ってまたアルバートが木の幹を叩く。ほお…とシズが関心を示す。
「…あれ、アルさんもやってたんですか。」
そこへキーウィが前から後の会話を聞きつけて会話に入ってくる。キーウィはキーウィの方で木の根に剣を叩きつけていたらしい。
(あれは遊んでたんじゃなかったのか…。)
しかしこれが意外なことに、真っ直ぐきちりとした一文字で、目印としては十分すぎるほどきれいな傷であった。
「なるほど…こういうことも冒険には必要なんですね。」
カイたちは、別パーティの二人が目印を自然につけてまわっていたことに感心した。いや、それぐらい当然だし、と相変わらずリアだけはへそを曲げていたが。
一行は森を沼沿いに進んでいく。全く当てがないわけではなく、沼の周りをぐるりと一周することを最初の目的にしている。
「沼に沈んでる…とかはないですよね。」
はぐれた二人の最悪な結末をキーウィが言ってくれている。
「…ダイアルはまだ動いていますか?」とシズ。
アルバートは懐からルリの時計を取り出しシズに見てもらう。安定はしているが出鱈目な時刻を刻んでいる。これはどうもこの世界に広がる地魔法の作用によるものらしいので、むしろ正常とのこと。
「…ということはつまり?」
「少なくとも今はご無事だということです。」
アルバートは胸をなでおろした。
「さっき一瞬逃げようとしてたくせに、その人が無事だと安心するのね。」
リアから小声で嫌味を言われた。
沼に引きずり込まれていたときに逃げようとしたことはバレていた。しかしさっさとあの場を離れていれば危険な目に合うのともなかったのだ。結果として打開できたから良かったものの、あのまま義理だけであの場にい続けたらルリたちと合流どころではなかった。
うっかりハマってたキーウィに感謝するんだな、と嫌味に嫌味で返したくなったアルバートだが、彼女の地獄耳は間違いなく利用できる。ぐっとこらえて謝った。
「あれは…俺が、悪かった。会ったばかりだからと言って、実力を見誤ってたんだ。」
「ふん…下に見てたってわけ。」
「…けどよ、解錠魔法といい、高出力の炎魔法といい、さっきの治療の魔法だってそんじょそこらの奴らとは質が違った。置いていこうとしたのは謝るよ。」
「……わかるのが遅すぎるのよ。ま、魔法の使えない凡人には察するのが難しいでしょうけど!」
鼻につく物言いだが、気分を良くしたのは察せる。いやぁ参ったなあ、と頭をかいて誤魔化すような仕草をするアルバートは、彼女の人となりを見極め始めていた。
(意外とチョロそうだ…)
森の深くに足を踏み入れていく一行の背後に不審なうごめく影が近づいていた。
先程の大騒ぎから一転して霧と静けさだけがあたりを包む。沈黙が緊張を生み、緊張が体力を削ぐ。いつ現れるかわからない化物に対して全神経を研ぎ澄ませながらあたりを警戒していた。
「ナーンもないっすねえ。」
「その方がありがたいだろうが。」
パーティの前と後だけで会話が始まる。
「いや、冒険してるっつったら何匹も何匹も現れる敵をバッタバッタとなぎ倒す!そういうのが理想ですよ。」
ブンブンと元気よく剣を振るい周りから怪訝な顔をされる。それでもお構いなしに己の剣捌きを披露するキーウィ。
「やはり旅慣れてくるとこれぐらい普通なんですか?」
カイたちが尋ねてくる。
「普通っていうか、過度な緊張はしないほうがいいな。」
「なるほど、キーウィさんはそれをわかってて…」
「いや、そいつはただ単に頭空っぽなだけだ。」
恐怖心が壊れているとも言う。
「やはり勇者の道は厳しそうだ…」
(今のキーウィの態度に見習うところなんてあったか…?)
何事も真面目に捉えるカイの背中をボンと杖でリアが突く。
「しっかりしなよ!金さえあれば勇者なんて簡単になれるんだから、ここで名を上げれば噂を聞きつけた金持ちから仕事の依頼も来るかもしれないんだし。」
リアはよくわかってる。だがカイは首を振る。
「お金で手に入れられる名声なんて必要ないよ。必要なのは困ってる人を助ける正しい心だ。」
(だから利用させてもらってんだけどな。)
カイにそう言われるとどうも勢いがなくなるリアである。八つ当たり気味にアルバートの方へ牙をむき出しにする。
「仲間を見つけたらさっさと帰還してよね!」
「へっ、ツレないこと言うなよ。心配すんな、思ってるようなことにはならない………っ!?」
アルバートはとっさにリアを突き飛ばす。無数の蔦が自分の体に絡みつきみるみる内にスマキにされたように、ぐるぐると蔦だらけになった。
天と地が入れ替わる。いくつかの武器も落とし、お得意の愛用のナイフはポッカリと空いた木の穴に吸い込まれていった。
「やっべ!」
「げっアルさん!」